二人にはない素朴さと、母性的な暖かさが魅力の女性である。

 

 

信長は、きゃっきゃっとはしゃぐ勘八を抱えながら縁側に戻ると

 

して、そなたはいつまでこの屋敷にいるつもりなのだ?」

 

縁に腰をかけつつ、坂氏に訊ねた。

 

「いつまでとは?」

 

「この屋敷を産所として勘八を産んでからもう三年になろう。如何に良勝がそちの叔父とは申せ、長居のし過ぎじゃ。

そろそろ生家の方へ居を移した方が良いのではないか?」

 

信長の勧めに坂氏は微笑みながら一礼を垂れると

 

「お気遣い、有り難う存じます。 ──なれど私はこちらでの暮らしが気に入っております故、暫くは離れるつもりはございませぬ。

 

叔父上も勘八君の誕生を喜んで下さり、いつまでも居てくれて構わぬと、左様に申しておりますので」

 

その心配は無用であると、きっぱり断った。

 

「しかしのう

 

「生家はここよりも手狭で、何より古うございます故、とてもではありませぬが殿の大切な勘八君をお育てするような場所ではございませぬ。

 

それにここにおわせば、野駆けの折などに時々 殿が訪ねて下さいましょう? 私も勘八君もそれが嬉しく、なかなかに離れ難いのです」

 

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信長は口の端を緩やかにつり上げると

 

「相分かった。ならば無理に生家に戻れとは言わぬが、もしも必要とあらば、

 

そなたと勘八の為に、この近くに屋敷を普請してやっても構わぬぞ。

 

何なら、いっそのこと清洲城の奥へ参るか? さすれば勘八ともそなたとも毎日会えるではないか」

 

信長の発案に、坂氏は慌ててかぶりを振ると

 

「め、滅相もないことにございます」

 

と鄭重に辞退した。

「坂家は豪族というても、我が父は一族の中では立場も低く、日々の生活も倹(つま)しいものにございました。

 

そんな身分低き私に、殿は情けをかけて下さり、同時に勘八君という宝をも与えて下さりました。

 

私には、もうそれだけで十分……。清洲の奥向きに居を移すなど、あまりにも恐れ多いことにございます」

 

「左様な遠慮など不要じゃ」

 

「いえ。これは遠慮ではなく、けじめにございまする。──それに、私のような賎しい者が奥に参れば、ご正室であられるお濃の方様のお目障りになるかと」

 

坂氏の言葉を聞いた途端、信長は軽く吹き出すような、思い出し笑いをした。

 

「そなた、吉乃と同じことを申すのう」

 

「きつの……、生駒殿のことにございますか?」

 

「ああ。 頼むからそちは、お濃に城へ招かれて登城致したり、二人で怪しげな文のやり取りなど致すでないぞ。

 

妻たちが人知れず親密になってゆく様を見るのは、男からすれば、気が気でないと申すか、決して気分の良いものではないからのう」

 

「失礼ながら、殿。それはいったい何のお話しにございましょう?」

 

坂氏が思わず眉をひそめると

 

──いいや、何でもない。ただの愚痴じゃ、気に致すな」

 

信長は微笑(わら)ってかぶりを振った。

 

「では、代わりに何か、そなたの望みを一つ叶えてやることに致そう」

 

望みでございますか?」

 

「久方ぶりに参ったのじゃ、思うところを申してみよ。遠慮がちなそなたにも、小さな望みの一つや二つあろう?」

 

「いえ、これといった望みは──…

 

坂氏は一瞬、その気遣いすらも辞退しようとしたが

 

……なれど、甘えたことを申してもよろしいのならば、半永久的に叶えて頂きたい願いがございます」

 

その場に手をつかえ、ひた向きな面差しを信長に向けた。

 

「半永久的にか。なかなかに興をそそる申し出じゃ。 言うてみよ、どのような願いじゃ?」

 

信長が発言を許すと、彼の膝の上にいる我が子を見つめながら、坂氏は嫣然(えんぜん)と微笑んだ。