「じゃあ、尾行されていたんだろう。昨日は夜だったが、今日は真っ昼間か。・・・・・・馬車の音を響かせて来るとは、こちらに気付かれても困らないと言う事か。何者だろう。一緒に来い。」

 とウルゴラーはタンニルとシンドルに言った。三人は館の扉から外に出た。

 館に続いている小道を三人が見ていると、森の林を抜けて一台の馬車がガラガラと車輪を響かせてやって来た。

 その馬車の御者はウルゴラー達に気付くと、馬車を止め、御者台から降りて馬車の戸を開いた。かなり背の高い御者であった。腰に大小二本の刀を刺し、額には鉢金、手脚には鉄製の腕貫、手甲脚絆、とまるで合戦に赴くような出で立ちだ。ウルゴラーは剣に手を掛けていた。

 御者は馬車から一人の女人を手を取って降ろした。ケバケバしい飾り帽子を被り、王宮貴婦人風のドレスを身に纏った女人は年増であったが、妖艶な美貌を持っていた。

「モ、モスカ。」

 その姿を一目見るなり、タンニルが驚きの声を挙げた。その風貌はタンニルが以前ボルマンスクのノーバーの仮住まいで見掛けたモスカ夫人そのものであった。

「無礼者、妾は身も知らぬ下郎風情に呼び捨てにされる者ではないぞ。」

 と女人はタンニルをきっと見据えて金切り声を出した。

「何者だ。」

 とウルゴラーは誰何した。剣に手を掛けているがまだ抜いてはいない。その目は女人よりも御者に向けて警戒の光を放っている。

「妾はモスキィーウインスキー。この国の国母じゃ。控えおろう、下郎共。」

 女人は権高な口調で決め付け、それから続けて言った。

「この男はハンベエと言う。エレナの下で軍の総司令官をしている。我等はナーザレフに用が有って参った。居るのであろう、ナーザレフは。呼んで参れ。」

 女人の言葉にタンニルはウルゴラーの方を向き、

「兎も角、ナーザレフ様に伺って来る。手出しは控えてくれ。」

 と言って急いで館に戻った。

 御者と女人はハンベエとイザベラであった。イザベラは今は亡きモスカに化けているのである。

 ウルゴラーはイザベラにも警戒の眼を緩めていないようだが、幸いにして何か感付いている雰囲気は無い。 館の中に戻ったタンニルは急ぎ足で地下室へと赴いた。地下室に降りたタンニルは異臭に思わず顔を顰めたが、すぐにナーザレフの姿を見つけ出して声を掛けた。

「ナーザレフ様、モスカ夫人が現れました。」

 些か間抜けな口調になっている。

「・・・・・・。」

 ナーザレフはタンニルを振り返ったが、タンニルの言った言葉の意味が理解できなかったものか、怪訝な顔をしている。

「あの、モスカ夫人が館の表にやって来て、ナーザレフ様に会わせろと。」

 訝しがるナーザレフの目付きに少しへどもどしながら、タンニルは繰り返した。

「モスカ夫人が。・・・・・・一人でか。」

 とナーザレフは首を捻りながらタンニルに問うた。

「そ、それが、屈強そうな若い男が一緒で、モスカの言う事にはその男は王女軍総司令官のハンベエだと。」

 どうやらタンニルはハンベエの姿形を知らなかったらしい。ハンベエと聞いてナーザレフの表情に動揺が走った。

(ハンベエとモスカ夫人が・・・・・・。待て待て、これまでの情報ではハンベエとモスカは裏で手を組んでいるという事であった。王女エレナはモスカにとって憎い仇敵のはず。その二人が二人だけで私を訪ねて来たとすると・・・・・・。別に私を殺そうと言うわけでは無さそうだ。モスカは最終的には王女を殺す腹づもりのはず・・・・・・とすると・・・・・・。)

 ナーザレフは少し考えて、俄に小狡い笑みを浮かべ、

「分かった。会おう。」

 と答えて、タンニルに歩み寄った。

 ソンレーロは二人の会話に別段の興味も示さず鍋を混ぜる作業に没頭している。ナーザレフと誰がやり取りしようと関心がないようだ。