2024年06月

「何もそこまで致さずとも

 

「いいえ。この最初のご対面で姫様の印象が決まるのです。

出来るだけ豪華に、艶やかに見えるように致しませんと」

 

「豪華に装い過ぎては、逆に顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまうのではないか?」

 

「左様なことお気になされますな。冴えない衣装で、斎藤家の格と威厳を貶めるよりはずっと良うございます」

 

「三保野ったらthemansky.pixnet.net

 

「こんな事なら、初めから豪奢で派手な衣装を選んでおけば良うございましたな。

 

城に着いたらすぐに御座所へ案内されると思うていました故、お召し替えの時間があると油断しておりました。

 

嗚呼っ。先程のご家老殿が戻って来る前に、打掛を持って来てくれると良いのですけど」

 

心配そうな顔で室内を右往左往しながら、三保野はひたすら侍女たちの帰りを待っていた。

 

幸いにも、勝介らがやって来る前に侍女たちが戻ってくれた為、帰蝶は何事もなく着替えを済ませる事が出来たのだが

 

 

──少々、遅過ぎはせぬか?」

 

「ほんに。内藤殿が出て行ってから随分と経ちますのに、一向に戻って来られませぬな」

 

 

姫の纏う打掛が、緋地に金銀の蝶が交互に舞う絢爛な物に変わってから半刻(1時間)

 

帰蝶は未だに三保野たちと待機部屋で待たされていた。

 

これから目通りの儀があるというのに、勝介はおろか、織田の家臣たちの誰も帰蝶を呼びに来ない。

 

時折 バタバタと足音が響いているのだが、こちらに来る様子はまるでなかった。

 

 

「のう三保野。もしや私、織田家の方々に歓迎されていないのであろうか?」

 

「ま、何を仰います」

 

「美濃から来た間者と思い、敵視されているのではないか?」

 

三保野は「そんな馬鹿な」と首を横に振った。

「此度の婚姻は、美濃と尾張の同盟の証なのですよ。それも織田家の方からたってと頼まれての婚姻ではございませぬか」

 

「それはそうじゃが

 

「歓迎されていないなど有り得ませぬ。姫様を邪険に扱うような真似は、この三保野が許しませぬっ」

 

眉間に一本筋を作りながら述べていると

 

──長らくお待たせ申した!」

 

噂をすれば影とばかりに、勝介が部屋の前にやって来た。

 

「いったい何をなされていたのです!? 姫様をこんなにもお待たせ致すとは!」

 

三保野が腹立たしげに叫ぶと、勝介はおたおたした様子で一礼の姿勢を取った。

 

「も、申し訳ございませぬ!少々、込み入った事情がございまして」

 

「事情とは何なのです!?」

 

「いえあの、それが

三保野の追求に、勝介は思わず口ごもると

 

「ともかく、急ぎ謁見の間へ越し下さいませ。大殿や御前様が、首を長ごうしてお待ちにございます故」

 

話をはぐらかすように、帰蝶を早々と謁見の間へと誘(いざな)った。

 

 

 

 

 

表御殿の謁見の間では、畳敷きの広い上段に信秀と土田御前。

 

総床板の下段の最前に信勝。その後方に政秀や秀貞ら重臣たちが控えて、姫君の訪れを待ち構えていた。

 

 

──姫君様、お着きにございます!」

 

やがて小姓の声が座に響き渡ると

 

「ささ、こちらでございます」

 

勝介に導かれながら、きらびやかな装いの帰蝶が悠然と中に入って来た。

 

衣装ばかりでなく、容貌も美しい帰蝶をひと目見るなり

 

「これはまた。何とも結構な賜り物じゃ」

 

と、信秀は感じ入ったように呟いた。

「信長殿を思う平手殿のお気持ち、よう分かりました。私も那古屋城主の奥方として、出来る限り相務めましょう」

 

 

帰蝶の真摯な言葉に、政秀の老眼が輝いた。

 

「では!」

 

「なれど、信長殿の味方になるか否かは、私自身の目で見て決めまする」

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まるで差し出された救いの手を急に引っ込められたような戸惑い顔で、政秀は微笑む帰蝶を見つめた。

 

「敵ばかりの信長殿の味方になるという事は即ち、私もその者共の敵になるという事です。

 

そのような危険を冒してまで、守るに値する夫かどうか……私自身の目で見極めとう存じまする」

 

「姫様──

 

「それでよろしゅうございますね。平手殿」

信長が帰蝶の眼鏡に叶わなかった時のことを案じてか、暫し政秀も言葉を返しあぐねていた。

 

しかし聡明と評判の姫のこと。

 

もしかしたら、信長の優れた資質に気付いてくれるかもしれない。

 

背に腹は代えられないといった気合で、この日何度下げたか知れぬ頭を、今ひと度 深々と下げた。

 

 

「承知致しました──全て姫様の御意のままに」

 

そして翌日の朝五つ半。

 

帰蝶を乗せた輿は予定通りの刻限に正徳寺を発ち、そのまま那古屋城を目指してひたすら進んでいった。

 

少々気温は低かったが、天気はとても良く、風も穏やかで、入輿するのには相応しい日和だった。

 

 

遠くに織田信友のおわす清洲城が見える細道を通り、人々が行き交う広い沿道を進み、武家屋敷が周囲に建ち並ぶ曲がりくねった道を抜けると、

 

見張り台付きの立派な城門が、輿入れ行列のちょうど真っ正面に見えてきた。

 

 

「姫様、見えて参りましたよ。那古屋のお城にございます」

 

三保野が輿の外から告げると、帰蝶は物見を開けて顔を半分だけ出してみた。

 

城門の両脇には十数名の織田家臣らが控えており、行列の先頭を行く政秀が

 

「開門ーッ!」

 

と叫ぶなり、彼らは両開きの重厚な門の扉を早々と開きにかかった。

 

 

ギィィィィ

 

 

金属と古い木のしなる音を響かせながら、扉は二つに別れてゆく。

その間を、帰蝶を乗せた輿がしずしずと通って行った。

 

城門を入ると、御殿まで続く長い敷石が現れ、その両端に薄紅色の蕾をつけた石楠花(しゃくなげ)が敷石に沿うように植えられている。

 

その植え込みの間からは、ほぼ満開の紅梅(こうばい)の木が天に向かって賑々しく伸び、見事な枝を張っていた。

 

山頂に築かれた稲葉山城とは違い、城下町を見渡せるような絶景はなかったが、

 

御殿は広壮な構えであり、庭も思っていた以上に樹木や花々が多く、自然に溢れていた。

 

 

やがて帰蝶の輿は城の表玄関の前で降ろされると

 

「姫君様──。はるばる美濃より、よくぞおいで下さいました」

 

織田家老・内藤勝介が数名の家臣たちと共に出迎えに現れた。

 

帰蝶は三保野に手伝われながら、静かに輿から出ると「お役目、大儀に存じまする」と小さく勝介に会釈した。

道三はあえて何も答えず、次の言葉を待った。

 

 

「父上様。父上様は猫なのでございますね」

 

「猫? 美濃のと呼ばれる儂が、猫とな」

 

「はい。──実は先ほど、父上様が可愛がっていらっしゃる茶々丸が、私の部屋の庭にいたメジロを、えて逃げて行ってしまったのです」

 

「何、茶々丸がメジロを?」植髮香港

 

「そのメジロは片方の羽に傷を負っていたせいで、満足に飛ぶ事が出来ず、哀れにも茶々丸のめが。日々贅沢な餌を与えてやっていると申すに、何ともけしからん」

 

道三はそうに呟きながらも、その言葉はどこか冗談めかしていた。

「それを見て、私は思ったのです。茶々丸は父上様、弱ったメジロは信長殿──いえ、尾張そのものではないかと」

 

まるでめるような強い眼光を、帰蝶はな父の顔に向けた。

 

「大うつけが織田の家督を継げば、尾張の力は格段にえましょう。その時こそが、父上様のい目」

 

……

 

「隙を見て隣国へ攻め込み、うつけから尾張一円を奪い取る。私はそのための人質、いえ、なのではありませぬか?」

 

 

帰蝶はに、だが確信めいた口調でねた。

 

愛娘の射抜くような視線を受け、道三はその目元にすっと笑いを寄せる。

 

 

「うつけの息子を持つのも厄介じゃが、聡明過ぎる娘を持つのもまた厄介よのう」

 

父上様」

 

「で、もしもそうであったとしたら、そなたはどうする? 織田へのむのか?」

 

帰蝶は瞬時に首を左右に振った。

「まさか。それが私のお役目であるのならば、私は喜んで尾張攻略のの布石となりまする」

 

その強気な発言にさすがは我が娘と道三は満足そうにむ。

 

「それに、輿入れは私の夢でございますから」

 

「夢?」

 

「誰かの妻となり、その人のを生む──それが幼き頃よりの私の夢でございます」

 

「ほぉ。左様なけを言えるほど、姫は余裕と見ゆる」

 

「いいえ、戯けではなく本心でございます」

 

「もない。死をも覚悟の輿入れに、何故 左様な夢を抱ける?」

 

すると帰蝶は不思議そうに小首をげた。

 

「死 私は死にませんよ」

 

「何」

 

「例え美濃と尾張が先々で事をえたとしても、私の身は、必ずや父上様がお守り下さるでしょうから」

 

……

「命の心配のない輿入れならば、これほど良い事はありませぬ。

 

これで私も、何のいもなく満願を果たせるというものです」

 

帰蝶は着物の袖で口元を隠しながら、ふふっと愛らしく笑った。

 

さを見せたかと思えば、急に少女のような無邪気さをかせる。

 

道三は己の娘ながら、未だに帰蝶の真の気質を見極められずにいた。

 

 

 

 

 

帰蝶と信長の縁組が決するやや、稲葉山城の奥向きはに慌ただしくなった。

 

来客が多くなったせいもあるが、特に帰蝶の嫁入り支度に忙しく、三保野などはから表へと日に何度も往復していた。

 

御貝桶、、屏風箱、長持ち、行器など主要の婚礼道具は、

 

既に道三の指示によって城下の職人に発注済みであったが、衣装や装飾類などの手配は小見の方の手に預けられていた。

 

娘のに何かしてやりたいという彼女のたっての希望によるものだったが、

 

小見の方は着物の生地や色柄、装飾品のなどに細々と注文をつけた為、

 

これが思った以上に時間を要し、衣装道具全てが揃った頃には、とっくに年が明けていた。

んだ。

息を弾ませながら、こう言った。

 

……斎藤英太郎くんだな。警視庁だ。治安警察法違反で逮捕する」

 

ひゐろは斎藤に気がつかず、日本橋から運河に浮かぶ舟をじっと見つめていた。

 

―――――

 

*この続きは、『大正オートガール2』をご覧ください。した女~」は、織田信長の正室・を描いた歴史小説です。顯赫植髮

 

主に濃姫の立場や行動、奥御殿での話が中心に描かれる為、戦国武将達の歴史が知りたくて読まれると少々残念な作品になってしまうかもしれません() めご了承下さい。

 

史実や逸話を参考に執筆しますが、創作や脚色などを多く含みます(必ずしも歴史通りのストーリー展開ばかりではない)ので、あくまでもフィクションとしてお読み下さい。

 

戦国モノへの挑戦が今回初となりますので、お見苦しい部分も多いとは思いますが、最後までお読みいただければ幸いですm(_ _)m

 

 

( 只今、前半部のルビ(ふり仮名)を少しずつ修正中です)

 

……本作の主人公。織田信長の正室で、美濃の斎藤道三の娘。初め「

 

……尾張の武将・織田信秀の嫡男であり、濃姫の夫。その奇行から尾張の大うつけ(馬鹿者) ”

 

……名は「利政」とも。美濃国・稲葉山城主。濃姫の父。 美濃の の異名を持つ。

 

 

 

……道三の正室。明智光継の娘で、濃姫の母。

 

 

 

……信長の父。尾張三奉行の一人で、尾張の実質的な支配者。 尾張の虎の異名を持つ。

 

 

 

……名は「」とも。信長の実弟。

 

 

 

……織田家の重臣で、信長の。信長の数少ない理解者。

 

 

 

……土田政久の娘で、信秀の正室。信長、信勝らの実母。

 

 

 

……濃姫の侍女。国 稲葉山城主・が、正室・に娘の運命を告げたのは、天文十七年( 1548 )の上旬。

 

澄み切った晴天の空にの舞い散る、寒々とした午後のことだった。

 

 

「れ──。今、の輿入れと申されましたか?」

 

稲葉山城の一室。

 

白いそうにめる小見の方を前に、道三は静かに首肯した。

 

「て、織田家の家老・平手政秀より、内々に縁組の申し入れがあってのう」

 

「織田

 

その二文字を聞いた瞬間、小見の方のはあの信長殿に、帰蝶を差し出すおつもりでございますか !?

 

「いかにも。あの信長にだ」

 

ややれた太い声で、道三は重々しく、だがさらりと答えた。

織田家の信長といえば、隣国のめる武将・織田信秀のである。

 

僅か二歳にして城の主となった彼は、ちょうど一昨年前、

 

古渡城にて元服の儀を受けたばかりの、数え十五の若人であった。

 

 

かたや、帰蝶と呼ばれる道三夫妻の愛娘は、天文四年(1535)生まれの十四歳。

……確かに愛していないものを、求めることはないね」

斎藤は笑った。の古布でつくった手提げから、小銭入れを取り出した。

「切符を買ってきますね」

 

ひゐろが駅員に小銭を払い、市電の切符を買っている最中のこと。

側にいた斎藤がおもむろに振り返り、ひゐろに言った。

 

「悪いが、先に日本橋へ行ってくれ。橋のたもとで待ち合わせをしよう」

 

……えっ?どうして?」

 

「とりあえず、何も聞かないでおくれ、すぐに、あの市電に乗って欲しい」

斎藤はひゐろの手を引いて、送り出した。

 

ひゐろは斎藤の言動の意味が理解できなかったものの、とりあえず市電に乗って日本橋に向かうことにした。

 

吾妻橋を走ると、市電の窓ガラスが白く曇った。gaapiacct.pixnet.net

それでも、隅田川が夕陽で赤く染まっているのはわかった。

今日も一日が暮れていくんだなと、ひゐろは思った。

 

日本橋に着くと、日本橋にはたくさんの人が露店を開く準備にかかっていた。

開店はしていないものの、ほうとうのだし汁や焼きイカの匂いが漂ってくる。

すでに古書や骨董品の露店は、販売をしているようであった。

 

絵葉書の露店もいくつか並んでいたが、いずれも書生のようだった。

そこには俳優の絵葉書を買う女学生の姿も、見受けられた。

 

ひゐろは賑わいはじめた日本橋のたもとで、斎藤を待つことにした。ところが三十分を過ぎても、斎藤は一向にやってこなかった。

 

一方斎藤は、本所吾妻橋駅からインバネスコートを着た男の視線を感じていた。それは、下宿にいた頃から尾行されていた男のようにも感じていたが、違う男のようにも感じられた。

 

斎藤のいる場所から十七尺ほど離れていたが、斎藤が男の姿に目をやるたびに男はうつむいた。

 

堺利彦氏の講演のチラシを作成した印刷会社から、僕の身元が割れたのだろうか。それとも、講演先で受け取った客からの情報だろうか。いや、東京帝国大学の仲間や下宿先だろうか。

 

今更振り返ってみてもどうにもならないことだが、こうして警察に追われていることは紛れもない事実だ。

 

斎藤は、本所吾妻橋駅から市電に乗った。

インバネスコートを着た男もうつむいたまま、市電に乗ってきた。斎藤は男に気付かぬふりをして、車中から景色を見ていた。

 

ひゐろはすでに日本橋に着いただろうか、と思いながら。

 

吾妻橋線の終点である上野駅前で斎藤は一旦電車を降り、後ろを振り返った。すると男も、斎藤の後を着いてきた。

 

斎藤は走って上野駅に行き、山手線に乗り込んで新橋まで向かうことにした。

ところがその間に、男の姿が見えなくなってしまった。くことができたのかもしれないと斎藤は思った。

 

ほっとして山手線の座席に座り、斎藤はゆっくりと目を閉じた。

すると正面から、

 

……斎藤さんですか」

という声がした。斎藤が目を開けると、そこには坂田花代と二人の息子が立っていた。

 

……花代さんか。驚かさないでくれ」

斎藤は、胸をで下ろした。

 

「別に驚かせるつもりはないわよ。こんなところで会うなんて、奇遇ね」

花代は二人の子どもを、斎藤の隣に座らせた。

 

「上野で何か用事でもあったのかい?」

 

「子どもたちが動物を見たいというので、に連れて行ったのよ。二人とも動物たちを目の前にして、興奮していたわ。ただ、今はファンジとグレーの二匹のキリンもいないから残念ね。この子たちはまだ、キリンを見たことがないのよ」

 

「僕もまだ、キリンは見たことがない。君たちと同じだよ」

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