国親にとっては反対勢力を一掃する好機であった。
私闘であれば処罰の対象になるが、その点も抜かりはなかった。
脅迫と賄賂により、追補史を兼任していた当時の国司から、討伐の委任状をとりつけていたのだ。
凶党を倒したとして、宗我部国親は船越満仲や賛同した者たちが所有していた領地、財産を報奨として受け取った。
新しい郷司には、満仲が税をごまかしていたと証言した領主が選ばれた。
忠信のよく知る男である。
それ以降、郷司や保司をはじめ多くの土豪がなびき、口を閉じた。その後、多祁理宮の巫女の呪に倒れたが、回復したここ三年、精力的に動いてきた。
阿岐国に敵はいなくなった。
国親のやり口は、この地で生きてきた自分たちの方がよく知っている。
もう一度、進言しなければならないだろう。
たとえ、それが主人の怒りを買い、最後の務めとなろうとも。外が明るくなってきた。
もうじき陽が昇る。植髮
胡坐をかき、目の前の三寸四方に切りだした美しい木目の檜を手に取った。
伐採された木の根元からとったものだ。
じっと見つめていると、削りだすべき物の形が浮かび上がってくる。
左手がもう少し、いうことを利くようになれば彫ってみよう。
「たのんだよ、三郎。わたしは、お邸の夕餉の支度があるからね」
しびらをはずしながらヨシが三郎に声をかける。
独楽の手入れに余念がない三郎は、あいかわらず振り返りもせずに声だけを返す。
「柴刈りと畑の水やりはやっておくで」
「助かるよ」
ヨシが出て行くのを待っていたかのように、三郎が、すり寄ってきた。
「知っておったかイダテン。お邸では……」
石なごでひとり遊びをするミコを横目で眺め、
「お邸の夕餉には菓子もついておるそうじゃ。うらやましいのう」
とつぶやいた。
もったいぶって声をひそめるから何事かと思えば、また、食べ物の話だ。
そのような話をされても答えようがない。
同意が得られないのが不満らしく、三郎は面白なげに立ち上がった。
「行くぞ」
ミコに言っているのだろうと聞き流していたが、そのミコがイダテンを見つめている。
無言で見上げると、三郎と目があった。「歩けるのは知っておるぞ、時おり抜け出しておろうが」
気がついても不思議ではないが、ならば、どうして放っておくのだろう。
三郎といい、名も知らぬ監視役といい、鬼の子が何をやらかすかと心配ではないのだろうか。
「おれは良い」
そっけなく答えると、三郎は、わざとらしくため息をついて見せた。
「おまえが良くても、わしが困るのじゃ。飯を抜かれたうえに殴られるのだぞ。おかあは、ああ見えて結構、力が強いのじゃ。しかも頭痛持ちでな。そのようなそぶりのときには特に用心が必要じゃ。機嫌を損ねようものならすぐに平手が飛んでくる。一度など、拳が飛んできたのだぞ」
話が長くなりそうだ。
切り上げようと、
「柴刈りか?」
と、問うと、三郎は腕を組んで不敵に笑った。
「そんなものは後回しじゃ。ぐずぐず言うな、誰がおまえの看病や世話をしたと思っておる」
寝こんでいた時のことは覚えていない。
以外な言葉に三郎の顔をまじまじと見た。
三郎は、ふてくされたように空を見あげる。
「まあ、実際に世話をしたのはおかあで、助けたのは姫様じゃがな」
三郎は腕を腰におき、大げさにため息をついて見せる。
「……いや、母上じゃ、母上……なんとも面倒じゃのう」
「さて……」
と、打ってかわって三郎は笑顔を見せ、声を張った。「改めて名のろう。わしの名は三郎じゃ。鷲尾三郎という――おまえの名はなんという? イダテンは仮名(けみょう)か? それとも字(あざ)か?」
言っている意味がわからない。
イダテンはイダテンだ。
そう答えると、三郎は、ふむ、と頷き、
「ほかに名はないのだな。ならば、そのように呼ばせてもらおう」
元服もまだ先であろう、と続けた。
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