牙蔵はそれだけ言うと目を逸らし、フラッと離れて行く。
「…銀に乗るか?」
信継に優しく微笑まれ、詩はニコッと笑った。
「はい…!」
信継はその眩しい笑顔に思わず真っ赤になる。
詩は那須に頭を下げて、銀に触れた。
「銀…
また会えて良かった…
多賀で…きれいに手入れし指數 期貨てもらってたんだね」
銀の毛並みは美しかった。
銀はブルル…と鼻を鳴らし、甘えるように詩に頭を下げた。
詩は多賀でのたった1日のことをまた思い出す。
加代さん。弥七さん。お元気かな…
今日は…芳輝様と…甚之輔様と…八さんにも会えて…驚いたけど…。
銀を大切にしてくれた。
多賀は本当に…穏やかでいいところだな…。
詩の心は感謝に溢れていた。
「…袴じゃなくて大丈夫か?」
いつの間にかすぐそばに立っていた信継が、詩に優しく聞く。
詩は少し赤くなりながら信継を見上げた。
「…大丈夫です」
銀がブルルっと鼻を鳴らし、信継にすり寄る。
「…はは…銀が」
詩は信継に微笑んだ。
「…信継様に懐きましたね」
信継がカッと目元を染める。
それから、それは嬉しそうに微笑んだ。
「…詩の匂いがするのかな」
「…っ」
今度は詩が真っ赤になる番だった。信継と詩は、それぞれ真白と銀に乗って、宇都山の先、の群生している山へ向かう。
「…詩!蠟梅の咲いている辺りは獣道で、崖も多く危険だ。
雪も積もっている。
そこからは1列で行こう。俺の後に続け」
「はい!」
並み足で並走しながら、2人は宇都山をさらに上って行く。
既に遠く離れた2人を見ながら、牙蔵が那須に言った。
「…沖田は」
「10人。
龍虎も動いています」
「あいつは救いようのない阿呆だな…。
他は」
「…近隣諸国の者が数名。
次期高島家当主を一目見ようとの
偵察目的のようで殺気はありません」
「…」
「実はその中に1人、正体が掴めない者がいます。
わずかな気配はあるのですが、姿を見ることには未だ成功していません。
どこの誰かは、まだわかっておりません」
「忍?」
「はい。”くノ一”です」
「…」
「これも殺気はなく、此度の噂を聞いての偵察かと思われますが」
「…わかった」
那須が掴めないーーそれは相当な手練れを意味していた。
くノ一
ーー…もしかしなくても…アレなのか…。
牙蔵は豆粒のように小さくなっていく信継と詩に目をやった。
「出る。
信継と女を守れ」
「…はっ」
それから2人は、阿吽の呼吸でそれぞれ音もなく散った。
「詩、大丈夫か」
「はい」
段々険しくなっていく上り坂。
1人ずつしか通れない細道に差し掛かりーー信継は何度か詩を振り返り、声を掛ける。
「あと半刻はこのまま進む。いいか」
「はい」
詩は楽しそうにニコニコしていた。
「…来ました」
「…来たな。
おお。やはり…あの娘だ…」
龍虎はニヤリと笑うと、山頂近くの高台から2人を見下ろす。
「育次…ヤツは来ているか?
叉羽という偽名を使っていたアレだ…
高島の忍の」
育次は目を伏せ、それから龍虎を見つめる。
「恐れながら…某にはわかりません」
龍虎はカッと目を開いて育次を睨んだ。
「育次…お前、嫌に庇うな…
高島に何かあるのか…」
育次は目を伏せて首を振る。
「何もございません。
某の能力が低いためです」
「ふん…!」
龍虎は面白くなさそうに育次をもう見なかった。
「2人を引き離せ!
高島信継は崖から落とせ…!
あの立派な馬は2頭とも沖田に頂こう。
もちろん、一番欲しいのは…あの女だ」
「はっ…」
「承知しました…!」
龍虎の息のかかった元浪人たちが、山頂から信継と詩へと駆けていく。
「…ははは…」
龍虎は勝利を確信し、天を仰いで高笑いをした。
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