三津はぱちくりと目を瞬かせたが,
『名乗って損するか。
あのお兄さんらしいな。』
三津はふふっ 針灸生髮 と笑ってまたお粥を口に運んだ。
「でもそうやって見たことある人がいるんやったら,知ってる人はどっかにおるよね?」
口をもぐもぐと動かしながら絶対見つけてやると意気込んだ。
「とんでもない人に世話になったなぁ。」
トキが敢えて意地悪く呟くと三津はにっと笑った。
「口は悪かったけど優しい人やと思うし,お世話になったらお礼はせなアカンでしょ。」
トキは満足げに笑みを浮かべて頷いた。
三津は男を軽蔑しなかった。
予想通りお礼をする為捜す気でいる。
『何があっても屈せず捜し出してや。』
心からそう願って男が残した言葉を三津に伝えた。
「そう言えば道覚えろって言ってたわ。」『やっぱり意地悪…。
ちゃんとお店まで帰って来れてるやん。』
三津は見ず知らずの人にそんな事言われる筋合いはないとむっと顔をしかめた。
「あっちこっちそっちで店の場所言ったんやろ?
このまま真っすぐとか…。」
トキは不貞腐れた三津の顔から気にくわない理由を予想してにやりと笑った。
「そんなんまで言うて帰ったん?あの人…。」
三津は何てお喋りな奴だ余計な事ばっかり言ってと口を開けて呆れ顔を見せたが,
『ホンマにその説明で連れて帰ってもらおうとしたあんたにほとほと呆れるわ…。』
トキの方が呆れるを通り越して情けなくなってきた。
三津を背負い,詳しい道も教えてもらえず此処を探し当てた男の苦労が良く分かる。
それだけ大変な思いをしたのに名乗るだけで損する訳がない。
「しんどかったやろなぁ。知らん娘背負って暑い中知らん店探して…。
おまけにぐったり死んだみたいになって。」
もっと感謝の気持ちを出さんかとトキはちくちくと嫌味を呟く。
「う…。すみませんご迷惑おかけしました。」
三津はお椀を手放して布団の上で正座をすると仰々しく頭を下げた。
いわゆる土下座で許しを乞う。
「もっと有り難さ出さんかい。」
トキは軽く頭を叩きながら喉を鳴らして笑った。
「それに迷惑やなくて心配かけたの!
ゆっくり寝て早く元気になりや。」
トキはやんわり頭を撫でると三津が頭を上げる前に部屋を出て行った。
「あ…。」
三津が顔を上げた時には戸が閉められた後だった。
『迷惑やなくて心配ね…。』
三津は嬉しいような照れくさいような気持ちで大人しく布団の中に戻った。
病は気からと言うし気合いを入れ直せばきっとすぐに良くなると再び目を閉じた。
だが三津が思ったより体は元気になってくれなかった。
気ばかり焦って何度も寝返りを打った。
「三津手拭い替えようか。」
トキが部屋を訪れ額に乗せた手拭いを枕元の桶の水に浸し,軽く絞って額に戻した。
ひんやりとした感覚に三津は気持ち良さそうに目を細めた。
「まだ体が言う事聞かんねん。何でやろ…。」
大人しく寝ているのにと口を尖らせる。
「美人薄命って言うもんな。もしかしたらこのまま私…。」
「起きたまま寝言言いな。誰が美人やねん。」
おトキさん病人の気が滅入る事を言わないでくれ。「よく寝たぁっ!」
勢い良く布団を蹴飛ばし,両手の拳を高々と低い天井に向かって突き上げて歓喜の雄叫び。
寝込んでから早一週間ぐらいだろうか。
ようやく三津の復活だ。
『やっぱり私はこうでなきゃ。』
昨晩トキから外出許可が下りたのだ。
うきうきと髪を結い,たすき掛けをしてから前掛けを装着。
「復活!」
『美人薄命ってやっぱり迷信やったな。私こんなに元気やもん。』
ようするに自分は美人じゃなかった。
その事実を痛感しながらも,そこは敢えて迷信だった事にした。
何せ今日は気分がすこぶる良いのだもの。
嬉々として店を飛び出した三津の予定は壬生狼のお兄さん捜しだ。
元気になった報告がてらに目撃情報を集めようと手当たり次第に近所の家を訪ねて回った。
「お陰様で元気になりました!」
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