泣きたいのは自分だったが先に泣かれてしまっては立場がないと,悲しげだがふっと笑みを浮かべた。
「大人には大人の事情がある。小娘には解るまい。」
「でも一人で抱え込むより誰かに聞いてもらえたらきっとスッキリします。」
自分がそうだった。だから今度は誰かの力になってあげる番なんだ。
潤ませながらも強い意志の宿った目を見て,悲しげだった男の笑みが穏やかになった。
「女と喧嘩した。https://paintedbrain.org/blog/unraveling-the-mystery-could-frequent-pain-every-month-be-endometriosis ただそれだけよ。」
「何で喧嘩になったんですか?」
些細な事,あまりにも下らなさすぎた理由だから覚えてもいない。
そう言って男は豪快に笑い,また深い溜め息をついた。
恰幅の良い背中がしょぼくれた。喧嘩なんてそんなものだ。
悪気がなくても気持ちがすれ違ってしまえば起きてしまう。
「そんなに溜め息つくんやったら謝ってしまいましょ。」
ここにずっと居たってどうしようもない。
一言“ごめん”と伝えた方が気持ちもすっきりする。
「馬鹿者!男たるものそう簡単に女に頭を下げられるか。」
男はカッと目を見開いて一喝した。痴話喧嘩ごときでへこへこ出来るものかと意地を張った。
「何言ってるんですか!おじちゃん武士でしょ?武士なら潔く謝って下さい!」
恐いもの知らずとはこの事か。三津は怯む事なく一喝し返した。
小娘に怒鳴られ呆気にとられた男に向かってさらに続けた。
「謝らずにいて,もし明日おじちゃんが斬られてしまうような事があったら?
わだかまりが残ったまま逝ってしまうんですよ?
謝れなかった事を後悔するぐらいなら,格好悪いと思っても謝るべきです!」
三津は吉田との事を重ね合わせていた。
分かり合えずに離れ離れになった自分たちは哀れだ。
同じようになって欲しくない。この男はまだ間に合うのだから。
「ふん,小娘に説教されるなど儂もまだまだか。儂はあいつを残して死ぬようなヘマはせん。
だがお前の言った事も肝に銘じておこう。」
男は不機嫌な様であって,すっきりとした顔で身を翻した。
どうやら三津の気持ちは伝わったらしい。
三津もふっと笑って男と背中合わせに歩き出した。
こんなにも良い行いをしたのに,その晩三津は大目玉を食った。
「こんな簡単な遣いも出来んのかてめぇは。長時間かけて何してやがった。」
農家に行って屯所に戻った時には夕餉の時間をとうに過ぎていた。
「何って…人生相談?」
寄り道はしていない。ただ悩めるお武家様の相談に乗っただけ。
「馬鹿にしてんのか?」
「してませんよ!
それにちゃんと農家まで行って帰って来たやないですか。お遣いは出来ました!」
そこをまず褒めて欲しい。迷わずに行って帰って来たんだ。
「しかも渡された地図には“図”じゃなくて“字”が書かれてたんですけど!」
三津は身を乗り出して猛抗議。
「綺麗で分かり易い字だったろ。」
土方は涼しげな顔をした。
『それにしてもこいつに相談?本当だとしたらそいつは末期だな。
武士がこんな奴に相談なんぞするもんか。その武士の顔が見てみたいぜ。』―――芹沢一派粛清せよ。
秘密裏に使命を受けてから近藤,山南,土方の三人は特に忙しい。
『こいつを小姓にしたのは間違いじゃなかったな。』
部屋の隅をちらっと見る。
もとはと言えば辞めさせない為,厄介な芹沢から遠ざける為に目の届く所に置いた。
それだけに過ぎなかったが,三津は思いの外よく働くし気も利く。
「三津,今日はもう休め。」
走らせていた筆を止めて傍らの三津に声を掛ける。
微かな灯りで縫い物をしていた三津は素直に頷いて手を止めた。
ちょうど縫い終わった所で糸を口で噛み切る仕草を見せた。
暗がりでほんのりとした灯りに照らされたその顔が,やけに色っぽく見えた。
『疲れてるな…。』
三津がそんな風に見えるとは。
土方は目頭を押さえながら自分の床へ潜り込んだ。三津が床に入るのはその後。
土方が先に休むのを見てから衝立の反対側へと移動する。