ハンベエは陽気に声を張り上げて呼び掛けた。ボーンは剣を杖代わりに両手を乗せて西岸に立つハンベエとその背後にびっしりと並ぶ弓部隊の威容を見ていたが、「そいつは親切な申し出で涙が出るぜ。人数多いからって余裕こいてると、足下掬っちまうぜ。精々気を付けな。」と言い返した。「おい、あいつがボーンって奴か。」 ハンベエの側にヒューゴがやって来て尋ねた。「ああ、そうだ。」 ハンベエは何が楽しいのかニンマリ笑って答えた ヒューゴは腕組みをし、何度も首を捻りながら対岸のボーンを見ている。「別に似たところは無いように思うぜ。」とヒューゴはハンベエに言った。ロキやハンベエにお前によく似た奴だと言われたのが未だに引っかかっているらしい。「あっ、ボーンさんだあ。おおおい、ボーンさあああん。」ロキが聞きつけてこれ又ハンベエの傍までやって来ていた。対岸のボーンに大声で呼び掛ける。(げっ、ロキ。勘弁してくれ。やりにくいったらありゃあいねえ。 ボーンは昨日に勝る苦虫を噛み潰してスゴスゴと奥に引っ込んで行った。 ハンベエはロキを見詰めながら胸中複雑であった。ベッツギ川での水攻めによる大量虐殺はボーンにより未然に防がれたが、クロノ原ではロキによる落とし穴で太子軍の鉄甲騎兵連隊が全滅している。負傷兵として最終的に王女軍に収容された者もいたが、半数近くは鎧の重みによる骨折で致命の状態となり、そのまま絶命するか武士の情けを受けなければならなかった。今無邪気にボーンに呼び掛けているロキであるが、自分がクロノ原で為た事をどう感じているのだろう。(俺と関わったせいだ。)ハンベエは愁いを帯びた眼をロキに向けた。「あああ、ボーンさん、引っ込んじゃったよお。つれないなあ。」ハンベエの心痛も知らずにぼやいていた。「ハンベエ、どうかした? オイラの顔見て考え込んでるけどお。」勘の鋭い少年だ。ハンベエから何かを感じ取ってしまったようだ。「いや、この戦の幕引きをどうしようかなと。ロキの活躍もあって、クロノ原で敵を粉砕できた。後はボルマンスクまで一直線に追って行けば敵は散り散りになるはずだ。王女の身の安全が確保されたら、俺もお役御免だ。」「お役御免? ハンベエはゴロデリア王国の武人として過ごすんじゃないのお?」「それだと王女の家来になるって事だろ。ちょっとなあ。」言うと、ハンベエは空を見上げた。王女様を助けるのは当然だけどお。オイラの敵の事も忘れないでねえ。」「ナーザレフ一派の事か。」「そうだよお。アイツらだけはオイラは許さない。と言うか、子供を売り買いする奴はオイラの終生の敵だよお。ハンベエは当然オイラに味方してくれるよねえ。」 少年は決然と言った。揺るがぬ信念のようなものが有るようだ。「ああ、俺は何が有ってもロキの味方だ。」ハンベエは一生懸命頼もしそうな笑みを浮かべてロキに肯いた。 その夕方、ハンベエはイシキンを呼び出して頼み事をした。クロノ原の落とし穴作業でロキの補助をしていたイシキンは、王女軍の分割編成の際にロキの補助のままエレナの軍に編入されていたのであった。「では、ゲッソリナへ行ってそのスラープチンと言う坊主を総司令官の所へ連れて来れば良いのですか。」「そうだ。これも一つの戦だ。頼むぜ、イシキン。」「承知しました。」イシキンは一礼してゲッソリナに取って返した。「ハンベエ、スラープチンって、ゲッソリナで問答したお坊さんだろう。それを呼んでどうするつもりなのお。 二人のやり取りを横で聞いていたロキが尋ねた。「お前はあの坊主をどう見た?」「どうって・・・・・・。良く分からないや。」「ナーザレフと比べてどうだ?」「ええ? でもナーザレフの仲間なんだろお。あんまし、信用できないよお。」「そうか。しかし、あの坊主には問いを出して置いた。どういう答えを出したかによって使い道が決まる。」 答えるハンベエの横顔は、この若者には似合わない哲学的な風貌を帯びている。「使い道? あの坊さんに何か頼むの?」「頼むと言うか。押し付けると言うか。導いてやるというか。言い様は人によるな。」「何か、ハンベエらしく無いなあ。自分の欲の為に子供を取引するような連中は問答無用でやっつけてくれるのかと思っていた。」