2023年12月

泣きたいのは自分だったが先に泣かれてしまっては立場がないと,悲しげだがふっと笑みを浮かべた。

 

 

「大人には大人の事情がある。小娘には解るまい。」

 

 

「でも一人で抱え込むより誰かに聞いてもらえたらきっとスッキリします。」

 

 

自分がそうだった。だから今度は誰かの力になってあげる番なんだ。

 

 

潤ませながらも強い意志の宿った目を見て,悲しげだった男の笑みが穏やかになった。

 

 

「女と喧嘩した。https://paintedbrain.org/blog/unraveling-the-mystery-could-frequent-pain-every-month-be-endometriosis ただそれだけよ。」

 

 

「何で喧嘩になったんですか?」

 

 

些細な事,あまりにも下らなさすぎた理由だから覚えてもいない。

 

 

そう言って男は豪快に笑い,また深い溜め息をついた。

恰幅の良い背中がしょぼくれた。喧嘩なんてそんなものだ。

悪気がなくても気持ちがすれ違ってしまえば起きてしまう。

 

 

「そんなに溜め息つくんやったら謝ってしまいましょ。」

 

 

ここにずっと居たってどうしようもない。

一言ごめんと伝えた方が気持ちもすっきりする。

 

 

「馬鹿者!男たるものそう簡単に女に頭を下げられるか。」

 

 

男はカッと目を見開いて一喝した。痴話喧嘩ごときでへこへこ出来るものかと意地を張った。

 

 

「何言ってるんですか!おじちゃん武士でしょ?武士なら潔く謝って下さい!」

 

 

恐いもの知らずとはこの事か。三津は怯む事なく一喝し返した。

小娘に怒鳴られ呆気にとられた男に向かってさらに続けた。

 

 

「謝らずにいて,もし明日おじちゃんが斬られてしまうような事があったら?

わだかまりが残ったまま逝ってしまうんですよ?

謝れなかった事を後悔するぐらいなら,格好悪いと思っても謝るべきです!」

 

 

三津は吉田との事を重ね合わせていた。

分かり合えずに離れ離れになった自分たちは哀れだ。

 

 

同じようになって欲しくない。この男はまだ間に合うのだから。

 

 

「ふん,小娘に説教されるなど儂もまだまだか。儂はあいつを残して死ぬようなヘマはせん。

だがお前の言った事も肝に銘じておこう。」

 

 

男は不機嫌な様であって,すっきりとした顔で身を翻した。

 

 

どうやら三津の気持ちは伝わったらしい。

三津もふっと笑って男と背中合わせに歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなにも良い行いをしたのに,その晩三津は大目玉を食った。

 

 

「こんな簡単な遣いも出来んのかてめぇは。長時間かけて何してやがった。」

 

 

農家に行って屯所に戻った時には夕餉の時間をとうに過ぎていた。

 

 

「何って人生相談?」

 

 

寄り道はしていない。ただ悩めるお武家様の相談に乗っただけ。

 

 

「馬鹿にしてんのか?」

 

 

「してませんよ!

それにちゃんと農家まで行って帰って来たやないですか。お遣いは出来ました!」

 

 

そこをまず褒めて欲しい。迷わずに行って帰って来たんだ。

 

 

「しかも渡された地図にはじゃなくてが書かれてたんですけど!」

 

 

三津は身を乗り出して猛抗議。

 

 

「綺麗で分かり易い字だったろ。」

 

 

土方は涼しげな顔をした。

 

 

『それにしてもこいつに相談?本当だとしたらそいつは末期だな。

武士がこんな奴に相談なんぞするもんか。その武士の顔が見てみたいぜ。』―――芹沢一派粛清せよ。

 

 

秘密裏に使命を受けてから近藤,山南,土方の三人は特に忙しい。

 

 

『こいつを小姓にしたのは間違いじゃなかったな。』

 

 

部屋の隅をちらっと見る。

もとはと言えば辞めさせない為,厄介な芹沢から遠ざける為に目の届く所に置いた。

 

 

それだけに過ぎなかったが,三津は思いの外よく働くし気も利く。

 

 

「三津,今日はもう休め。」

 

 

走らせていた筆を止めて傍らの三津に声を掛ける。

微かな灯りで縫い物をしていた三津は素直に頷いて手を止めた。

 

 

ちょうど縫い終わった所で糸を口で噛み切る仕草を見せた。

 

 

暗がりでほんのりとした灯りに照らされたその顔が,やけに色っぽく見えた。

 

 

『疲れてるな。』

 

 

三津がそんな風に見えるとは。

土方は目頭を押さえながら自分の床へ潜り込んだ。三津が床に入るのはその後。

土方が先に休むのを見てから衝立の反対側へと移動する。

そう言えば三津は満面の笑みを咲かす。

 

 

……単純。』

 

 

トキはそんな三津を鼻で笑った。甘味屋に頻繁にやって来るようになった新しいお客の吉田。

 

 

三日と空けずに訪れ,店先の椅子に腰を掛けていつもみたらし団子を堪能する。

 

 

「吉田さんてホンマにみたらしが好きなんですね。」

 

 

「そう見える?」

 

 

吉田は口の中の団子を飲み込んで,意味深な笑みを浮かべた。

 

 

「ちゃうの?好きでしょ?」 認識肺癌,本港頭號致命癌症殺手

 

 

そうでなければこんなにしょっちゅうやって来て同じ物を食べないでしょうと不思議そうに首を傾げた。

 

 

「じゃあそう言う事にしといて。

それより体調はどう?

暑気あたりは治ったの?」

 

 

吉田は話をすり替えるように質問で返した。

 

 

「もう!また話はぐらかす。」

 

 

おかげで吉田には謎が多い。

 

 

『まともに答えてくれないならみたらしの吉田って呼んでやろうか。』

 

 

ささやかな嫌がらせを考えていると,

 

 

「聞かなくても見れば分かるか。

元気そうだもんな。だったら一緒に散歩でもどう?

いつなら暇?」

 

 

吉田は唸り声を上げる三津の顔を覗き込んだ。

 

 

「へ?散歩?」

 

 

何の脈絡もなしでの誘いに三津の瞬きの回数が増える。

 

 

誘う相手を間違えてないかきょろきょろしていると,

 

 

「今は三津と会話してるのに他に誰誘ってると思ってるの?」

 

 

吉田は小馬鹿にするような笑みを浮かべた。

 

 

「で行くの?行かないの?どっち?」

 

 

間髪入れずに問いただされ,三津は愛想笑いで頬を掻く。

 

 

『散歩ぐらいならいいか

店番しててこんなお誘い初めてやな。』

 

 

三津は少し戸惑いながらもこくりと控え目に頷いた。

 

 

「じゃあ明日の夕方迎えに来るから。」

 

 

吉田は勝手に指定すると勘定を済ませた。

そして帰り際にトキに何かを耳打ちすると,ふらりと店を後にした。

 

 

「ようやく三津も年頃の女子みたいに出掛けてくれるねんなぁ。」

 

 

吉田が去った後,トキが嬉々として三津の背中を豪快に叩いた。

 

 

「散歩に行くだけやし勘違いせんとって!」

 

 

トキは照れることは無いと目尻を下げているが,照れ隠しでも何でも無い。

 

 

「言っとくけど私は壬生狼のお兄さんも捜さなあかんから忙しいの!」

 

 

危うく忘れる所だった。

吉田との散歩より重要な事がまだあった。

 

 

『桂さん

あれから会う機会が無いけど弥一さんと決着ついたのも報告したいのに。』

 

 

三津はトキが浮かれる訳も知らずに壬生狼と桂,相反する二人の存在に頭を抱えた。三津は完全に忘れていた。

会いたいと願うもう一人の存在。

 

 

『桂さん元気かなぁ。狩られてないよね?』

 

 

ごろりと寝返りを打って窓を眺める。

 

 

弥一に素直な想いを告げる勇気をくれた桂に会って報告がしたい。

 

 

それともう一人。

自ら会いたいと捜している壬生狼。

こちらもお世話になった相手だが,桂を追い回す浪士組の一員。

 

 

二人の顔を浮かべながらもう一度寝返りを打った。

 

 

『壬生狼にお礼がしたいなんて聞いたら桂さんはきっと私を軽蔑しはるやろな。』

 

 

優しい桂から怒る姿や冷ややかな表情は想像出来なかった。

だからこそ恐いものがある。

 

 

『嫌われたくないな。』

 

 

ふとそう思った。

そんなに親しい間柄ではない。

会おうと思ってすぐ会える相手でもない。

 

 

滅多に会う事もないのだから,お礼ごときで嫌われようが軽蔑されようが関係はない。

 

 

それなのにどうしてだろう。

桂に嫌われるのが恐い。

 

 

『悩んでても仕方ない。壬生狼のお兄さんは見つけるって決めたし!』

 

 

またも挫折すれば今度こそトキは許してはくれないだろう。

 

 

ぶたれた頬の痛みを思い出すとぞっとする。

 

 

いかんいかん,これしきで悩むなんて自分らしくない。

 

 

三津は悪い考えは消えてしまえとぎゅっと目を瞑った。

 

 

『壬生狼のお兄さん見つけたらお礼,桂さんに会ったら報告ただそれだけ!』

 

 

別に難しく考える必要なんかないじゃないか。

納得のいく結論を出したところで気分がすっきりした。

「そのうち帰って来ますんでお気になさらず。」

 

 

トキはそう言いながらも吉田が見つめる先を見ていた。

 

 

「騒々しくてすんませんね。今日もみたらしですか?」

 

 

功助もちらちらと心配そうにその方角を見ながら吉田を店内へと促した。

 

 

「そうだね,みたらしを二本包んでもらえる?」

 

 

 

吉田はみたらしを手土産にして長居はせずにふらりと店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三津はべそを掻きながら足の赴くままに歩いた。肺癌初期到末期,治療方法各不相同

 

ひたすら歩いて辿り着いたのは鴨川だった。

 

 

『言われた通り頭冷やしてやる。』

 

 

いっそ飛び込んでやろうかと思ったがそこは冷静に後々の事を考えて止めた。

 

 

「もぉ。おばちゃんの阿呆!」

 

 

河原に膝を抱えて座り込み,背の高い草に紛れて泣いた。

 

 

自分の想いが伝わらなかったのが悔しい。

言葉に出来なかったのが悔しい。

 

 

「阿呆!分からず屋!」

 

 

三津は手頃な小石を拾い上げて川目掛けて投げ入れた。

 

 

すると後ろから,

 

 

「くくっ。」

 

 

と誰かが喉を鳴らして笑っている。

 

 

『私が笑われてる?』

 

 

三津が涙を拭いながら振り替えれば,男が真後ろに立って笑っていた。

 

 

「悔し泣き?」

 

 

男は平然と三津の隣に腰を下ろした。

 

 

ほっといて下さい。」

 

 

いきなり現れて馴れ馴れしいなと三津はふいっとそっぽを向いた。

 

 

「まぁまぁ。

それで壬生狼捜しはやるの?やらないの?」

 

 

「え?」

 

 

驚いて思わず振り向いてしまったではないか。

 

 

「何で止めるの?周りがうんざりする程捜してた癖に。」

 

 

にやにやしながら話かけてくる男が面白がってるだけだとは思ったが,愚痴を吐くには丁度いい相手だった。

 

 

「だって家族に何かあったら嫌やもん

私は何て言われても平気やけど。」

 

 

だけどそれはくだらないと一蹴されてしまったんだ。

 

 

「女将も三津と同じ気持ちだと思うけど。

私は何て言われても平気,だから気にせず捜しなさいなんてね。」

 

 

男は一人でくすくす笑った。

そんな男の横顔に三津は釘付けだった。

 

 

『聞きたい事が多すぎるこの人。』

 

 

まず何から指摘すればいいか分からない。

 

 

『でもこの人の言う通りかも。おばちゃんも何があってもいいって覚悟をとっくにしてたのかも。』

 

 

その上で捜索をさせてもらってたのに気づかなかった自分はとんだ阿呆じゃないか。やっぱり悔しい。

周りの言葉にまんまと踊らされてしまった。

 

 

結局一人で勝手に突っ走って,余計な心配を功助とトキに押しつけた。

 

 

二人がどんな気持ちで恩人を捜す自分を見守ってくれてたかなんて考えてなかった。

 

 

「もう自分が嫌い。」

 

 

抱えた膝に額を押し当てていると,何だか甘い匂いが鼻をくすぐる。

嗅ぎ慣れた砂糖醤油の匂い。

 

 

少しだけ顔を上げてみれば男が団子を一本,三津に差し出していた。

 

 

「泣くのって疲れるからお腹空くでしょ。まぁ食べなよ。」

 

 

そう言う男はすでに団子を頬張りながら目を細めていた。

 

 

ありがとうございます。」

 

 

少し怪しみながらも団子を口に運ぶとぽろぽろと涙が零れた。

 

 

「おばちゃんが作る味。」

 

 

紛れもなくうちの団子だ。

トキ特製のたれがかかったみたらし団子。

三津は泣きながらその味を噛み締めた。

 

 

「食べて泣いて忙しいね。

これ食べたら帰ろうよ。女将と旦那は絶対心配して店の前にいるから。」

 

 

男は自信たっぷりに言い切って三津の背中を二回叩いた。

 

 

三津は団子を頬張ったまま大きく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか団子一本に泣かされるなんて思わなかった。

 

 

『おふくろの味ってやつ?』

 

 

食べた瞬間トキの顔が浮かんですぐにでも会いたくなった。

 

 

素直に謝ろうって気にもなった。

 

 

そしてそんな団子を引っさげてやって来た彼は何者だ。

 

 

あたかも昔からの知り合いのように自分の左側を歩いている。

 

 

今更ですけどどちら様?」

 

 

三津は少しずつ謎の男に探りを入れようと試みた。

 

 

「道に迷う癖に何で鴨川に行ったの?何か思い入れでもある?」

 

 

見事に質問は無視されて質問返しをされてしまった。

 

 

あそこで水に流すの。」

 

 

前もそうしたから気がつけば辿り着いてただけだ。

 

 

『あれ?道に迷うのまで知ってる?』

 

 

危うく聞き流すところだった。

それに思い返せば自分の名も知ってたし三津と呼び捨てにしていたのも自然過ぎて指摘するのを忘れてた。

 

 

「誰に名前聞いたんですか?おじちゃん?おばちゃん?」

 

 

兎に角気になった事を片っ端から聞いてやると三津ももう一度質問を投げかけるが,

 

 

「水に流す?だから川か分かり易くていいね三津は。

それで今日の事はちゃんと流れたの?」

 

 

人との会話とはこんなに難しいものだっけ

話しが全く噛み合わない。

その日から三津はぱったりと捜索を止めた。

壬生狼のお兄さんも口にしなくなった。

 

 

「行ってきます!」

 

 

と元気よく出かける先は遊び場になっているお寺。

出かける傍らの情報収集もすっかりやらなくなった。

 

 

「やっとみっちゃん諦めたなぁ。脫髮維他命

 

 

店に来ていた客たちが嬉しそうに良かった良かったと話すのを聞いて,功助とトキは顔を見合わせた。

 

 

「諦めたって。それどういう事?」

 

 

トキが顔をしかめて詰め寄った。

三津は簡単に諦める奴じゃない。今だって出掛けたついでに捜してる。

 

 

そう思って疑わないのは功助も同じ。

だからこそ諦めたの意味が分からない。

 

 

「やっと壬生狼捜し諦めたんやろ?」

 

 

功助とトキはそんなはずはない,一体どうなっているのか本人に聞いて確かめなければと三津が帰って来るのを待った。

 

 

何も知らずに帰宅した三津に功助とトキが詰め寄った。

 

 

「ただいま!どないしたん?」

 

 

二人の表情がやや強張ってる気がして首を傾げた。

 

 

「あんた壬生狼の人捜すの諦めたんか?」

 

 

嘘であって欲しい

功助とトキは祈るような気持ちで三津の目をじっと見た。

 

 

すると三津はへらっと笑った。

 

 

『この顔は誤魔化してる時の顔やんか。』

 

 

トキは幾度となく見てきたその笑顔に落胆し強い憤りさえ感じた。

 

 

「何で諦めたんや。お礼は?」

 

 

功助も動揺した気持ちを隠しながらさらに問い詰めた。

 

 

「よう考えたら,みんなの言う通りやなって思ってん。

いくら壬生狼がいい事したって今まで一杯人を斬ってきた訳やし,それに。」

 

 

三津が喋り終わる前に頬にトキの平手打ちが飛んだ。

トキは目頭が熱くなるのを必死に堪えていた。視界が一瞬揺れたと思えば三津の左頬はとんでもなく痛くなった。

 

 

「阿呆!自分が何言ってるか分かってるんか!?

 

 

トキが凄い剣幕で掴みかかろうとしてくるのを痛む頬に手を当てながら呆然と見ているしかない三津。

 

 

功助が間に入ってトキを押さえているのも立ち尽くして眺めていた。

 

 

「三津,正直に言うてみ?ホンマはそんな風に思ってへんやろ?」

 

 

功助は三津を信じて問いかけた。

恩人の彼を極悪人と信じ込まざるをえない何かがあったんだ。

そう信じて優しく言葉をかけた。

 

 

「私があの人を恩人て言うってだけでおじちゃんとおばちゃんまでみんなに嫌われたら嫌やもん。」

 

 

「そんな事で止めたんか。」

 

 

トキは呆れたと溜め息をついた。

 

 

「そんな事?そんな事って何よ。」

 

 

自分は本当に二人に迷惑をかけたくないし,何かあってからでは遅いと真剣に考えたのに,トキはそれをそんな事でまとめた。

 

 

「諦めた理由がくだらん。

あの人に対する感謝の気持ちはそんなもんか。」

 

 

その言葉を聞いて今度は三津が黙っていない。

自分の気持ちをくだらないと言われたのだ。

 

 

「何で分かってくれへんの!?

 

 

彼の名前も知りたいし感謝の気持ちだってある。

ちゃんと会ってお礼をしたいのは世話になったこの私。

 

 

それよりも自分にとって大切なのは自分のもう一つの家族,親である功助とトキなのに,

 

 

「分かってないのはあんたや。

しばらく頭冷やして来たら?」

 

 

と冷たく言い返されてしまった。

 

 

三津は言いたい事はあるのに上手く言葉にならなくて,悔しさが呼吸を荒くする。

 

 

そしてしばらく睨み合った後,勢いに任せて店を飛び出した。

 

 

「あーあ今回はえらいきつく言うたな。」

 

 

功助はやれやれと苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

 

 

「あんな心配私らにはいらんやろ?」

 

 

トキはふんと鼻を鳴らして腰に手を当てた。

 

 

二人はひとまず三津が男を軽蔑して捜索を止めたんじゃないと分かってほっとしていた。

 

 

「女将,さっき凄い勢いで店を飛び出した子がいたけどあれが三津?」

 

 

声をかけられ店先に視線を移せば青年が立っていた。

 

 

「吉田さん。あれが三津です。」

 

 

トキは恥ずかしい所を見られたと頬を掻いて近寄った。

 

 

「元気になり過ぎじゃない?飛び出したはいいけど帰って来れるかな?」

 

 

吉田は三津が飛び出した方角を見てふっと笑った。

三津はぱちくりと目を瞬かせたが,

 

 

『名乗って損するか。

あのお兄さんらしいな。』

 

 

三津はふふっ 針灸生髮 と笑ってまたお粥を口に運んだ。

 

 

「でもそうやって見たことある人がいるんやったら,知ってる人はどっかにおるよね?」

 

 

口をもぐもぐと動かしながら絶対見つけてやると意気込んだ。

 

 

「とんでもない人に世話になったなぁ。」

 

 

トキが敢えて意地悪く呟くと三津はにっと笑った。

 

 

「口は悪かったけど優しい人やと思うし,お世話になったらお礼はせなアカンでしょ。」

 

 

トキは満足げに笑みを浮かべて頷いた。

三津は男を軽蔑しなかった。

予想通りお礼をする為捜す気でいる。

 

 

『何があっても屈せず捜し出してや。』

 

 

心からそう願って男が残した言葉を三津に伝えた。

 

 

「そう言えば道覚えろって言ってたわ。」『やっぱり意地悪

ちゃんとお店まで帰って来れてるやん。』

 

 

三津は見ず知らずの人にそんな事言われる筋合いはないとむっと顔をしかめた。

 

 

「あっちこっちそっちで店の場所言ったんやろ?

このまま真っすぐとか。」

 

 

トキは不貞腐れた三津の顔から気にくわない理由を予想してにやりと笑った。

 

 

「そんなんまで言うて帰ったん?あの人。」

 

 

三津は何てお喋りな奴だ余計な事ばっかり言ってと口を開けて呆れ顔を見せたが,

 

 

『ホンマにその説明で連れて帰ってもらおうとしたあんたにほとほと呆れるわ。』

 

 

トキの方が呆れるを通り越して情けなくなってきた。

 

 

三津を背負い,詳しい道も教えてもらえず此処を探し当てた男の苦労が良く分かる。

 

 

それだけ大変な思いをしたのに名乗るだけで損する訳がない。

 

 

「しんどかったやろなぁ。知らん娘背負って暑い中知らん店探して

おまけにぐったり死んだみたいになって。」

 

 

もっと感謝の気持ちを出さんかとトキはちくちくと嫌味を呟く。

 

 

「う。すみませんご迷惑おかけしました。」

 

 

三津はお椀を手放して布団の上で正座をすると仰々しく頭を下げた。

いわゆる土下座で許しを乞う。

 

 

「もっと有り難さ出さんかい。」

 

 

トキは軽く頭を叩きながら喉を鳴らして笑った。

 

 

「それに迷惑やなくて心配かけたの!

ゆっくり寝て早く元気になりや。」

 

 

トキはやんわり頭を撫でると三津が頭を上げる前に部屋を出て行った。

 

 

「あ。」

 

 

三津が顔を上げた時には戸が閉められた後だった。

 

 

『迷惑やなくて心配ね。』

 

 

三津は嬉しいような照れくさいような気持ちで大人しく布団の中に戻った。

 

 

病は気からと言うし気合いを入れ直せばきっとすぐに良くなると再び目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが三津が思ったより体は元気になってくれなかった。

気ばかり焦って何度も寝返りを打った。

 

 

「三津手拭い替えようか。」

 

 

トキが部屋を訪れ額に乗せた手拭いを枕元の桶の水に浸し,軽く絞って額に戻した。

 

 

ひんやりとした感覚に三津は気持ち良さそうに目を細めた。

 

 

「まだ体が言う事聞かんねん。何でやろ。」

 

 

大人しく寝ているのにと口を尖らせる。

 

 

「美人薄命って言うもんな。もしかしたらこのまま私。」

 

 

「起きたまま寝言言いな。誰が美人やねん。」

 

 

おトキさん病人の気が滅入る事を言わないでくれ。「よく寝たぁっ!」

 

 

勢い良く布団を蹴飛ばし,両手の拳を高々と低い天井に向かって突き上げて歓喜の雄叫び。

 

 

寝込んでから早一週間ぐらいだろうか。

ようやく三津の復活だ。

 

 

『やっぱり私はこうでなきゃ。』

 

 

昨晩トキから外出許可が下りたのだ。

うきうきと髪を結い,たすき掛けをしてから前掛けを装着。

 

 

「復活!」

 

 

『美人薄命ってやっぱり迷信やったな。私こんなに元気やもん。』

 

 

ようするに自分は美人じゃなかった。

その事実を痛感しながらも,そこは敢えて迷信だった事にした。

 

 

何せ今日は気分がすこぶる良いのだもの。

 

 

嬉々として店を飛び出した三津の予定は壬生狼のお兄さん捜しだ。

 

 

元気になった報告がてらに目撃情報を集めようと手当たり次第に近所の家を訪ねて回った。

 

 

「お陰様で元気になりました!」

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