春に現れ、春の終わりに散っていった桜のような人。共に夏を迎えることは出来なかった。

 

 

桜花は刀を太腿の上に置くと、手を伸ばす。吉田の肩先についた花びらを摘むと愛しげに目を細めた。

 

視界が涙の膜で滲む。

 

そろそろ夜明けじゃ。息災で

 

『吉田さッ!』

 

吉田はそう言うと、立ち上がった。桜花が手を伸ばそうとすると、風と共に白い光が差し込む。

 

 

その眩しさに目を瞑り、Visanne 開けるとそこに吉田の姿はもう無かった。

 

 

 

寂しさと悲しさが綯い交ぜになり、次々と頬に涙が流れる。不思議と喪失感より、充実感が胸に満ちていった。

 

願わくば、もう一度だけあの桜を共に見たい。

 

桜花はそう思いながら意識が現実に引き戻されていくのを感じた。

 

 

 

 

*『もし許されるのなら。今日、最後の逢引をしよう。桜の樹の下で待っちょる』

 

薄れゆく意識の中で、そんな声が響くーー

 

【スター特典の陽炎の君へ続きます】

 

 

 

 

-----------------------------

 

スター特典を見ても見なくても、この先の話はお楽しみ頂けます。

──目を開けるとちゅんちゅん、と雀の鳴き声が聞こえる。

 

身を起こし、ぼんやりとした頭で辺りを見渡せばそこは自室だと分かった。いつの間にか深く眠っていたようである。

 

 

「ここは部屋?」

 

そう声に出した瞬間、涙がぽろぽろと止めどなく零れた。

 

「なんで、涙なんて……

 

 

それに驚いていると、差し込んだ朝日が手元を照らした。

 

桜花は導かれるように握っていた手を開く。そこには桜の花びらがあった。

 

それを見た桜花は目を見開く。

脳裏には先程ばかりの光景が一瞬だけ浮かんだ。

桜の樹の下で誰かと居た気がする。

 

 

桜花は花びらを懐紙に挟んでから弾かれたように立ち上がると、足音を立てて一階へ降りていった。

厨に行けば、まさの背中が見える。足音に気付いたまさが振り返り様に驚いた表情を浮かべた。

 

それもその筈、桜花が寝巻きで降りてくるなんて初めての出来事だからである。しかもその目には涙が流れていた。

 

 

「おはようさん。どないしたの、寝巻きで降りてきはるなんて。泣いてはるの?」

 

 

まさは前掛けで濡れた手を拭きながら、桜花に近寄る。

 

「おはようございます。おまささん、今日は何日ですか?私は、出掛けてませんでしたか?」

 

その質問の意図が分からず、まさは首を傾げた。

 

 

「今日はどす。桜花はんは昨日も、勿論今日も出掛けとらへんえ。夢でも見たんどすやろか

 

「出掛けてない。夢……?あれは、夢だったの?」

 

「今日、新撰組の方々が大坂から戻ってきはるみたいどす。そないな格好してはると、不都合どすやろ。着替えておいなはれ」

 

 

まさの言葉に頷くと、桜花は自分の格好を改めて見る。すると寝乱れたような大胆なそれに赤面した。

涙を拭うと頭を下げ、再び二階へ戻る。

 

 

着替えるために寝室に戻ってくると、枕元にの本体と鞘が転がっていることに気付いた。

 

 

「どうして刀が……

 

驚いた桜花はそれを戻そうと鬼切丸に触れる。

すると、急に鋭い頭痛が襲ってきた。思わずそれから手を離し、頭を押さえる。

 

頭の中から何かが失われていくような、そんな気持ち悪い感覚が次々と起こっていく。

 

「痛ッ!」

 

 

大切な何かが消えていく。それに抗うように、桜花はった。

 

嫌だ、嫌だ。忘れたくない。覚えていたい。お願いだから、私から奪わないで。

 

 

 

だが、無情にも鬼切丸に掛けられたが愛しい記憶を奪っていった。

 

脂汗を浮かべながら、右胸に手を当てた。すると、そこには左胸と同じ刻印が浮かび上がる。

 

 

桜花は震える手で、両手を顔にあてた。止まった筈の熱い涙が次々と流れては落ちていく。

 

 

 

その刹那だった。

 

 

『さようなら、桜花さん』

 

 

優しく、けれども悲しい声が何処かから聞こえてくる。

 

 

「貴方は、誰?」

 

このようにも愛おしそうに、切なく自分を呼ぶのは誰なのだろう。

 

脳裏には光に包まれながら、優しく儚げに微笑む男性の顔が浮かんでは消えた。

 

 

蝉がけたたましく鳴いては、部屋に響く。

涙を掬うような風がそっと拭いた──