「信長殿を思う平手殿のお気持ち、よう分かりました。私も那古屋城主の奥方として、出来る限り相務めましょう」
帰蝶の真摯な言葉に、政秀の老眼が輝いた。
「では…!」
「なれど、信長殿の味方になるか否かは、私自身の目で見て決めまする」
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まるで差し出された救いの手を急に引っ込められたような戸惑い顔で、政秀は微笑む帰蝶を見つめた。
「敵ばかりの信長殿の味方になるという事は即ち、私もその者共の敵になるという事です。
そのような危険を冒してまで、守るに値する夫かどうか……私自身の目で見極めとう存じまする」
「姫様──」
「それでよろしゅうございますね。平手殿」
信長が帰蝶の眼鏡に叶わなかった時のことを案じてか、暫し政秀も言葉を返しあぐねていた。
しかし聡明と評判の姫のこと。
もしかしたら、信長の優れた資質に気付いてくれるかもしれない。
背に腹は代えられないといった気合で、この日何度下げたか知れぬ頭を、今ひと度 深々と下げた。
「承知致しました──全て姫様の御意のままに」
そして翌日の朝五つ半。
帰蝶を乗せた輿は予定通りの刻限に正徳寺を発ち、そのまま那古屋城を目指してひたすら進んでいった。
少々気温は低かったが、天気はとても良く、風も穏やかで、入輿するのには相応しい日和だった。
遠くに織田信友のおわす清洲城が見える細道を通り、人々が行き交う広い沿道を進み、武家屋敷が周囲に建ち並ぶ曲がりくねった道を抜けると、
見張り台付きの立派な城門が、輿入れ行列のちょうど真っ正面に見えてきた。
「姫様、見えて参りましたよ。那古屋のお城にございます」
三保野が輿の外から告げると、帰蝶は物見を開けて顔を半分だけ出してみた。
城門の両脇には十数名の織田家臣らが控えており、行列の先頭を行く政秀が
「開門ーッ!」
と叫ぶなり、彼らは両開きの重厚な門の扉を早々と開きにかかった。
ギィィィィ…
金属と古い木のしなる音を響かせながら、扉は二つに別れてゆく。
その間を、帰蝶を乗せた輿がしずしずと通って行った。
城門を入ると、御殿まで続く長い敷石が現れ、その両端に薄紅色の蕾をつけた石楠花(しゃくなげ)が敷石に沿うように植えられている。
その植え込みの間からは、ほぼ満開の紅梅(こうばい)の木が天に向かって賑々しく伸び、見事な枝を張っていた。
山頂に築かれた稲葉山城とは違い、城下町を見渡せるような絶景はなかったが、
御殿は広壮な構えであり、庭も思っていた以上に樹木や花々が多く、自然に溢れていた。
やがて帰蝶の輿は城の表玄関の前で降ろされると
「姫君様──。はるばる美濃より、よくぞおいで下さいました」
織田家老・内藤勝介が数名の家臣たちと共に出迎えに現れた。
帰蝶は三保野に手伝われながら、静かに輿から出ると「お役目、大儀に存じまする」と小さく勝介に会釈した。
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