ハンベエは老婆の耳元に口を持って行き、「まだこんな所にいるのか、王女の命をまだ狙っているのか。」と言った。「ふふ、王女様が心配かい?」老婆が笑った。その皺くちゃの顔の中に、僅かに目だけにイザベラの面影が読み取れた。油断の無い目でハンベエを窺ってている。だが、特にハンベエと争う様子は無いようだ。ハンベエは老婆の捜し物を手伝うようなふりをして足元を見回した。二人は中腰で足元を見回しながら、english playgroupけた。「あたしの呪いが効かなかったなんて、驚いたね。もうとっくにくたばってると思ってたのに。」「いやいや、悪夢にうなされて、危うくあの世に行くところだった。あれは何かの術だったのかな。」「あらあら、それじゃ術は効いてたんだ。生きてるとは奇妙だね。まあ、折角だから、さわりだけ教えてやるよ。人間は誰しも自分の心の中に自分自身を滅ばす死神を眠らせているのさ。あたしはその死神の目を覚まさせてやっただけ。・・・ふふ、あたしにも教えておくれ。どうやって死神から逃げ延びたのさ?」「斬り捨てた。」「・・・。」「話を元に戻すが、王女の命をまだ狙っているのか?」「王女には何の恨みもないけれど、生憎と、仕事だからね。ねえ、ハンベエ、いっその事、あんたが手を貸してくれたら簡単に片付くんだけど。・・・そしたら、あたしが腕によりをかけて、この世のものとも思えない快楽の世界に招待してあげるんだけどねえ。こう見えても、一度このあたしの相手をして、夢中にならなかった男はいないんだよ。」「・・・」ハンベエは無言でイザベラを見つめた。どこまで本気なのか、見定めようと。「・・・なんてね。王女の暗殺はとりあえず中止。ついさっき、依頼に嘘があった事がはっきりしたから。とりあえず、手を引くから、安心おし。」「では何故、こんな所をウロウロしている?」「それは、ハンベエ、あんたを見かけたからかな。あたし、あんたに惚れちまったかもよ。なんせ、このあたしをぶちのめした男なんて、あんたが初めてだからね。」ハンベエも相当人を食った性格だが、このイザベラはそのハンベエの上を行くらしい。一度はハンベエに叩きのめされて、その強さは身に染みて解っているはずなのに、半ばからかうような事を言って楽しんでいるようだ。ハンベエはそんなイザベラになんと言っていいか分からず、黙ってしまった。イザベラは地面から、何か拾い上げて、ハンベエに示した。それは少し錆びかけた一枚の銅貨であった。ようやく捜し物が見つかったという表情だ。イザベラは銅貨を見つけて、やれやれといった風情に体を伸ばした。ハンベエもそれに合わせて真っすぐに立ち上がった。 イザベラの化けた老婆は、小腰を屈めてハンベエに一礼すると、そのまま、ひょこひょこと立ち去って行った。途中、一度、振り返った。「あんたとの約束は、今度会う事があったら、果たしてやるよ。まあ、あんたがその気だったらの話だけど。」ハンベエにだけ聞こえるイザベラの独特の声だった。 老婆はもう一度お辞儀をすると、そのまま立ち去った。 既に、王宮兵、ラシャレー配下のサイレント・キッチン、そして又、ステルポイジャンの王宮警備隊などの面々が血眼になって捜し回っているというのに、その中をイザベラは平然と渡り歩いている。己の変装に絶対の自信があるのであろうが、大胆不敵としか言いようが無い。(大した女だ。)ハンベエは改めてイザベラという女に不思議な魅力を感じ、止めを刺さないで良かったと思った。自分が悪夢にうなされて死にかけた事もすっかり忘れて、王宮の残りの周りを見て回りながら歩いて行った。 王宮内では、ちょっとした異変が起きていた。かつて王女エレナの乳母であった婦人が気を失って倒れていたのである。発見したのは、エレナの身の回りの世話をしている女官であった。婦人は王宮内で個別に部屋を与えられ、現在は女官達を指揮監督する役目を与えられていたが、自分の部屋の隅の方で気を失って倒れているのを、婦人に用事があって部屋を訪れた女官が発見したのだった。