まさにその通りであろうと、報春院は頷く。 「されど、お方様は身重にございます。今、姑である大方様からそのように厳しき叱責を受ければ、 お方様のお心は憂い乱れ、お腹の中の吾子様のご胎教にも影響を及ぼすやも知れませぬ」 「……」 「お濃の方様にとっても、ようやく授かったお命にございます。どうかここはお耐えになられ、冷静にご対処下さいますよう、お願い申し上げます」 千代山は濃姫の心情を慮り、強く報春院に懇願した。 その姿が、織田家老女としての威勢に欠ける、情けなきもののように映ったのか 「千代山、そなた何を甘いことを…!」 報春院は一瞬 眉間に青筋を立てかけたが、やがて、握り締めた拳(こぶし)を開くように 「……いや…、良い」 と、千代山から顔を逸らしつつ、俄にその表情を緩(ゆる)めた。 己の考えに反して、不思議と心が落ち着いてゆくのである。 それもこれも、自分自身が信長を始めとする御子たちの母であるが故かも知れない。 初めて子を身籠った時の喜びと緊張。 僅かながらの不安。 https://technewstop.org/botox-aftercare-essential-tips-for-optimal-results/  貴人の世ならば、男児を産まなければならぬというプレッシャーもあり、その心労は人一倍である。 報春院はそれらを全て理解しているだけに、濃姫の立場を考えると、安易に千代山の進言を退けることが出来なかった。 不満そうに眉をしかめながらも、唇の間から小さな吐息を漏らすと 「───言うべきことを二、三申し上げるだけじゃ。そなたが案ずるような真似は致さぬ」 「…大方様」 「さ、参りますぞ。 先にこの件を片付けておかねば、織田勢の戦勝を祝う気にもなれませぬ故」 報春院はサッと着物の裾を翻すと、安堵の笑みを浮かべる千代山を伴って、再び濃姫の御座所に向かって歩き始めた。 すると程なく 「──おどき下され!おどき下され!」 「──水はまだか!?すぐに汲んで参れッ」 「──お方様のお召し替えを早ようこれへ!」 姫の御座所近くにやって来た二人の耳に、女たちの物々しい声が聞こえて来た。 「 ? 、どうしたというのじゃ、この騒々しさは」 「…分かりませぬ。何事でございましょう?」 報春院と千代山が更に歩を進めると、やがて濃姫の寝室の前を荒々しく右往左往する侍女たちの姿が見えてきた。 その穏やかならざるその光景に、思わず二人も茫然となって視線を向けていると 「こ、これは、大方様っ!」 侍女たちに指示を与えていた三保野が、廊下の先で立ち竦む報春院らに気付いて、慌てて駆け寄って来た。 慇懃に一礼を垂れる三保野に 「三保野殿、これはいったい何の騒ぎなのです?」 千代山はすかさず伺いを立てる。 「……あの…、畏れながら…少々…立て込み事がございまして…」 言いにくいことなのか、三保野は随分と歯切れが悪い。 「立て込み事とは何じゃ?」 「…それは…」 報春院が訊くも、三保野は躊躇いがちに目を泳がせるだけで、その先を答えようとしない。 「黙っておっては分からぬではないか。いったい何があったのじゃ?」 「……」 「三保野殿、大方様の御意にございまするぞ。お答えあれ」 千代山が静かに促すと、三保野はわなわなと身体を震わせながら 「…お…お許し下さりませ…!!」 と、頽(くずお)れるように、報春院の足元にひれ伏した。 突然のことに報春院も千代山も一驚し、半ば唖然となって、小刻みに震える三保野の黒頭を見つめていた───。