「何もそこまで致さずとも…」
「いいえ。この最初のご対面で姫様の印象が決まるのです。
出来るだけ豪華に、艶やかに見えるように致しませんと」
「豪華に装い過ぎては、逆に顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまうのではないか?」
「左様なことお気になされますな。冴えない衣装で、斎藤家の格と威厳を貶めるよりはずっと良うございます」
「三保野ったら…」themansky.pixnet.net
「こんな事なら、初めから豪奢で派手な衣装を選んでおけば良うございましたな。
城に着いたらすぐに御座所へ案内されると思うていました故、お召し替えの時間があると油断しておりました。
嗚呼っ。先程のご家老殿が戻って来る前に、打掛を持って来てくれると良いのですけど」
心配そうな顔で室内を右往左往しながら、三保野はひたすら侍女たちの帰りを待っていた。
幸いにも、勝介らがやって来る前に侍女たちが戻ってくれた為、帰蝶は何事もなく着替えを済ませる事が出来たのだが…
「──少々、遅過ぎはせぬか?」
「ほんに。内藤殿が出て行ってから随分と経ちますのに、一向に戻って来られませぬな」
姫の纏う打掛が、緋地に金銀の蝶が交互に舞う絢爛な物に変わってから半刻(1時間)。
帰蝶は未だに三保野たちと待機部屋で待たされていた。
これから目通りの儀があるというのに、勝介はおろか、織田の家臣たちの誰も帰蝶を呼びに来ない。
時折 バタバタと足音が響いているのだが、こちらに来る様子はまるでなかった。
「のう三保野…。もしや私、織田家の方々に歓迎されていないのであろうか?」
「ま、何を仰います」
「美濃から来た間者と思い、敵視されているのではないか?」
三保野は「そんな馬鹿な」と首を横に振った。
「此度の婚姻は、美濃と尾張の同盟の証なのですよ。それも織田家の方からたってと頼まれての婚姻ではございませぬか」
「それはそうじゃが…」
「歓迎されていないなど有り得ませぬ。姫様を邪険に扱うような真似は、この三保野が許しませぬっ」
眉間に一本筋を作りながら述べていると
「──長らくお待たせ申した!」
噂をすれば影とばかりに、勝介が部屋の前にやって来た。
「いったい何をなされていたのです!? 姫様をこんなにもお待たせ致すとは!」
三保野が腹立たしげに叫ぶと、勝介はおたおたした様子で一礼の姿勢を取った。
「も、申し訳ございませぬ!少々、込み入った事情がございまして」
「事情とは何なのです!?」
「いえ…あの、それが…」
三保野の追求に、勝介は思わず口ごもると
「ともかく、急ぎ謁見の間へ越し下さいませ。大殿や御前様が、首を長ごうしてお待ちにございます故」
話をはぐらかすように、帰蝶を早々と謁見の間へと誘(いざな)った。
表御殿の謁見の間では、畳敷きの広い上段に信秀と土田御前。
総床板の下段の最前に信勝。その後方に政秀や秀貞ら重臣たちが控えて、姫君の訪れを待ち構えていた。
「──姫君様、お着きにございます!」
やがて小姓の声が座に響き渡ると
「ささ、こちらでございます」
勝介に導かれながら、きらびやかな装いの帰蝶が悠然と中に入って来た。
衣装ばかりでなく、容貌も美しい帰蝶をひと目見るなり
「これはまた…。何とも結構な賜り物じゃ」
と、信秀は感じ入ったように呟いた。