「この先、何があろうとも、私を勘八君のお側に居させて下さいませ」
興味深げに聞いていた信長の口元が、思わずだらしなく開く。
「……そんなことで良いのか?」
「はい。それを叶えて頂けたならば、私にとってこの上なき喜びに存じます」
信長の口から、溜め息混じりの小さな笑い声が漏れた。
「半永久的になどと申す故、どのような大それた望みを言うのかと思えば、そのようなこと…」
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坂氏は軽く声を張ると、信長に遺憾そうな眼差しを向けた。
「母にとって何より辛きことは、腹を痛めて産んだ我が子と離ればなれになることにございます。
勘八君は、殿という貴人の御子として産まれた以上、いずれは織田家の為、戦や政(まつりごと)の為に、駒として使われる日が参りましょう。
さすれば、母と子がいつまでも共に、という訳にもいきますまい。 …だからこそ、あえてかようにお願いしているのでございます」
「──」
「過保護と思われるやも知れませぬが、私にとって勘八君は何にも代え難き宝。
せめて側におわし、その成長を見守り続けたいのでございます」
「………左様か」
坂氏の母としての思いを聞き、信長はふと、虚ろな表情になった。
実母からの愛を知らずに育った信長にとって、子を思う坂氏の言葉は、正直 耳が痛かった。
それを羨ましく思う気持ちと、妬ましく思う気持ち。
双方が交差して、何ともやり切れない思いが心の奥底で汚泥のように広がっていた。
しかし己がその愛情を受けられなかった分、せめて我が子には──という父としての思いもあり、その心情は実に複雑であった。
「殿、如何なされました? やはり、ご無理な願いを申しましたでしょうか?」
「……」
「お許し下さいませ。やはり私ごときが殿にねだり事など、身に過ぎた振る舞いにございました」
坂氏が平身抵頭すると、信長もようやく我に返って
「…いや、良いのだ……。 相分かった。そなたの思うように致せ」
と静かに言葉を返した。
坂氏も「えっ」となって鎌首をもたげる。
「よろしいのですか?」
「ああ…。儂は勘八に、どこまで父親らしいことをしてやれるか分からぬからな。
そなたが儂の分まで、この子に愛情を注いでやってくれ。寂しい思いをさせぬように」
信長は慈愛のこもった眼差しを勘八に注ぎながら、目の前のその小さな頭を愛しげに撫でた。
坂氏は感動に胸を震わせながら「有り難うございます──」と慇懃に礼を述べると、
その顔に晴れやかな笑みを湛えながら、下げたばかりの頭を今一度深々と垂れた。
この後 勘八は、その名を『三七郎』と改め、故あって伊勢の神戸下総守具盛(とももり)の養子に入ることになるのだが、
この折の約束通り、坂氏もそれに随行することが許可され、その後の城移りに際しても必ず付き従って、
我が子の成長を誰よりも近くで見守り続けてゆくことになるのである。
「──殿!殿はおわしまするかっ!」
「 ? 」
ふいに何処からか自分を呼ぶ声が聞こえ、信長はそれに素早く反応すると
「勘八を頼む」
坂氏の腕に子を預け、早々と縁側から離れると、
声の主がやって来るのを待ち構えるように、庭の中央に立ち竦んだ。
やがて、切羽詰まったような表情の丹羽長秀が荒々しく駆けて来て
「…ああ、殿!こちらにお出ででしたか!」
言うが早いか、速やかに信長の足元に控えた。
「何じゃ、長秀であったか。如何致した?かような所まで」
「お畏れながら申し上げます!殿におかれましては、早急に清洲の城へお戻り下さいますようにとの、ご重臣の方々からのお達しにございます!」
「…何と。いったい何事じゃ?」
「そ、それが───」
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