を救ってくれたことか。
それはなにも、伊庭や野村といった史実に名が残っている者だけではない。史実に名が残っていない多くの兵卒たちもまた、この華奢な体の未知なるパワーによって助かったのである。
この前、かれと話をしたことを思いだした。を削っている……。
かれはこの戦で聴覚を失い、片目の視力を奪われた。両方の肺に被弾し、それ以外でも体や手足のあちこちが傷ついている。を削ってという言葉は、あながち嘘ではないはずだ。
そう。かれは、t恤 自分のを賭け、削っている。
抱きしめかけたが、途中で躊躇した。
想像の斜め上をいくトラウマを負っているかれを、これ以上怖がらせたりストレスをあたえてはいけない。
そう思ったからである。
そのとき、かれのにみるみるうちに涙があふれ、一粒二粒と頬を落ちはじめた。
だ、だめだ。これは、ある意味反則じゃないか。
キュンときすぎて、鼻血がでそうになる。
もちろん、BL的な意味ではない。
「ハジメ君、抱きしめて」
かれがささやいてきた。こんなマジなシーンなのに、やたらドキドキしてしまう。
しかも、いまここにはまだ子どもの市村と田村がいる。
子どもの前で、そんなことをしてもいいのか?
「きみには雄を感じないっていったよね?」
かれは、さらにささやいてきた。
「あ、ああ。ああ、そうだった」
肩透かしを喰らった気分である。
そうだった。感覚のおかしいかれは、おれには男性ホルモンやフェロモンがすくないと思い込んでいるのである。
もしかすると、幼馴染の異性に男性を、あるいは女性を感じないのとおなじことかもしれない。
ある意味では、おれたちは幼馴染みたいなものだから。
「ぽち先生。これでどう?」
「ぽち先生。わたしたちの胸で泣いていいよ」
そのとき、いきなり突き飛ばされてしまった。
市村と田村である。かれらは、おれをさしおて、いやいや、おれのかわりに俊春を抱きしめてしまった。
チッ……。
「主計って、かような深刻な状況でも腐男子なのだな」
「ちょっ……、ちがいます。八郎さん、ちがいますよ。誤解です」
「誤解?さきほどのは、あきらかにBLであったぞ」
「さよう。ぽちが怪我を負い、苦しみの中で助けを求めているというのに、思考がBLで染まりまくっておる」
「蟻通先生、島田先生。だから、ちがうんですってば。なっ、相棒?」
「フフフフンッ!」
ダメだ。 そのとき、市村と田村に抱きしめられている俊春とが合った。
俊春の顔は、控えめにいってもゾンビもビックリな顔色である。そのかれの口角がわずかに上がった。しかも、涙の一滴もに浮かんでなどいないではないか。
はああああ?
くそっ!またやられた。
俊春のやつ、おれの説得をごまかしたんだ。
なんてやつだ……。
こんなときまでごまかしまくるなんて、恐れ入ったよ。
市村と田村に散々抱きしめられた俊春は、最後にもう一度俊冬を説得してみると約束をしてくれた。
そして、『自分は大丈夫。ここにもうしばらくいるので五稜郭に戻ってほしい』、といった。
相棒にさえ、『兼定兄さん、みんなといっしょにいって』というくらいである。
これ以上、俊春といい合いをするだけムダだろう。なにより、いい合いじたいがかれにとっては負担になる。そんな時間があるのなら、すこしでも休んで欲しいと心から思う。
仕方なしにかれに別れを告げ、五稜郭へ戻ることにした。
帰り道、みんな心の中で思い悩んでいるのか、重苦しい沈黙がつづいている。
「おーい」
すると、五稜郭のある方角から一団があらわれた。その一団は、ひっそりとした町のさして広くもない道を、音もなく駆けてくる。
相棒の尻尾が激しく揺れはじめた。
月明かりの下、その一団がであることがすぐにわかった。
先頭には、安富がいる。
お馬さんではなく自分の脚で駆けるほど、急ぎのなにかがあるのだろうか。
よく見ると、かれだけではない。ここにいるはずのない中島たちもいる。それから、明日死ぬはずの隊士たちも。
「ぽちは?」
安富が尋ねてきた。
沢と久吉が戻ってきたので、かれらにお馬さんたちを託し、急いで五稜郭をでてきたという。どちらに向かっていいかわからないが、とりあえず箱館山の方角に駆けだしたらしい。
じつにかれらしい、と思った。
「ぽちは、大丈夫です。会ってきましたが、しばらく休憩するそうです」
すると、安富だけでなく中島たちもホッとした
島田や蟻通だけでなく、相棒にまで塩対応されてしまった。
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