2024年08月

まさにその通りであろうと、報春院は頷く。 「されど、お方様は身重にございます。今、姑である大方様からそのように厳しき叱責を受ければ、 お方様のお心は憂い乱れ、お腹の中の吾子様のご胎教にも影響を及ぼすやも知れませぬ」 「……」 「お濃の方様にとっても、ようやく授かったお命にございます。どうかここはお耐えになられ、冷静にご対処下さいますよう、お願い申し上げます」 千代山は濃姫の心情を慮り、強く報春院に懇願した。 その姿が、織田家老女としての威勢に欠ける、情けなきもののように映ったのか 「千代山、そなた何を甘いことを…!」 報春院は一瞬 眉間に青筋を立てかけたが、やがて、握り締めた拳(こぶし)を開くように 「……いや…、良い」 と、千代山から顔を逸らしつつ、俄にその表情を緩(ゆる)めた。 己の考えに反して、不思議と心が落ち着いてゆくのである。 それもこれも、自分自身が信長を始めとする御子たちの母であるが故かも知れない。 初めて子を身籠った時の喜びと緊張。 僅かながらの不安。 https://technewstop.org/botox-aftercare-essential-tips-for-optimal-results/  貴人の世ならば、男児を産まなければならぬというプレッシャーもあり、その心労は人一倍である。 報春院はそれらを全て理解しているだけに、濃姫の立場を考えると、安易に千代山の進言を退けることが出来なかった。 不満そうに眉をしかめながらも、唇の間から小さな吐息を漏らすと 「───言うべきことを二、三申し上げるだけじゃ。そなたが案ずるような真似は致さぬ」 「…大方様」 「さ、参りますぞ。 先にこの件を片付けておかねば、織田勢の戦勝を祝う気にもなれませぬ故」 報春院はサッと着物の裾を翻すと、安堵の笑みを浮かべる千代山を伴って、再び濃姫の御座所に向かって歩き始めた。 すると程なく 「──おどき下され!おどき下され!」 「──水はまだか!?すぐに汲んで参れッ」 「──お方様のお召し替えを早ようこれへ!」 姫の御座所近くにやって来た二人の耳に、女たちの物々しい声が聞こえて来た。 「 ? 、どうしたというのじゃ、この騒々しさは」 「…分かりませぬ。何事でございましょう?」 報春院と千代山が更に歩を進めると、やがて濃姫の寝室の前を荒々しく右往左往する侍女たちの姿が見えてきた。 その穏やかならざるその光景に、思わず二人も茫然となって視線を向けていると 「こ、これは、大方様っ!」 侍女たちに指示を与えていた三保野が、廊下の先で立ち竦む報春院らに気付いて、慌てて駆け寄って来た。 慇懃に一礼を垂れる三保野に 「三保野殿、これはいったい何の騒ぎなのです?」 千代山はすかさず伺いを立てる。 「……あの…、畏れながら…少々…立て込み事がございまして…」 言いにくいことなのか、三保野は随分と歯切れが悪い。 「立て込み事とは何じゃ?」 「…それは…」 報春院が訊くも、三保野は躊躇いがちに目を泳がせるだけで、その先を答えようとしない。 「黙っておっては分からぬではないか。いったい何があったのじゃ?」 「……」 「三保野殿、大方様の御意にございまするぞ。お答えあれ」 千代山が静かに促すと、三保野はわなわなと身体を震わせながら 「…お…お許し下さりませ…!!」 と、頽(くずお)れるように、報春院の足元にひれ伏した。 突然のことに報春院も千代山も一驚し、半ば唖然となって、小刻みに震える三保野の黒頭を見つめていた───。

激しい白兵戦を繰り広げるも、砦の守備に当たっていた大将・佐久間盛重はあえなく討死した。 同じく前線の鷲津砦も、籠城戦の末、朝比奈泰朝ら今川軍の猛攻を受けて、 織田秀敏、更にはその甥・飯尾定宗などが共に討死し、両砦は陥落したのである。 「信長公記」によれば、信長が熱田神宮に到着した同刻に、神宮の前から東を見ると、 既に陥落した後だったのか、両砦から煙が上がっているのが見えたという。 その後 熱田を後にした信長は、馬上から兵たちに 「これより、佐久間信盛が居陣致せし善照寺砦へ出向く!」 「「ははっ」」 「されどその前に丹下砦へ立ち寄る故、左様心得ておけ」 「殿、…何故 丹下砦へ?」 「今川との大戦に挑もうという時に、こちらは未だ敵方の動向すら僅かにしか存ぜぬ。一先ず今川の情報を仕入れたい。 また丸根・鷲津の両砦の損害、これより参る善照寺砦に集まりし兵の数は如何程になるか…事前に確認したき旨が山程ある」 信長は双眼を糸のように細くして、道の彼方を見つめると 「このまま海岸沿いを駆けてゆけば、あまり時をかけずして丹下へ参れようが、 潮が差し満ちていては馬の足では不便じゃ…。https://ventsmagazine.com/2024/07/26/botox-price-guide-how-much-should-you-pay/ 致し方ない、上手の道から参るぞっ」 素早く手綱を捌き、上手側の道を全速力で駆けて行った。 道を飛ばしに飛ばし、宣言通りまず丹下砦に立ち寄ると 「──丸根、鷲津両砦、敵勢の猛攻を前にあえなく陥落…」 「──今川義元率いる敵勢の本隊は、大高城周辺の制圧が完了したとの報を受けるや否や、沓掛城を出陣なされたとのこと!」 「──密偵の知らせによれば、軍は大高城の方角へ向かって、西へ西へと進んでいる由にございます」 「──お味方による今川方への寝返りや謀反の様子はこれなく、善照寺砦の方へは少なくも二千の兵は集まるかと」 その時点で分かる情報を大雑把に耳に入れると、またすぐに馬に飛び乗り、信長は善照寺砦を目指して駆けて行った。 時折 西から流れて来る、厚い黒雲を気をかけつつ── 一方、清洲城・奥御殿の濃姫は、御座所の御居間にて、老女・千代山と膝を突き合わせていた。 部屋の端には三保野とお菜津も控え、千代山が姫に報事(しらせごと)をしているのを、じっと見守っている。 「…ならば、織田前線の砦はいずれも今川の手に落ちたというのですね?」 「まことに残念なことながら。 ──今川方の先陣を務める、松平元康なる者が率いる軍勢の猛攻に耐え切れなかった由にございます」 「松平元康?」 「元は三河の岡崎城主・松平広忠殿のご嫡男にて、故あって今は今川氏の人質のお身の上にございますが、 その昔、この尾張へも身柄が送られたことがあり、一時 織田家の人質であったことがあると聞き及びまする」

「この先、何があろうとも、私を勘八君のお側に居させて下さいませ」

 

興味深げに聞いていた信長の口元が、思わずだらしなく開く。

 

……そんなことで良いのか?」

 

「はい。それを叶えて頂けたならば、私にとってこの上なき喜びに存じます」

 

信長の口から、溜め息混じりの小さな笑い声が漏れた。

 

「半永久的になどと申す故、どのような大それた望みを言うのかと思えば、そのようなこと

 

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坂氏は軽く声を張ると、信長に遺憾そうな眼差しを向けた。

 

「母にとって何より辛きことは、腹を痛めて産んだ我が子と離ればなれになることにございます。

 

勘八君は、殿という貴人の御子として産まれた以上、いずれは織田家の為、戦や政(まつりごと)の為に、駒として使われる日が参りましょう。

 

さすれば、母と子がいつまでも共に、という訳にもいきますまい。だからこそ、あえてかようにお願いしているのでございます」

 

──

 

「過保護と思われるやも知れませぬが、私にとって勘八君は何にも代え難き宝。

せめて側におわし、その成長を見守り続けたいのでございます」

 

………左様か」

 

坂氏の母としての思いを聞き、信長はふと、虚ろな表情になった。

 

 

実母からの愛を知らずに育った信長にとって、子を思う坂氏の言葉は、正直 耳が痛かった。

 

それを羨ましく思う気持ちと、妬ましく思う気持ち。

 

双方が交差して、何ともやり切れない思いが心の奥底で汚泥のように広がっていた。

 

しかし己がその愛情を受けられなかった分、せめて我が子には──という父としての思いもあり、その心情は実に複雑であった。

 

 

「殿、如何なされました? やはり、ご無理な願いを申しましたでしょうか?」

 

……

 

「お許し下さいませ。やはり私ごときが殿にねだり事など、身に過ぎた振る舞いにございました」

 

坂氏が平身抵頭すると、信長もようやく我に返って

 

いや、良いのだ…… 相分かった。そなたの思うように致せ」

 

と静かに言葉を返した。

 

坂氏も「えっ」となって鎌首をもたげる。

 

「よろしいのですか?」

 

「ああ。儂は勘八に、どこまで父親らしいことをしてやれるか分からぬからな。

 

そなたが儂の分まで、この子に愛情を注いでやってくれ。寂しい思いをさせぬように」

 

信長は慈愛のこもった眼差しを勘八に注ぎながら、目の前のその小さな頭を愛しげに撫でた。

坂氏は感動に胸を震わせながら「有り難うございます──」と慇懃に礼を述べると、

 

その顔に晴れやかな笑みを湛えながら、下げたばかりの頭を今一度深々と垂れた。

 

 

この後 勘八は、その名を『三七郎』と改め、故あって伊勢の神戸下総守具盛(とももり)の養子に入ることになるのだが、

 

この折の約束通り、坂氏もそれに随行することが許可され、その後の城移りに際しても必ず付き従って、

 

我が子の成長を誰よりも近くで見守り続けてゆくことになるのである。

 

 

──殿!殿はおわしまするかっ!」

 

「 ? 」

 

ふいに何処からか自分を呼ぶ声が聞こえ、信長はそれに素早く反応すると

 

「勘八を頼む」

 

坂氏の腕に子を預け、早々と縁側から離れると、

 

声の主がやって来るのを待ち構えるように、庭の中央に立ち竦んだ。

 

やがて、切羽詰まったような表情の丹羽長秀が荒々しく駆けて来て

 

ああ、殿!こちらにお出ででしたか!」

 

言うが早いか、速やかに信長の足元に控えた。

 

「何じゃ、長秀であったか。如何致した?かような所まで」

 

「お畏れながら申し上げます!殿におかれましては、早急に清洲の城へお戻り下さいますようにとの、ご重臣の方々からのお達しにございます!」

 

何と。いったい何事じゃ?」

 

「そ、それが───

二人にはない素朴さと、母性的な暖かさが魅力の女性である。

 

 

信長は、きゃっきゃっとはしゃぐ勘八を抱えながら縁側に戻ると

 

して、そなたはいつまでこの屋敷にいるつもりなのだ?」

 

縁に腰をかけつつ、坂氏に訊ねた。

 

「いつまでとは?」

 

「この屋敷を産所として勘八を産んでからもう三年になろう。如何に良勝がそちの叔父とは申せ、長居のし過ぎじゃ。

そろそろ生家の方へ居を移した方が良いのではないか?」

 

信長の勧めに坂氏は微笑みながら一礼を垂れると

 

「お気遣い、有り難う存じます。 ──なれど私はこちらでの暮らしが気に入っております故、暫くは離れるつもりはございませぬ。

 

叔父上も勘八君の誕生を喜んで下さり、いつまでも居てくれて構わぬと、左様に申しておりますので」

 

その心配は無用であると、きっぱり断った。

 

「しかしのう

 

「生家はここよりも手狭で、何より古うございます故、とてもではありませぬが殿の大切な勘八君をお育てするような場所ではございませぬ。

 

それにここにおわせば、野駆けの折などに時々 殿が訪ねて下さいましょう? 私も勘八君もそれが嬉しく、なかなかに離れ難いのです」

 

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信長は口の端を緩やかにつり上げると

 

「相分かった。ならば無理に生家に戻れとは言わぬが、もしも必要とあらば、

 

そなたと勘八の為に、この近くに屋敷を普請してやっても構わぬぞ。

 

何なら、いっそのこと清洲城の奥へ参るか? さすれば勘八ともそなたとも毎日会えるではないか」

 

信長の発案に、坂氏は慌ててかぶりを振ると

 

「め、滅相もないことにございます」

 

と鄭重に辞退した。

「坂家は豪族というても、我が父は一族の中では立場も低く、日々の生活も倹(つま)しいものにございました。

 

そんな身分低き私に、殿は情けをかけて下さり、同時に勘八君という宝をも与えて下さりました。

 

私には、もうそれだけで十分……。清洲の奥向きに居を移すなど、あまりにも恐れ多いことにございます」

 

「左様な遠慮など不要じゃ」

 

「いえ。これは遠慮ではなく、けじめにございまする。──それに、私のような賎しい者が奥に参れば、ご正室であられるお濃の方様のお目障りになるかと」

 

坂氏の言葉を聞いた途端、信長は軽く吹き出すような、思い出し笑いをした。

 

「そなた、吉乃と同じことを申すのう」

 

「きつの……、生駒殿のことにございますか?」

 

「ああ。 頼むからそちは、お濃に城へ招かれて登城致したり、二人で怪しげな文のやり取りなど致すでないぞ。

 

妻たちが人知れず親密になってゆく様を見るのは、男からすれば、気が気でないと申すか、決して気分の良いものではないからのう」

 

「失礼ながら、殿。それはいったい何のお話しにございましょう?」

 

坂氏が思わず眉をひそめると

 

──いいや、何でもない。ただの愚痴じゃ、気に致すな」

 

信長は微笑(わら)ってかぶりを振った。

 

「では、代わりに何か、そなたの望みを一つ叶えてやることに致そう」

 

望みでございますか?」

 

「久方ぶりに参ったのじゃ、思うところを申してみよ。遠慮がちなそなたにも、小さな望みの一つや二つあろう?」

 

「いえ、これといった望みは──…

 

坂氏は一瞬、その気遣いすらも辞退しようとしたが

 

……なれど、甘えたことを申してもよろしいのならば、半永久的に叶えて頂きたい願いがございます」

 

その場に手をつかえ、ひた向きな面差しを信長に向けた。

 

「半永久的にか。なかなかに興をそそる申し出じゃ。 言うてみよ、どのような願いじゃ?」

 

信長が発言を許すと、彼の膝の上にいる我が子を見つめながら、坂氏は嫣然(えんぜん)と微笑んだ。


「………それもそうじゃな」 「それに第一にお知らせせねばならぬのは、類様ではなく、殿にございましょう? 姫様との間の御子を何よりも望んでおられたのは、誰あろう殿なのでございますから」 濃姫は三保野の顔を一瞥し、黙したまま頷いた。 三保野は “ほんに仕様のない” といった感じに首を振ると 「では一先ず、医師の診察を受け、その上で殿にご報告することに致しましょう。殿は確証ない報は好まれぬお人故」 その顔に再び笑みを作りながら、穏やかな口調で進言した。 姫も一旦気持ちを落ち着けるように大きく息を吐(つ)くと、ややあってから 「相わかった。 ──事態が事態じゃ故、今日のところは、そなたの言う通りに従うことに致そう」 妥協するように言った。 「今日だけでなく、いつもお従い下されると良いのですが」 「それは出来ぬ。何もかもそなたの言う通りにしていたら、そなたのように詰まらぬおなごになってしまいそうで恐ろしい」 冗談っぽく笑う姫を前に、三保野は思わず面くらったような顔をする。 「つ、詰まらぬとは何でございますか、詰まらぬとは! 私とてこれでも──」 三保野が必死になって反論していると 「失礼致します。白湯をお持ち致しました」 湯呑みの乗った盆を手にしたお菜津が、そろりと室内に入って来た。香港打Botox邊間好?我適合Botox去皺瘦面嗎?一文了解Botox價錢、功效及風險 「ご苦労」と濃姫が労いの声をかけると、お菜津は床の上の主人を見て目を丸くする。 「まぁ!お方様、起きていらしても大丈夫なのですか?」 「ええ、何とか。 …と言うよりも、あまりにも大きな事態に直面した故か、込み上げてきていた物も、すっかり下に降りてしまったようでのう」 「大きな事態、と申されますと?」 お菜津は伺いつつ、姫の傍らに座して、そっと畳の上に湯呑みを置いた。 「まだしかとは分かっていないのです……、それを知る為には一先ず医師の見立て仰がねばならぬでのう」 「医師?」 「悪いがお菜津殿。後で表へ参り、姫様の元へ医師を寄越してもらえるように手配してくれぬか? 一大事故、周りに知られぬよう密かにな」 三保野が命じると、お菜津は思わず懸念顔になって 「まさか……お方様は、命に関わるような、何か重い病を患ろうておいでなのですか!?」 と、身を乗り出すようにして伺った。 濃姫は思わず三保野と目を見合せ、クスクスッと小さな笑い声を立てた。 「安堵致せ、少なくとも私は死病は患ろうている訳ではありませぬ」 「でしたらいったい…」 「お菜津殿。姫様と我々が待ちに待った、ご慶事じゃ」 「ご慶事?」 お菜津は暫し当惑していたが、ややあってからハッと息を呑むように目を見開いて、濃姫の腹部を見据えた。 ようやくお菜津の顔にも、二人と同じ歓喜の笑みが浮かんだのであった。 「───おうおう、良い子じゃのう勘八は。暫く見ぬ内に、また一段と重とうなったのではないか?」 「そうやも知れませぬ。食が太き御子にございます故」 「それは何よりじゃ。儂の血筋をあまねく残す為には、子らは皆 健勝でなければ困るからのう」 その頃 信長は、数名の近習と共に熱田にある岡本良勝の屋敷に参上して、 まだ幼い三男・勘八を、白い菖蒲の花が咲き誇る庭先に出て、愛しげに抱きあやしていた。 穏やかな陽射しが降り注ぐ屋敷の縁側には、勘八の生母である坂氏が座して、 父と子の戯れを朗らかな面持ちで守っていた。 北伊勢の豪族・坂氏の息女である彼女は、濃姫や類に比べると容貌の麗しさは劣るものの、

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