道三はあえて何も答えず、次の言葉を待った。
「父上様…。父上様は猫なのでございますね」
「猫? 美濃のと呼ばれる儂が、猫とな」
「はい。──実は先ほど、父上様が可愛がっていらっしゃる茶々丸が、私の部屋の庭にいたメジロを、えて逃げて行ってしまったのです」
「何、茶々丸がメジロを?」植髮香港
「そのメジロは片方の羽に傷を負っていたせいで、満足に飛ぶ事が出来ず、哀れにも茶々丸のめが。日々贅沢な餌を与えてやっていると申すに…、何ともけしからん」
道三はそうに呟きながらも、その言葉はどこか冗談めかしていた。
「それを見て、私は思ったのです。茶々丸は父上様、弱ったメジロは信長殿──いえ、尾張そのものではないかと」
まるでめるような強い眼光を、帰蝶はな父の顔に向けた。
「大うつけが織田の家督を継げば、尾張の力は格段にえましょう。その時こそが、父上様のい目」
「……」
「隙を見て隣国へ攻め込み、うつけから尾張一円を奪い取る。私はそのための人質、いえ、なのではありませぬか?」
帰蝶はに、だが確信めいた口調でねた。
愛娘の射抜くような視線を受け、道三はその目元にすっと笑いを寄せる。
「うつけの息子を持つのも厄介じゃが、聡明過ぎる娘を持つのもまた厄介よのう」
「…父上様」
「で、もしもそうであったとしたら、そなたはどうする? 織田へのむのか?」
帰蝶は瞬時に首を左右に振った。
「まさか。それが私のお役目であるのならば、私は喜んで尾張攻略のの布石となりまする」
その強気な発言に “ さすがは我が娘 ” と道三は満足そうにむ。
「それに、輿入れは私の夢でございますから」
「夢?」
「誰かの妻となり、その人のを生む──それが幼き頃よりの私の夢でございます」
「ほぉ。左様なけを言えるほど、姫は余裕と見ゆる」
「いいえ、戯けではなく本心でございます」
「もない。死をも覚悟の輿入れに、何故 左様な夢を抱ける?」
すると帰蝶は不思議そうに小首をげた。
「死…? 私は死にませんよ」
「何」
「例え美濃と尾張が先々で事をえたとしても、私の身は、必ずや父上様がお守り下さるでしょうから」
「……」
「命の心配のない輿入れならば、これほど良い事はありませぬ。
これで私も、何のいもなく満願を果たせるというものです」
帰蝶は着物の袖で口元を隠しながら、ふふっと愛らしく笑った。
さを見せたかと思えば、急に少女のような無邪気さをかせる。
道三は己の娘ながら、未だに帰蝶の真の気質を見極められずにいた。
帰蝶と信長の縁組が決するやや、稲葉山城の奥向きはに慌ただしくなった。
来客が多くなったせいもあるが、特に帰蝶の嫁入り支度に忙しく、三保野などはから表へと日に何度も往復していた。
御貝桶、、屏風箱、長持ち、行器など主要の婚礼道具は、
既に道三の指示によって城下の職人に発注済みであったが、衣装や装飾類などの手配は小見の方の手に預けられていた。
娘のに何かしてやりたいという彼女のたっての希望によるものだったが、
小見の方は着物の生地や色柄、装飾品のなどに細々と注文をつけた為、
これが思った以上に時間を要し、衣装道具全てが揃った頃には、とっくに年が明けていた。
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