2023年11月

との面談にて、"新撰組が瓦解すれば全て余の責任となる"と言われてしまう。

 

それ以上何も言えなくなった永倉らは、容保の深い恩情と責任感に胸を打たれた。

 

 

そして六人がそうしている間に、容保は壬生の屯所まで遣いを寄越しており、何と近藤本人を呼び付けていた。

 

別室に控えていた近藤が気恥ずかしそうに登場し、容保の計らいでその場で酒を酌み交わすことでりを打ち消したという。

 

 

だがこの話はこれだけで終わらず、VISANNE Watsons 後日に続くことになる。

 

 

【スター特典有。】

 

布衣の交わり〜永倉新八〜九月になり、夏の暑さが少しだけ和らいだ頃。

 

井上に頼まれた桜花は、前川邸にて洗濯の手伝いをしていた。

 

「よッ、鈴木。源さんの手伝いかい?」

 

 

そこへ旅装束に身を包んだ藤堂が人懐こい笑みを浮かべてやってくる。

 

 

「はい。藤堂先生、その格好。何処か行かれるのですか?」

 

そう問われると、藤堂は被った笠をぴんと人差し指で弾き、くるりと一回転して見せた。

 

「へへッ。江戸へ行くのさ!隊士の募集の為にね」

 

江戸と聞き、桜花は驚愕の表情を浮かべる。

 

「江戸!?そんな遠くまで?」

 

「うんッ。すっごい人を連れてくるからサ。楽しみにしててよ〜」

 

 

兵は東国に限る、というのが近藤の考えだ。そして藤堂には勧誘する当てがある。そのため藤堂がまず先行して江戸へ向かう算段となっていた。

 

 

「ところでさ、鈴木はいつ新撰組に入るの?君の実力なら副長助勤にだってなれると思うんだけどなァ〜」

 

藤堂は小首を傾げる。桜花は少しだけ困ったように瞳を伏せた。

 

「そうですね。正直言うと少し迷ってます」

 

斬った張ったの世界だからねェ。でも命を賭けて戦った先の景色ってきっと凄いモンが見えると思うんだ。俺はまだ分からないけど

 

藤堂は頭の後ろで手を組むと、空を見上げる。曇がゆっくりと流れていた。

 

 

「江戸から身一つで出て来た俺らが、此処まで組織をデカくしたって夢があると思わない?もし何もやりたいことが無いんなら、夢に乗っかるのもアリじゃないかな」

 

桜花は藤堂の横顔を見る。その視線の先には一体何が見えているのだろう、とふと考えた。

 

視線に気付いたのか、藤堂は桜花の方を見遣ると悪戯っぽく笑う。

 

 

なーんて、此処で勧誘せずに江戸へ行けってねッ。油売ってると土方さんにドヤされちゃう。じゃあ、息災でねッ」

 

藤堂はそう言うと刀を握りしめ、門へ駆けて行った。途中で振り返ると大きく手を振る。

 

桜花はくすりと笑うと、手を振り返した。

 

 

数日後。九月五日には近藤、永倉、武田らも江戸へ隊士募集へ出立することになる。

 

旅装束の近藤を沖田は遠くから見ていた。

 

「よォ、総司。今回は着いて行くって駄々こねないんだな」

 

 

そこへ土方がやってくる。その言葉に沖田は薄く笑みを浮かべるだけだった。

 

いつもであれば、"そんなことしませんッ"と反論してくるというのに。土方は面を食らったように驚いた。

 

「調子狂うじゃねえか。いつからお前さんはそんなに殊勝になったんだ?」

 

「ええ。そんな事をしても近藤局長の負担になるだけだと分かっていますから。もっと鍛錬をして、必要とされる男にならなきゃ」

 

 

切なげな表情をする沖田を見て、土方は溜息を吐く。そして腕を組むと近くの樹にもたれかかった。

 

「バーカ。そんな思い詰めんじゃねェよ。近藤さんは総司を連れていくと言ったが、俺が京に置いて行けと言ったんだ」

 

だが実際の所は反対である。

 

土方は沖田が思い詰めていることを知っていたため、沖田を連れて行くようにと推薦した。

しかし、先日の

春に現れ、春の終わりに散っていった桜のような人。共に夏を迎えることは出来なかった。

 

 

桜花は刀を太腿の上に置くと、手を伸ばす。吉田の肩先についた花びらを摘むと愛しげに目を細めた。

 

視界が涙の膜で滲む。

 

そろそろ夜明けじゃ。息災で

 

『吉田さッ!』

 

吉田はそう言うと、立ち上がった。桜花が手を伸ばそうとすると、風と共に白い光が差し込む。

 

 

その眩しさに目を瞑り、Visanne 開けるとそこに吉田の姿はもう無かった。

 

 

 

寂しさと悲しさが綯い交ぜになり、次々と頬に涙が流れる。不思議と喪失感より、充実感が胸に満ちていった。

 

願わくば、もう一度だけあの桜を共に見たい。

 

桜花はそう思いながら意識が現実に引き戻されていくのを感じた。

 

 

 

 

*『もし許されるのなら。今日、最後の逢引をしよう。桜の樹の下で待っちょる』

 

薄れゆく意識の中で、そんな声が響くーー

 

【スター特典の陽炎の君へ続きます】

 

 

 

 

-----------------------------

 

スター特典を見ても見なくても、この先の話はお楽しみ頂けます。

──目を開けるとちゅんちゅん、と雀の鳴き声が聞こえる。

 

身を起こし、ぼんやりとした頭で辺りを見渡せばそこは自室だと分かった。いつの間にか深く眠っていたようである。

 

 

「ここは部屋?」

 

そう声に出した瞬間、涙がぽろぽろと止めどなく零れた。

 

「なんで、涙なんて……

 

 

それに驚いていると、差し込んだ朝日が手元を照らした。

 

桜花は導かれるように握っていた手を開く。そこには桜の花びらがあった。

 

それを見た桜花は目を見開く。

脳裏には先程ばかりの光景が一瞬だけ浮かんだ。

桜の樹の下で誰かと居た気がする。

 

 

桜花は花びらを懐紙に挟んでから弾かれたように立ち上がると、足音を立てて一階へ降りていった。

厨に行けば、まさの背中が見える。足音に気付いたまさが振り返り様に驚いた表情を浮かべた。

 

それもその筈、桜花が寝巻きで降りてくるなんて初めての出来事だからである。しかもその目には涙が流れていた。

 

 

「おはようさん。どないしたの、寝巻きで降りてきはるなんて。泣いてはるの?」

 

 

まさは前掛けで濡れた手を拭きながら、桜花に近寄る。

 

「おはようございます。おまささん、今日は何日ですか?私は、出掛けてませんでしたか?」

 

その質問の意図が分からず、まさは首を傾げた。

 

 

「今日はどす。桜花はんは昨日も、勿論今日も出掛けとらへんえ。夢でも見たんどすやろか

 

「出掛けてない。夢……?あれは、夢だったの?」

 

「今日、新撰組の方々が大坂から戻ってきはるみたいどす。そないな格好してはると、不都合どすやろ。着替えておいなはれ」

 

 

まさの言葉に頷くと、桜花は自分の格好を改めて見る。すると寝乱れたような大胆なそれに赤面した。

涙を拭うと頭を下げ、再び二階へ戻る。

 

 

着替えるために寝室に戻ってくると、枕元にの本体と鞘が転がっていることに気付いた。

 

 

「どうして刀が……

 

驚いた桜花はそれを戻そうと鬼切丸に触れる。

すると、急に鋭い頭痛が襲ってきた。思わずそれから手を離し、頭を押さえる。

 

頭の中から何かが失われていくような、そんな気持ち悪い感覚が次々と起こっていく。

 

「痛ッ!」

 

 

大切な何かが消えていく。それに抗うように、桜花はった。

 

嫌だ、嫌だ。忘れたくない。覚えていたい。お願いだから、私から奪わないで。

 

 

 

だが、無情にも鬼切丸に掛けられたが愛しい記憶を奪っていった。

 

脂汗を浮かべながら、右胸に手を当てた。すると、そこには左胸と同じ刻印が浮かび上がる。

 

 

桜花は震える手で、両手を顔にあてた。止まった筈の熱い涙が次々と流れては落ちていく。

 

 

 

その刹那だった。

 

 

『さようなら、桜花さん』

 

 

優しく、けれども悲しい声が何処かから聞こえてくる。

 

 

「貴方は、誰?」

 

このようにも愛おしそうに、切なく自分を呼ぶのは誰なのだろう。

 

脳裏には光に包まれながら、優しく儚げに微笑む男性の顔が浮かんでは消えた。

 

 

蝉がけたたましく鳴いては、部屋に響く。

涙を掬うような風がそっと拭いた──

七月二十日。 近藤や土方率いる新撰組は会津藩と共に天王山へ追討へ向かうこととなった。 そこには敗走した真木保臣を中心とした十七名の志士らが立て籠っていたのである。 翌日、新撰組は近藤と土方を長とする二つに隊を分けた。近藤隊は真木らのいる天王山の山中を目指し、土方隊はを固めることとなる。 真木は共に御所から逃げた兵士達を先に長州へ帰し、自らを務めていた。 久坂や来嶋の最期に何かを見出したのか、Visanne 子宮內膜異位/朱古力瘤藥 はたまた隊を率いる者の責務としたのか。彼の心情は誰にも分からない。 の衣という堂々たる装いをし、慣れぬ鉄砲を手にしていた。 新撰組と会津が攻めてきたという報により、真木らは持っていた鉄砲で銃撃戦を開始する。 しかし、直ぐに弾切れになり結果は火を見るより明らかとなった。 敗北を悟った彼らは小屋に立て籠り、自らそれに火を付けた。 「くッ、水を持ってきてくれ!」 焦った近藤は隊士に命を下す。だがその小屋は武器庫でもあり、火薬の勢いも手伝ってか火の勢いは増すばかりだ。 「この無念は国の仲間が必ずや晴らしてくれるじゃろう…。いざッ、さらばじゃ!」 肉を割く音や断末魔が辺りに響く。そのとも言える光景に、近藤らはただ立ち尽くすしか術が無い。 手柄こそは得ることが出来なかったものの、賊軍となればこの様な最期を迎えるという光景を近藤は目に焼き付ける結果となった。 多摩の百姓であれば決して目にすることの無かった光景である。 昇華するように燃える炎を見て、近藤は目を細めた。 「……敵ながら、見事な死に様だ」 何処にも語り遺すことは無かったが、この時近藤は池田屋騒動からこの戦に至るまでの長州志士の生き様に、心が揺さぶられる思いだったという。 やがて、下山し土方隊と合流した。 「近藤さん、どうだった」 土方の質問に近藤は厳しい顔を伏せて首を横に振る。 「…奴等、小屋に立て籠って火を付けて切腹したよ」 「そうか…。残りの奴らは大坂まで逃げたらしいが、どうする」 「…此処まで来たのなら追おうッ。今度は大坂で不逞を働くやも知れんしな」 近藤は即決した。会津藩は難色を示したものの、最終的に許可を出す。 翌日。新撰組はそのまま大坂まで足を運んだが、長州勢は大坂に留まらずに帰郷していた。 手柄という手柄は上げることなく、この戦は終了することになる。七月二十二日。 池田屋騒動から丁度四十九日が立とうとしている。 その夜は蒸し暑く寝苦しかったこともあってか、桜花は眠りも浅く、起きたり寝たりを繰り返していた。 ふと、開けた小窓から風が優しく吹いてくる。 ふわりと草の匂いが鼻腔を掠めた。 その心地良さに今度こそんでいく。 枕元の鬼切丸が一際妖しく赤く光った── 穏やかな風が頬を撫で、鼓膜に草のざわめきが響いた。 導かれるようにゆっくりと目を開けると、眼前には空に浮かぶ朧月を隠すように桜の枝が被さる。 身を起こし、左右を見渡すと草原が一面に広がっていた。身体の横には鬼切丸が置かれている。 そこへ前方から人影が此方へ歩いてくることに気付いた。近付くにつれ、その人物の顔が認識されていく。 桜花は目を見開いた。ぼんやりとする頭が覚醒していく。 『桜花さん』 金の

あきらめることなどできやしない。

 

 五稜郭に戻ると、副長と俊冬はまだ戻っていないという。

 

 中島たちは、伊庭ら遊撃隊の割り当ての部屋で雑魚寝をさせてもらうことになった。

 

 副長と俊冬を、いたずらに刺激させることになる。

 

 市村と田村も、そっちのほうで面倒をみてもらうことにした。

 

 市村と田村を俊冬に会わせれば、ひと悶着あるに決まっている。

 

 というわけで、t恤牌子 おれたちはまた厩で世話になる。

 

 おれたちの雰囲気を感じ取ったのか、「竹殿」や「梅ちゃん」たちお馬さんたちも落ち着かないようである。

 

「あの……、ぽち先生は?」

「大丈夫でしたでしょうか?」

 

 厩からでてきた沢と久吉が、おずおずと尋ねてきた。

になっているのがわかるんだろう。

 

「ええ、大丈夫です」

「それはよかった」

 

 おれの答えに、二人はたがいのを見合わせてほっと息を吐きだした。

 

 その心からほっとした表情を見て、ぐっとこみあげてきた。

 

「おい、主計。呑んでもいないのに、いきなり吐き気か?」

 

 蟻通が肩をつかんできた。

 

 もちろん、吐き気ではない。

 

 眼前で、沢と久吉が驚いてこちらをみている。

 

 左脚許からは、相棒が見上げている。

 

 そのとき、相棒が振り返った。

 

 だれかがやってくる。

 

「たま……

 

 安富がつぶやいた。

 

 俊冬が一人でこちらにあるいてくるではないか。

 

 せりあがってきていた得体の知れぬ塊を呑み込み、体ごと俊冬のほうを向いた。

 

「副長は?」

「栗原さんや粕屋さんが、「武蔵野楼」にいらっしゃいました」

 

 島田の問いに、俊冬はまったくちがうことをいいだした。

 

「たまたまちがう座敷に本土の商人がいましたので、その商人に蝦夷から連れだしてもらうよう依頼しました。その礼金は、副長のポケットマネー、というか懐から……

 

 この際、副長がそれだけのまとまった金をもっていたんだということは触れないでおこう。

 

 ましてや、そんな金があるんだったら、ちょっとはこっちにも融通してもらいたいもんだっていうことにも目をつむろう。

 

「それで、副長は?」

「副長?」

 

 蟻通の問いに、俊冬は「だれ、それ?」的に問い返した。

 

「ああ、そうでした。副長は、めずらしくずいぶんとお酒をすごされ、あるくのもままならず……。お姫様抱っこで運んだ上で、鍵付き窓なしの部屋で休んでもらっています」

「なんだって?」

 

 その場にいる全員が叫んだ。

 

「お姫様抱っこ?副長を?」

 

 蟻通が頓狂な声をあげた。

 

 お姫様抱っこって、俊冬はマジでやったんだ。

 

 ってか蟻通、そこじゃないよな?

 

 でも、副長激似の俊冬が、オリジナルをお姫様抱っこして夜の町をあるく姿を、脳内で思い浮かべると超絶笑える光景だよな。「ええ、お姫様抱っこです。ですが、最後の方はさすがに腕が疲れました」

「だろうな。だって、副長はめっちゃ太ったからな。ってか、またごまかされるところだった」

 

 俊冬にそういいながら、思わず前後左右を見回してしまった。

 

 副長がいつの間にかどこからかわいてでて、鉄拳制裁をかましてくるかもしれないからである。

 

「ごまかす?事実を伝えているだけじゃないか」

「たま、それがごまかしっていうんだよ。お姫様抱っこに意識を向けさせられて、もうすこしで『鍵付き窓なしの部屋で休んでもらって』ってところをスルーしてしまうところだった」

「ああ……

「ああ、じゃないだろう?なにゆえ、そんな個室タイプのネカフェみたいな部屋に放り込むんだよ」

「ネカフェって、いったことがないんだ。コミックがよみ放題で、ドリンクが呑み放題なんだよね?」

「ああ。二十四時間パックだったら、一日中漫画に集中できる……。チェーン店のネカフェだったら、挽き立てコーヒーとか朝食無料サービスってところもあるんだ。当然冷暖房完備だし、めっちゃ快適だよ。って、そこじゃないだろう?」

「きみがネカフェなんていいだすからじゃないか。おれのせいにするなよ」

 

 たしかに、いまのはおれが悪い。

 

「いまからわんこの様子をみてくるよ。その間に、副長がまた狙われるともかぎらない。実際、狙っている馬鹿がいるからね」

「なんだと?いったいだれが……

 

 島田がすごい勢いで尋ねると、俊冬は両肩をすくめた。一瞬、教えてくれないのかと思った。だが、俊冬は口をひらいた。

 

「おれたちの永遠のアイドル、今井のすっとこどっこいですよ」

「アイドル?」

「憧れ、でしょうか」

 

 島田の疑問に、俊冬がすかさず答えた。

 

「ああ、憧れね」

「島田先生、そこじゃありません」

 

 島田の好奇心旺盛な永遠の少年っぷりは、いまだ健在である。

 

 思わずツッコんでしまった。

 

「あの野郎……。土方さんを狙うなんざ、とんでもないやつだな」

「愛しのお馬さんさんたちに蹴られ、ついでに踏みつけにされればいいのだ」

 

 蟻通と安富のいう通りである。

 

 隣人を愛すべき男は、たとえ終末を迎えようがイエス・キリストが復活を遂げようが、副長だけは許せないらしい。

を救ってくれたことか。

 

 それはなにも、伊庭や野村といった史実に名が残っている者だけではない。史実に名が残っていない多くの兵卒たちもまた、この華奢な体の未知なるパワーによって助かったのである。

 

 この前、かれと話をしたことを思いだした。を削っている……

 

 かれはこの戦で聴覚を失い、片目の視力を奪われた。両方の肺に被弾し、それ以外でも体や手足のあちこちが傷ついている。を削ってという言葉は、あながち嘘ではないはずだ。

 

 そう。かれは、t恤 自分のを賭け、削っている。

 

 抱きしめかけたが、途中で躊躇した。

 

 想像の斜め上をいくトラウマを負っているかれを、これ以上怖がらせたりストレスをあたえてはいけない。

 そう思ったからである。

 

 そのとき、かれのにみるみるうちに涙があふれ、一粒二粒と頬を落ちはじめた。

 

 だ、だめだ。これは、ある意味反則じゃないか。

 

 キュンときすぎて、鼻血がでそうになる。

 

 もちろん、BL的な意味ではない。

 

「ハジメ君、抱きしめて」

 

 かれがささやいてきた。こんなマジなシーンなのに、やたらドキドキしてしまう。

 しかも、いまここにはまだ子どもの市村と田村がいる。

 

 子どもの前で、そんなことをしてもいいのか?

 

「きみには雄を感じないっていったよね?」

 

 かれは、さらにささやいてきた。

 

「あ、ああ。ああ、そうだった」

 

 肩透かしを喰らった気分である。

 

 そうだった。感覚のおかしいかれは、おれには男性ホルモンやフェロモンがすくないと思い込んでいるのである。

 

 もしかすると、幼馴染の異性に男性を、あるいは女性を感じないのとおなじことかもしれない。

 

 ある意味では、おれたちは幼馴染みたいなものだから。

 

「ぽち先生。これでどう?」

「ぽち先生。わたしたちの胸で泣いていいよ」

 

 そのとき、いきなり突き飛ばされてしまった。

 

 市村と田村である。かれらは、おれをさしおて、いやいや、おれのかわりに俊春を抱きしめてしまった。

 

 チッ……

 

「主計って、かような深刻な状況でも腐男子なのだな」

「ちょっ……、ちがいます。八郎さん、ちがいますよ。誤解です」

「誤解?さきほどのは、あきらかにBLであったぞ」

「さよう。ぽちが怪我を負い、苦しみの中で助けを求めているというのに、思考がBLで染まりまくっておる」

「蟻通先生、島田先生。だから、ちがうんですってば。なっ、相棒?」

「フフフフンッ!」

 

 ダメだ。 そのとき、市村と田村に抱きしめられている俊春とが合った。

 

 俊春の顔は、控えめにいってもゾンビもビックリな顔色である。そのかれの口角がわずかに上がった。しかも、涙の一滴もに浮かんでなどいないではないか。

 

 はああああ?

 

 くそっ!またやられた。

 

 俊春のやつ、おれの説得をごまかしたんだ。

 

 なんてやつだ……

 

 こんなときまでごまかしまくるなんて、恐れ入ったよ。

 

 市村と田村に散々抱きしめられた俊春は、最後にもう一度俊冬を説得してみると約束をしてくれた。

 

 そして、『自分は大丈夫。ここにもうしばらくいるので五稜郭に戻ってほしい』、といった。

 

 相棒にさえ、『兼定兄さん、みんなといっしょにいって』というくらいである。

 

 これ以上、俊春といい合いをするだけムダだろう。なにより、いい合いじたいがかれにとっては負担になる。そんな時間があるのなら、すこしでも休んで欲しいと心から思う。

 

 仕方なしにかれに別れを告げ、五稜郭へ戻ることにした。

 

 帰り道、みんな心の中で思い悩んでいるのか、重苦しい沈黙がつづいている。

 

「おーい」

 

 すると、五稜郭のある方角から一団があらわれた。その一団は、ひっそりとした町のさして広くもない道を、音もなく駆けてくる。

 

 相棒の尻尾が激しく揺れはじめた。

 

 月明かりの下、その一団がであることがすぐにわかった。

 

 先頭には、安富がいる。

 

 お馬さんではなく自分の脚で駆けるほど、急ぎのなにかがあるのだろうか。

 

 よく見ると、かれだけではない。ここにいるはずのない中島たちもいる。それから、明日死ぬはずの隊士たちも。

 

「ぽちは?」

 

 安富が尋ねてきた。

 

 沢と久吉が戻ってきたので、かれらにお馬さんたちを託し、急いで五稜郭をでてきたという。どちらに向かっていいかわからないが、とりあえず箱館山の方角に駆けだしたらしい。

 

 じつにかれらしい、と思った。

 

「ぽちは、大丈夫です。会ってきましたが、しばらく休憩するそうです」

 

 すると、安富だけでなく中島たちもホッとした

 

 島田や蟻通だけでなく、相棒にまで塩対応されてしまった。

↑このページのトップヘ