小柄でぱっちりとした目元が愛らしく、時々抜けたところもある。それでいて三味線の名手というものだから、高杉が惹かれた理由も分かると桜司郎は思った。

 

「毎日の事やけど、これは痛いっちゃろう。やのに、お可哀想やなぁ」

 

 衣類に付かないように、患部に清潔な布を当ててその上から晒しを巻き付ける。まだか、と言う焦れた声が襖の向こうから聞こえた。

 

「旦那様、もうええっちゃ」

 

 おうのが声を掛けると、避孕 高杉が部屋へ入ってくる。待たされるのが嫌いなのか、何処かぶすくれていた。

 

「桜花。体調はどうじゃ」

 

「お陰様で。傷は痛みますが、良くなっている気がします」

 

 ほうか、と頷きながら高杉は桜司郎の前へ座る。

 

「ところで桜花。君の鎖骨の下……、胸に黒い紋があるんじゃが。あれは何じゃ。二年前は無かったじゃろう?」

 

 その問い掛けに桜司郎は目を丸くした。何て答えれば良いのか分からなかったことと、そもそも何故それを知っているのかという疑問が浮かぶ。

が大きくなっていく。「恋仲……?そんな人、私には……」

 

 桜司郎は瞳を揺らしながら、口篭った。その言葉を聞いた高杉は眉を顰める。

 

「桜花。まさか、栄太のことまで忘れてしもうた訳じゃないじゃろうな」

 

 咎めるようなその視線に桜司郎は視線を畳へ移した。少なくとも、藤や高杉と出会ってからの記憶は殆ど鮮明に残っている。まるで"作為的に切り取られたかのようなある期間"を除いては。

 

 となれば、切り取られた記憶は"吉田栄太郎"という人物に関連したものなのだろうかと思った。

 

「高杉様。御実家から遣いが来ちょります」

 

 そこへ戸の奥から声が掛かる。高杉は深い溜め息を吐く。

 

「僕が此処におることを聞き付けたんじゃな。一度は挨拶に行かんと後が面倒か……。志真、羽織を持って来い」

 

 そう言いながら立ち上がった。戸が開き、志真と呼ばれた男が上等な羽織を片手に入ってくる。桜司郎は志真を見るなり、目を見開いた。

 

「白岩さん……」

 

「これは。ご無事で何より」

 

 志真は機械的な会釈をすると、高杉へ羽織を着させる。

 

 

「志真。桜花に大怪我を負わせたことを詫びておくんじゃ。そうじゃ……僕が居らん間、志真に萩を案内して貰うとええ。頼んだぞ」

 

 それだけ一方的に言い残すと、高杉はさっさと出掛けて行く。

 気まずい空気が流れる中、先に言葉を掛けたのは桜司郎だった。

 

「貴方は……白岩さんじゃなくて、志真さんなのですね」

 

「はい。白岩ちゅうのは壬生狼へ潜伏するための偽名でしたけえ。本当は志真与三郎と云います」

 

 切れ長の目が桜司郎を捉える。桜司郎は思わず目を逸らした。

 

 長い沈黙が部屋に流れる。今度は志真が口を開いた。

 

「……海、見たことありますか」

 

「海……?」

 

「京におるんじゃったら、海は見たことないじゃろうと思うて。萩の菊ヶ浜は綺麗ですけえ。行きたいなら、案内します」

 

 江戸へ向かう途中で遠くに海というものがあると聞いたことはあった。ただ、近くでは見たことがない。

 

 桜司郎は小さく頷いた。それを見た志真は何処からか羽織を持ってきては桜司郎へ着せる。おうのへ声を掛けると、桜司郎は志真と共に村塾を出た。

 

 

 久々の外の空気はひやりと澄んでいて心地良い。城下町を通り、無言で歩く志真の背を追えば、やがて波の音が聞こえてきた。

 

 勿論、"元の世界"に居た頃は海に何度も来ている。だが記憶が無い今は目の前に広がる一面の青が新鮮で仕方がなかった。

 

「これが……海」

 

 冬の海に好んで近寄る者はおらず、浜辺に二人きりである。潮風が頬を撫で、