無事に味噌を譲って貰い台所まで帰って来ると,隊士は一仕事終えたような清々しい顔で立ち去った。
この日から三津の災難が始まった。
子供達に誘われて壬生寺に遊びに行こうとした時も,
「三津さんどちらへ?」
「壬生寺へ…。」
ではお供しますと必ず誰かがついて来る。
じっと見張られるものだから遊びに身が入らない。gaapiacct.pixnet.net
別に遠出をする訳でもないのに誰かがずっとついて来る。
遂には屯所内に居るだけでも,“お一人ですか?”と聞かれるんだ。
「もぉ嫌やぁ!」
三津は部屋の隅で膝を抱えて顔を埋めた。
「で…,何で俺の部屋に来た?」
「そんな冷たい事言わんとってよ,旦那様ぁー…。」
『都合のいい旦那だな俺は…。』
ごろりと寝転んだまま斎藤は大きな欠伸をした。
「沖田はどうした。あいつの所に行けばいいだろ。それに不満があるなら副長に直訴して来い。」
「今沖田さんと土方さんは生憎出掛けてます。」
だからここに来たんだいと頬を膨らませた。
ここは気軽に入れて,尚且つあまり人が寄り付かない部屋だから。三津は大きな溜め息をついて斎藤の横にごろんと寝転がった。
「何してんだ。」
人の部屋に勝手に転がり込んで寛ぐ女は初めてだと毒づいた。
「今日は斎藤さんと一緒に居るって決めたんです。
いいでしょ?旦那様。」
寝転んだ状態で向き合って,愛嬌のある笑顔を見せられたら,
「…今日だけだぞ。」
貴重な一人の時間だが,それでもいいかと思ってしまう。
三津はやった!と畳の上で転がった。
「こんな所に居やがったか!」
突然障子が開かれて大股で土方が踏み込んできた。
「あれ!?出掛けはったんじゃ!?」
「あぁ出掛けたさ。だが予定が狂ってな。
お前を呼んでも来ないと思えば…。」
驚きながらも斎藤から離れる素振りを見せない三津の帯を掴んで引き寄せた。
「予定が狂った…。」
流石に副長の前で寝そべってる訳にもいかず,斎藤がむくっと起き上がる。
『予定を狂わせたのはどうせ沖田だろうな…。
…と言うか,どう見ても逢い引きしてるようにしか見えてないだろうな…。
面倒な事になったな…。』
何と言おうか,男なら言い訳せず謝るべきか?
『いや,謝ったら逢い引きを認めると言う事であって…。』
斎藤が首を捻っていると,三津の方が先に口を開いた。
「ちょっと土方さん!隊士の皆さんに何て言わはったんですか?
ずっと付きまとわれるんですけど!護衛って町に出る時だけでいいでしょ?」
「俺はそのつもりで言ったんだがな。」
さては三津と居たいが為に都合のいいように解釈しやがったな。
軽く舌打ちをして眉根を寄せた。
「一人でいたら一人ですか?って追っかけられるし!」
三津はいい迷惑だと口を尖らせた。
不貞腐れた顔と睨み合って,土方はふと思い付く。
「じゃあ一人にならないようにお前がずっと離れなきゃいいだろうが。」
『言ってくれるな。即ち俺の傍にいろ…か。』
すっかり蚊帳の外にされてしまったなと気配を消して二人を眺めていると,三津があぁ!と声を上げた。
「じゃあやっぱり今日は斎藤さんと居ます!」
にっこり笑顔を向けられた斎藤はあんぐりと口を開け,土方の額には青筋が浮かぶ。
「他の隊士にも改めて説明しておいてやる…。行くぞ。
斎藤,非番の所悪かったな。」
不機嫌な声だけ残して,障子がぴしゃりと閉められた。「今日はもう出掛けないんですか?急ぎの用事じゃ?」
「日を改める。」
確かに火急の用でもない。
ただ気になって仕方がなくて,職務に身が入らない。集中力を欠くんだ。
三津の背中に見たあの傷が脳裏に焼き付いて離れない。
どう言う経緯で,あぁなったのか。
詳しく真実が知りたかった。
気になりだしたら徹底的に追及したくなる性分。
だから功助とトキに事情を聞きに行くつもりだった。