国泰寺へ向かう林道はこの三人以外に誰もおらず、ただ風の泣く声だけが響いていた。背の高い木々には雪が積もり、突風が吹けば落ちそうである。
「近藤局長。致し方ありませんよ。そもそもが駄目で元々だったではありませんか。また策を練りましょう」
「う、うむぅ……。そうだな……」
伊東に慰められつつ、避孕藥 近藤は歩みを進めた。いつもであれば、近藤は直ぐに気持ちを切り替えられる。だが、今回ばかりは引き摺っていた。何故なら此度の訊問使同行に命を賭け、地元には遺書すら送っている。土方や沖田の反対をも振り切って来ただけに、何の成果も上げられずに帰るのは屈辱でしか無かった。
池田屋事件以来、これといった目覚ましい活躍もなく市中見回りと不逞浪士の取り締まりだけに精を出すしかない日々に焦りを感じていた。長州へ立ち入り、何らかの情報を引き出すことが出来れば、もっと新撰組の名を上げることが出来るのではないかと期待していただけに落胆も強い。
「鈴木君、どうしましたか」
背中で聞いていた雪を踏む音が消えたため、伊東は足を止めて振り返った。桜司郎は真剣な顔付きで視線を彷徨わせ、辺りを伺っている。伊東もそれに倣うが、まるで何も分からなかった。
「……においませんか」
桜司郎はそう言うと、鼻を動かす。歩いていた時にふと冬の空気の匂いに混じって、変なそれが鼻腔を掠めたのである。普段であれば気に留めないのだが、それには覚えがあった。
──これは。
壬生寺での銃の調練を遠目から見ていた時に、嗅いだ記憶が蘇った。間違いなくそれが硝煙のものだと気付き、視線を動かすが木々に囲まれた道であるため分かりづらい。
目を瞑り、耳を澄ませば風の音が滞る場所が左右合わせて二箇所ほどあった。間違いなく誰かが潜んでいると確信を得る。
その時だった。突然背後から雪を激しく踏む音が近付いてくる。桜司郎は振り向きざまに抜刀した。キン、と金属音が辺りに鳴り響く。気付くのが遅れれば今頃地に伏していただろう。目の前には狐の面を付けた男が立っていた。
「鈴木君!」
「大丈夫ですッ。局長は新手に注意して下さいッ」
迫る刀を受け流せば、男は飛び退いて間合いを取る。男の斬撃は重く、刀を持つ腕がジンと痺れた。かなりの使い手だということが一太刀で分かる。
休む間もなく、男は何度も斬撃を繰り出し、桜司郎はそれを受け流した。まともに刃をぶつからせれば間違いなく折れてしまう。そうすれば護衛など出来ない。
近藤や伊東のところにも刺客が一人襲った。だがあまりにも重く容赦ない攻撃に、桜司郎の心の余裕は消えていく。あれほど気になっていた硝煙の臭いなど頭から消し飛んでいた。
男は巧みに桜司郎を近藤らから引き離すように、刃で誘導していく。一瞬でも近藤らの方を向く余裕など無かった。伊東は北辰一刀流の免許皆伝、近藤も天然理心流の当主であり相当な手練だという気持ちが慢心を呼んだのかも知れない。
パン、と耳を くようなが響いた。
「銃です!」
伊東の焦燥した声が響く。最初の一発目は誰にも当たらなかった。まるで弄ぶように、わざと外したのかもしれない。
「……次は確実に近藤の腹をぶち抜くけぇ」
桜司郎と刃を交えていた男は初めて声を発した。その声には聞き覚えがあり、桜司郎は顔を歪める。
「しらいわ、さん……」
「よう覚えちょってくれましたね。さあ、どねえします?私に背を向けて近藤の元へ行くか、近藤を見捨てて私を斬るか」
白岩は刀を構えたまま、選択肢を桜司郎へ与えた。つまり、背を向ければ斬られる。戦えば近藤が死ぬ。その二択だった。
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