「本日はその為に皆がこうして集まっているのです。殿がお考えになられた御名を、ご披露なされませ」 「……」 信長は、寂しげにく奇妙の姿をチラと見やると、その視線をゆっくりと自身の手元へ移した。 そのまま数秒、信長は睨むように手にしていた和紙を見つめると 「奇妙よ」 「…?」 「近こう。これへ参れ」 何を思ったのか、文箱に和紙を戻すと、下座にいる奇妙を御前へと招いた。 奇妙は当惑顔で信長を見つめる。 「何をしておるのじゃ。早よう父の前へ参るのだ」 「…は、はい…」 奇妙はぎこちなく頭を下げると、言われた通りに御前へと進み、信長の前に座した。 「のう奇妙」 「…はい、父上様」 「そなたはまことに、妹の名は “ 胡蝶 ” が相応しいと思うておるのか?」 父の問いに、奇妙は大きく頭を前に振った。 「勿論にございます。養母上様が “ 帰蝶 ” で、その姫君が “ 胡蝶 ” なんて、とても素敵だとは思われませぬか?」 「……ああ。そうじゃな、素敵じゃな」 濃姫は意外そうな顔をして、傍らの信長を見据えた。 「ならば奇妙よ。一つ、この父と取り引きをせぬか?」 「取り引き?」 「ああ。もしもそなたが、父の願いを聞き届けてくれるのならば、儂が持つ姫の名付けの権限をそなたに譲ってやる」 それを聞いて、奇妙、そして濃姫は、驚きから目を真ん丸にする。 「父上様、それはまことにございますか!?」 「まことじゃ」 「では、父上様の願いを仰せになって下さいませ!わたしで叶えられることならば、何でも致します故」 「ほぉ、何でもか。その言葉に二言はないな?」 「無論にございます」 信長は「そうか」と言って微笑むと、ひといた後、真摯な口調で息子に告げた。 「であれば奇妙。植髮香港 そなたの力で姫を──妹を守ってはくれまいか」 「…守る?」 「そうじゃ。先にも述べたように、姫は決して世には出せぬ身の上の御子じゃ。姫の身体のことも去ることながら、 この子に流れる土岐氏の血筋を盾に、あらぬ謀略をめぐらせる輩が出て来ぬとも限らぬ。それは織田家の中においても同じじゃ。 我が臣下の中には土岐氏の遺臣だった者も多く、姫のような存在が家中にあると知れれば、それを名目に儂に刃を向けて来るであろう」 「……」 「じゃからと言うて、織田家の嫡女として生まれた姫を安易に始末など出来ぬ。命懸けで姫を産んだお濃の気持ちを考えれば尚更じゃ。 故に我らは、こうして人目を凌げる場所に御殿を築き、姫の存在を知らぬように努めて参った。 じゃがな、儂らも人である故、いずれは限界が参るのだ。賢きそなたにならば、この意味が分かるであろう?」 「……いつか…、いなくなってしまうからですか?」 信長は目で頷いた。 「生きている間は儂の力で守ってやれるが、この乱戦の世じゃ。いつどのような形で死の時が参ってもおかしゅうはない。 じゃからこそ、この先、姫の存在を守ってやる協力な後ろ楯が必要なのだ。この密事を受け継いでくれる者がな」 「それが、わたしなのですか?」 「ああ、そうじゃ。儂もお濃も、そなたが姫を守ってくれることを願うておる。そなたはいずれ、儂の後を継いで織田家の当主となる男。 織田のとなろうそなたならば、姫を託す上では最も適任じゃ。そなたは我が嫡男であり、姫の兄なのじゃからな」 「………」 「どうであろう奇妙。儂らと共に姫を守ってはくれぬか?」 「…父上様…」 「そなたが力を貸してくれれば、父もも心安い。何よりそなたの妹の為じゃ」 静かなる父の説得を前に、奇妙は深刻そうな顔をして沈黙した。 以前に濃姫が訊ねた時は、“ 兄として妹を守る ” と言ってくれた奇妙であったが、