その日から三津はぱったりと捜索を止めた。
“壬生狼のお兄さん”も口にしなくなった。
「行ってきます!」
と元気よく出かける先は遊び場になっているお寺。
出かける傍らの情報収集もすっかりやらなくなった。
「やっとみっちゃん諦めたなぁ。脫髮維他命
店に来ていた客たちが嬉しそうに良かった良かったと話すのを聞いて,功助とトキは顔を見合わせた。
「諦めたって…。それどういう事?」
トキが顔をしかめて詰め寄った。
三津は簡単に諦める奴じゃない。今だって出掛けたついでに捜してる。
そう思って疑わないのは功助も同じ。
だからこそ“諦めた”の意味が分からない。
「やっと壬生狼捜し諦めたんやろ?」
功助とトキはそんなはずはない,一体どうなっているのか本人に聞いて確かめなければと三津が帰って来るのを待った。
何も知らずに帰宅した三津に功助とトキが詰め寄った。
「ただいま!どないしたん?」
二人の表情がやや強張ってる気がして首を傾げた。
「あんた壬生狼の人捜すの諦めたんか?」
嘘であって欲しい…。
功助とトキは祈るような気持ちで三津の目をじっと見た。
すると三津はへらっと笑った。
『この顔は誤魔化してる時の顔やんか…。』
トキは幾度となく見てきたその笑顔に落胆し強い憤りさえ感じた。
「何で諦めたんや。お礼は?」
功助も動揺した気持ちを隠しながらさらに問い詰めた。
「よう考えたら,みんなの言う通りやなって思ってん。
いくら壬生狼がいい事したって今まで一杯人を斬ってきた訳やし,それに…。」
三津が喋り終わる前に頬にトキの平手打ちが飛んだ。
トキは目頭が熱くなるのを必死に堪えていた。視界が一瞬揺れたと思えば三津の左頬はとんでもなく痛くなった。
「阿呆!自分が何言ってるか分かってるんか!?」
トキが凄い剣幕で掴みかかろうとしてくるのを痛む頬に手を当てながら呆然と見ているしかない三津。
功助が間に入ってトキを押さえているのも立ち尽くして眺めていた。
「三津,正直に言うてみ?ホンマはそんな風に思ってへんやろ?」
功助は三津を信じて問いかけた。
恩人の彼を極悪人と信じ込まざるをえない何かがあったんだ。
そう信じて優しく言葉をかけた。
「私があの人を恩人て言うってだけでおじちゃんとおばちゃんまでみんなに嫌われたら嫌やもん…。」
「そんな事で止めたんか…。」
トキは呆れたと溜め息をついた。
「そんな事?そんな事って何よ…。」
自分は本当に二人に迷惑をかけたくないし,何かあってからでは遅いと真剣に考えたのに,トキはそれをそんな事でまとめた。
「諦めた理由がくだらん。
あの人に対する感謝の気持ちはそんなもんか。」
その言葉を聞いて今度は三津が黙っていない。
自分の気持ちをくだらないと言われたのだ。
「何で分かってくれへんの!?」
彼の名前も知りたいし感謝の気持ちだってある。
ちゃんと会ってお礼をしたいのは世話になったこの私。
それよりも自分にとって大切なのは自分のもう一つの家族,親である功助とトキなのに,
「分かってないのはあんたや。
しばらく頭冷やして来たら?」
と冷たく言い返されてしまった。
三津は言いたい事はあるのに上手く言葉にならなくて,悔しさが呼吸を荒くする。
そしてしばらく睨み合った後,勢いに任せて店を飛び出した。
「あーあ…今回はえらいきつく言うたな。」
功助はやれやれと苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「あんな心配私らにはいらんやろ?」
トキはふんと鼻を鳴らして腰に手を当てた。
二人はひとまず三津が男を軽蔑して捜索を止めたんじゃないと分かってほっとしていた。
「女将,さっき凄い勢いで店を飛び出した子がいたけどあれが三津?」
声をかけられ店先に視線を移せば青年が立っていた。
「吉田さん…。あれが三津です。」
トキは恥ずかしい所を見られたと頬を掻いて近寄った。
「元気になり過ぎじゃない?飛び出したはいいけど帰って来れるかな?」
吉田は三津が飛び出した方角を見てふっと笑った。
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