どっからどうみても、立食パーティーというよりかは、ショッピングモールのフードコート的なレシピである。  ちなみに、ピザ生地とパンは、先日の女児の誘拐犯たちがねぐらにしていた炭焼きの窯を改良して焼くことにする。 安全期 双子と金子は、朝一番から食材集めに奔走した。小麦とか酵母とかチーズとかバターとか、双子の秘密の伝手をつかって、異国の船より買い付けたらしい。おおくはないが、トマトケチャップの元祖的なものも入手できたとか。ラーメン用のかんすい、フライドチキンの衣と油、カレーライスに使う香辛料もまた、いろんな伝手でそろった。  材料がそろってからが大変である。みなで手分けし、強力粉からパンやピザ生地、あんまんの皮をこね、カレーやラーメンのだしを煮詰めたり、窯を整備したり、ひたすら米を炊いたり、香辛料を砕いたりすったり、軍鶏をさばいたり、ネギを永遠に刻んだり・・・。は全員、いますぐにでもお婿にいけそうな勢いで、料理のスキルが身についただろう。  ピザ生地づくりは、以前、イタ飯を喰いにいったさいに、そこでパフォーマンスで生地を伸ばしていたのを思いだしつつ、双子に告げる。  すると、あっという間にそのとおりに指先でくるくるまわしつつ、薄く、丸く、伸ばすではないか。  なんてこった。イタ飯のシェフよりうまい。これだったら、本場イタリアでおこなわれる世界ピザ職人選手権大会で優勝できるかも、っていうくらい均一に、もちろん、穴をあけずにのばしてゆく。  市村や田村だけでなく、村の子どもたちも集まっている。二人は、村の子どもたちとここ数日で仲良くなったらしい。  子どもらもまた、挑戦。いろんな形と分厚さのピザ生地ができあがる。  パンは、塩パン、すなわち食事パンと、ハンバーガー用のバンズをつくった。こちらも、成形、酵母は麹をつかって発酵させてから、窯で焼く。  一次発酵、二次発酵で、ひとりでに膨らんでゆくのをみ、局長や隊士たちは驚いていた。  ふと、明治期に斎藤が横浜のパン屋に転がり込んで働くというストーリーの「一O食卓」という少女漫画を思いだしてしまう。  ラーメンの麺を打つ。だしは鶏ガラ。くず野菜などと煮、濃厚なスープに仕上げる。それはそのままカレーにも活用し、そこにスパイスを投入してカレーに仕上げてゆく。赤ワイン、ソースも忘れない。  フライドチキンの衣も、何種類ものスパイスをきかせた逸品。油は、この時代、まだ高価な菜種油を使用。『カーネル・サOダース』に負けぬ、衣はサックサク、なかはジューシーなフライドチキンに仕上がるはず。  ちなみに、かれは、1890年、いまよりもうすこし後に、アメリカのインディアナ州で誕生する。じつは、それがかれの本名ではない。『カーネル』は、ケンタッキー州に貢献した人に与えられる「ケンタッキー・カーネル」の称号のことである。 ネギ焼きは、本来ならお好み焼きにしたかったところを、キャベツがないためにネギ焼きにしたわけである。    ところがどっこい、ネギ焼きもすてたものではない。こんにゃくと軍鶏の鶏皮を甘辛く煮、そこに七味を投入する。本来なら、こんにゃくとすじ肉であるが、そこを鶏皮で代用したわけである。大量のねぎとその甘辛く煮たものを、小麦粉を水で溶いた生地の上にのせ、そのうえにまた生地をかけて焼く。裏表こんがり焼いて、お好みで目玉焼きの上にネギ焼きをのせてもいい。仕上げに、お好み焼きソースとマヨネーズをかけてもいいし、シンプルに醤油でもいい。青のりと削り節をふりかけできあがり。紅ショウガを入れてもいいだろう。  今回は、さっぱりと醤油でいただくことに。  大阪に十三という町がある。そこに、昭和四十年からやっているネギ焼きの店がある。最高にうまい。おれも、何度かいったことがある。お好み焼きに負けぬ、最高のソウルフードである。  ピザは、のばした生地の上にケチャップを薄く塗り、ちかくで採れたきのこ、異国人から入手したというベーコンの塊を薄切りにしてのせる。さらに、そぎ切りにしたチーズをのせ、整備しなおした窯で焼く。  塩パンは焼くだけで、バンズは二つにカット。鶏肉をミンチにしてパテをつくって焼き、薄切りのチーズ、和風の甘辛だれをはさんで出来上がり。  カレーは、チキンカレーに。またしても、軍鶏たちの犠牲に感謝せねばならない。ラーメンの鶏ガラスープにいたるまで、軍鶏たちは大活躍してくれた。ラーメンの具材は、ネギと海苔。シンプルイズベストってやつだ。  おむすびは、塩むすび。村でつくった米で炊いた飯を、隊士たちが握ったのである。わりと器用な隊士たちが、それぞれ独創的な形で握っている。  本来なら、豚まんといいたいところだが、スイーツがわりにあんまんにしてみた。餡は、小豆を砂糖と少量の塩をいれて煮、強力粉から練って発酵させた皮で包む。それを、蒸し器で蒸してできあがり。