2023年10月

が、超イケてる。

 

「土方。おめぇ、目がくらんだりしねぇか?」

「はあ?」

「まあ、まだゆるされる範囲だな。つぎは斎藤っ」

 

 松本は、いまだびっくりしているの副長からとっととはなれ、その側でフリーズしている斎藤にちかづくと、同様に下瞼をめくった。

 

 ああ、そうだ。健康診断のときにされる、アレか。

 

 下瞼をめくるというのは、朱古力瘤 眼科でもされるが内科でもされる。

 眼科では、角膜の炎症や眼球の状態をチェックしている。一方、内科では瞼の裏にある毛細血管をみているのである。

 

 健康な場合、瞼の裏はマグロのトロのようにあざやかなピンク色をしている。が、血液中の赤血球の量がすくなかったりヘモグロビンの濃度が下がってしまうと、そこは白っぽくなってしまう。

 

 たしか、貧血が疑われるんだったっけ?

 

 って、思いだしていると、すぐ眼前に松本のがあって、下瞼をめくられていた。

 

 なんてこった。そこいらの剣士よりすばやいし、悟らせずに懐に入りこんでくるなんて。

 

 さすがは、最高最強の名医である。

 

 相手の状態をチェックするのに、悟らせることなくやってしまう。

 これならば、子どもに注射するのがうまそうだ。いや、大人だって注射嫌いや怖い人はいる。

 

 患者に悟らせず、ささっと注射できそうだ。

 

『あれ?もうおわってる?』

 

 注射された患者は、不思議がるだろう。

 

 それにしたって、再会の挨拶が健康状態のチェックとは、職業人すぎる。

 

 心から敬意を表したい。

 

 ひさしぶりに、これぞプロというところをみさせてもらった。

 

「兼定。動物は専門外だが、鼻はぬれてるし、舌は真っ赤だな。よしよし」

 

 しかも、専門外の相棒までチェックするとは、さすがはプロである。

 

「俊冬、俊春。土方と斎藤、それから蟻通と尾形と安富は、血虚の気があるぞ。鳥獣の臓物や黒豆や黒胡麻を喰わせろ」

「かしこまりました、法眼」

 

 松本のピシャッと音がでそうなほどの明快な指示に、俊冬が応じた。同時に、かれは俊春とともに頭を下げる。

 

 あらら。

 

 副長に斎藤、蟻通は貧血認定されてしまったってわけか。

 

 おれは、セーフのようだ。

 島田と相棒も同様である。

 

 そういえば、生まれたこのかた貧血を起こしたことがない。

 

 小学校や中学校の全体集会の際、校長先生のムダにながい話の最中に倒れる子がいた。みんなから「大丈夫?」と心配されるのと、保健室のベッドで午前中いっぱい眠れるということから、子ども心に貧血に憧れたものである。

 

 体質もあるんだろう。とくに鉄分をおおく摂取していたわけでもないが、貧血を起こすことはなかった。

にきてなお、貧血には縁がないらしい。

 

 もっとも、大人になったいまでは、健康体ということは誇るべきことであろう。

 

「よかったな、相棒。は、健康優良児ってわけだ」

 

 俊春の脚許でお座りしている相棒に、そうふってみた。

 

「ふふふふふふんっ!」

 

 すると、いつも以上におっきく鼻を鳴らされてしまった。

 

「そうはいっても、この状況じゃ生米一粒手に入らねぇわな」

 

 松本は、そう悲し気につぶやいた。

 

 そうなのだ。いくら最高の料理人がいても、食材を入手することがむずかしすぎる。

 

「土方。城にもどったら、ほかの連中もみるからよ。無論、傷病人も診るがな。は、俊冬と俊春がみてくれているんだろう?なぁ、二人とも?」

「恐れ入ります。なれど、われらはしょせん素人。法眼にみていただかねば……

「あいかわらずひかえめだな?なぁ、土方?」

「法眼。なにゆえ、そこでおれに問われます?」

「だってよ、土方。おめぇはひかえめとは正反対だ。そんなおめぇからすれば、二人のひかえめっぷりは驚愕に値するだろうが、ええ?」

をみる目も正確無比なようだ。

 

「これは……。一本取られましたな。いちいちもっともなことです」

 

 副長は、そんな松本にたいして苦笑するしかないようだ。「法眼、昨夜は……

「わかってるって。中将がもどってきてから、『すぐにでも若松城へまいり、傷病人を診てほしい』と沙汰された。それで、いてもたってもいられなくってな。すぐさま荷をまとめ、桑名少将を急かしていそいでやってきたってわけだ。中将の『すぐにでも』っていう言の葉どおりにな」

 

 松本は、副長がいいかけたところにかぶせていった。

 

 そのときの情景が、

 松本は医師としてだけでなく、

もっとも、二人が敵に撃たれるようなことはないだろうし、かなり健康的な体のつくりをしていて、しかも健全で健康的な食生活の上に生活そのものが健康的なようだから、生活習慣病であろうがそれ以外の病であろうがぽっくり死ぬようなことはなさそうではあるが。

 

 ってか俊冬と俊春、二人で向き合ってなんか激しくいい合いをしていないか?

 

 もしかして、昨日の喧嘩のつづきでもしているのであろうか?

「 丘の頂上は、さほどひろくない。しかも、さえぎるものがなにもない。

 

 つまり俊冬と俊春は、とっくの昔におれたちがきたことに気がついているってわけである。

 

 とはいえ、子宮環 かれらのことである。たとえおれたちが隠れて忍びよっていたとしても、気がつくのではあるが。

 

 相棒が、脚許からおれをみあげている。

 

「ああ、そうだな。ぽちのところにいきたいよな」

 

 ジェラシーなんてことはないぞ。

 うん、そうだ。ジェラシーなんて、ひとっかけらもない。

 

 無理矢理、斎藤に負けぬほどのさわやかな笑みをにはりつけてみた。

 相棒のまえで両膝を折り、俊春メイドの首輪から綱をはずしてやる。

 

 相棒は、二人のもとへさっさと駆けていってしまった。

 

「主計。話があるのは、おれだけではない。あいつらも、おまえに話があるそうだ」

 

 えっ、なんだって?

 

 副長からの話とはこれからのことで、それはさっきのやりとりでもうおわったのかとばかり思っていた。

 

 俊冬と俊春からも、さらに話があるというのか?

 

 めっちゃ警戒してしまう。

 

「ならば、わたしはおらぬほうが……

 

 突然の「話があるの」っていう展開に絶賛ドキドキ中のおれの横で、斎藤がひかえめにいいかけた。

 

「いや、斎藤。おまえにもきいてもらいたい。あいつらも、おまえにもきいてもらいたいっていっている」

「はぁ……

 

 斎藤も、さわやかな笑みをこわばらせている。

 

 副長や双子から、いつものおちゃらけた、もといパワハラっぽい、もといいじりいびりいじめるっぽい雰囲気とはちがうものを、斎藤も感じているにちがいない。

 

「おい、おまえたち。なにをもめている?いいかげん、仲良くしたらどうだ。ったくもっと素直になりやがれ、ええっ?」

 

 相棒は副長が怒鳴っている最中でも、俊冬と俊春のまわりをうろついている。

 

 それはまるで、寡黙なお父さんが兄弟喧嘩をする息子たちを無言で威圧しているかのようだ。

 

 二人は、その副長の怒鳴り声でぴたりと口をとじた。それから、体ごとこちらにむきなおると、副長に頭をさげる。

 

「ぽちが、いうことをきかぬのです」

「たまが、いうことをきいてくれぬのです」

 

 二人は、同時に相手の非を訴えた。

 

 こういうところは、さすがに息がぴったりあっている。

 

「いいではないか。たま、すこしはぽちのいうことをきいてやれ。ぽち、すこしはたまのいうことをききいれてやれ」

 

 副長は、イケメンに苦笑を浮かべて兄弟喧嘩の仲裁を試みた。

 

「承知」

「承知」

 

 なにせ副長の命令である。

 俊冬と俊春は、本当は承知していなくってもそう応じるしかない。

 

 それから二人は同時ににらみあい、おなじタイミングでふんと鼻を鳴らした。

 

 シンクロどころか、タイミングがぴったりすぎる。

 

 なんやかんやあっても、やっぱ双子なんだ。

 

「島田たちものちほどやってくる。いまのうちに、話をおえておこう」

 

 副長が俊冬と俊春にいうと、二人は同時にうなずいた。

 

 いよいよである。

 

 心臓の鼓動がますますはやくなっている。おれの横で、斎藤が固唾をのんだのが感じられる。

 

「まずは、おれからの話だ。主計、おまえのことだ」

 

『おまえのこと』、だって?

 

 もしかして、相棒の散歩係をクビになってしまうとか?解雇通知を、叩きつけられてしまうのか?

 

 そうだよな。最近、相棒の相棒は俊春だし、おれってば散歩係の務めすらできていない。

 それどころか、場の雰囲気をあかるくするのだって、うまくできていないかも。

 

 それをいうなら、笑いの一つもとれていないんじゃないのか?

 

 だ、だめだ……

 

 心当たりがありすぎて、解雇通知を叩きつけられてもおかしくない状況ではないか。

 

 いやいや。よくよくかんがえれば、解雇通知ならまだマシかもしれない。

 

 腹斬れっていわれたら?いや、それもの死に方としてはまだマシである。

 

 ならば、だれかに殺らせる。

 

 ううっ……

 

 そういえば、このメンバーは……

 

 斎藤といい俊冬と俊春といい、いずれも暗殺はお手のものじゃないか。ついでにいうならば、暗殺じゃなくって正々堂々の斬り合いのすえに斬ってしまうっていうのも、お手のものである。

 

 だからこそ、このメンバーなのか?

 

 この三人を相手に、生き残れるなんてことはまずない。

 いますぐ地球が爆発するとか、そこまで大規模じゃなくっても、大地震で日本が沈没するとか、そんなことでもないかぎりは……

 

 だ、だめだ。

 

 俊冬と俊春にいたっては、たとえ地球が爆発しようとも、フツーに宇宙遊泳していそうだ。

 

 どっちにしろ、おれは死んでしまう。

 

「主計。おまえ、物語りでも書いたらどうだ?」

「はい?いいえ、だめですよ、副長。いくらおれがガチの文系でも、創作活動するほどイマジネーションがわくわけではありません。それだったら、まだお笑いを目指したしたほうがましかも……。でも、やっぱそれもダメですね。芸の道は、剣術以上に険しいですし。創作活動にしろ芸の道にしろ、それだけで喰っていけるのは、ほんの一握りですものね」

 

 どんなことでも、それだけで喰っていこうと思えば大変である。そりゃぁ、この

誤った情報が耳にはいれば、それを信じるのはあたりまえのことである。それこそ、ここにはテレビもラジオも新聞雑誌もネットもないのである。自分自身で情報を仕入れたり確認する術がない以上、周囲の言葉を信じるしかない。

 

 ゆえに、会津侯が楽観的であってもおかしくない、という結論にいたった。

 

 

 町がこれだけ人気がないということは、人々のおおくがはやめによその土地へと逃げていったのかもしれない。

 

 なぜなら、避孕藥香港 非戦闘員のほうがよほど情報通だからである。

 

 まえをあるく副長と斎藤の背をみつつ、会津侯が去ってから眠るまでにいえなかったことを、勇気をだしていおうと決意した。

 

 これだけは、いっておかなければならない。厳密には、謝罪をしなければならない。

 

 それは兎も角、いまのこの状況について、周囲の者は現実ではなく現実をオブラートに包むか、最低限のことしか会津侯に伝えていないのかもしれない。を感じるので、左脚許をみおろした。

 

 相棒が、いつもの定位置からおれをみあげている。

 

 俊春がいないから、いまはおれの側にいるしかないのである。

 

 に、わずかながら勇気をもらったような気がする。

 

 そういえば、ついさっきはおれの腹の上にのっかっていたし、ちょっとはおれのことを認めてくれているってことなのであろうか。

 

 相棒の突然のフレンドリーさにぶっ飛んでしまっていたが、さっきなにか夢をみていた気がする。

 

 懐かしいような、それでいてミステリアスな……

 

 思いだせない。

 

 まぁ、いいか。すくなくとも、いまはそんな夢を思いだしている場合ではないからな。

 

「あの、斎藤先生……

 

 だからこそ、気がくじけぬうちにそう呼びかけてみた。

 

 斎藤は、あゆみをとめることなく横顔をこちらへ向けた。副長もまた、あゆむ速度をゆるめることなく、イケメンの右半分をこちらにみせつけてくる。

 

 そして、二人が同時に横へずれて間をあけてくれたので、相棒とおれは自動的にその間にはいるしかない。

 

 なんか、親密な二人の関係に無理矢理土足であがりこんでしまっているようで、ビミョーな気分に陥ってしまう。

 

「主計、新八さんにいわれなかったか?『気にするな』、とな」

 

 右側から斎藤がいってきた。そのには、いつものようにさわやかな笑みが浮かんでいる。

 

 かれのそのは、思い悩んだ末に決断してそれを公表したことで、すっかり満足しきっているっていうふうにうかがえる。

 

 それであったら、おれもまだわずかながらでも救いになるのだが。

 

「ええ、いくども。それでもやはり、おれが告げなければ、永倉先生も斎藤先生も、副長についていかれましたよね?」

 

 ぜったいにそうしているはずである。ついでに、死ぬはずだった原田もついてきているはずなのだ。

 

 とくに原田の死の原因は、新撰組から抜けて靖兵隊に入り、そこを抜けて江戸にもどったからである。

 

 かれがから新撰組を抜けずにずっといっしょにいたのなら、それはそれで死を回避できたのかもしれない。

 

 逆にいうと、たとえいま、戦じたいからはなれて丹波にいるとしても、心臓発作とか強盗とか敵にみつかるとか地震や火事とか、不慮の事故や病気や自然も含めた災難に見舞われるとか、死ぬなんてことがあるかもしれない。

 

 なにが正解で確実か、なんてことはだれにもわからない。

 

 斎藤はおれの問いをスルーするつもりなのか、あるいはこたえられないのか、兎に角だんまりをきめこんでいる。

 

「申し訳ありません。おれがいらぬことをいったばかりに、斎藤先生の本意ではないことを強いてしまいました」

「謝罪は必要ない」

 

 かれは、ぴしゃりといった。再度、そちらへを向けると、さわやかな笑みなどかけらもないかれのをきかなかったとしても、わたしは会津に残る選択をした。それは、副長も同様だ。わたしが申さずとも、副長はわたしを残したはずだ」

「それは、おれに気をつかって……

「まぁ、きいてくれ」

 

 おれがいいかけたところを、かれにぴしゃりとさえぎられた。

 

「さきほども申したとおり、わたしは会津侯にも近藤局長や副長にも恩がある。うまく申せぬのだが、会津侯にはそれを返さねばならぬ気がするのだ。だが、近藤局長や副長には、なにかをして恩を返さずとも、わかってくれている気がしている」

 

 かれは、そこで言葉をとめた。

 

 おれの左側では、副長がずっとおしだまっている。

 

 この意外すぎる立ち位置は、正直居心地がよくない。

 

 土方歳三と斎藤一に相棒とおれがはさまれ、しゃべりの副長は一言も言葉を発しないし、さほどしゃべりではない斎藤がしゃべくりまくっている。

 

 もしかして、斎藤は先日の白虎隊の隊士たちへの説得の際、俊春の腹話術の人形役なって以来、しゃべりスキルにでも覚醒してしまったのであろうか。

 

 ってかんがえてしまうほど、かれの独壇場はつづく。

 

「主計、いまの意味がわかるか?否。きっとわかってはもらえぬであろうな」

 

 かれは一応、おれに尋ねているようだ。が、どうやらおれの返答はいらないらしい。

 

「たがいに信頼しあっているというかなんというか……。いや、会津侯のことを信頼していないとか、会津侯から信頼されていないという意味ではないぞ。なんというか……。そう、恩を返すとか返さぬとかせずとも、心を許しあっている。これだ。まさしく、これなのだ」

 

 かれは、そこでやっと着地したようだ。

 

 なにゆえか、ホッとしてしまう。

 

『ちゃんと自分の気持ちを伝えられてよかったね』

 

 いい子いい子しながら、かれをほめてあげたい。

 

「ゆえに、わたしは残りたいのだ。と申しても、おまえにはよく理解できぬであろうな。これは、副長とわたしとの間であるがゆえに成り立つのだから」

 

 かれには、まだ主張したいことがあるみたいだ。

でおれのまえに立った。  心の準備をするっていうよりかは、ついついかまえてしまう。  会津侯といえば、知事、いや、閣僚クラスの人である。  いろんな意味でドキドキしてしまう。  って緊張しているところに、おれの眼前に差しだされた掌……。  はい?  お、おれだけ握手?  さきほどの副長へのハグ同様、ショックをうけてしまった。 「戯れだ」  そのつぶやきとともに、ハグされた。  ってか、おれってば会津侯にまでいじられてる?  さらにショックをうけてしまった。 「相馬。俊冬や俊春、兼定とともに土方と新撰組を頼むぞ」  耳にささやかれた。  そのささやきは、おれがいじられているかもってことよりもショックをあたえた。  会津侯は、混乱しているおれからはなれてしまった。  避孕丸 おれは、会津侯にハグしかえすことすらできなかった。    それどころか、俊冬と俊春とともに去ってゆく会津侯の背を、ただ呆然と見送るしかなかった。  去りぎわ、副長が俊冬と俊春になにやら話をしていることには気がついた。が、混乱しまくっていてヨユーがまったくなかったので、意識はすぐに自分自身にむいてしまった。 「斎藤、話はあとだ。すぐに全員を呼んでこい。話をしておかねばならない」  副長は会津侯を見送った後、すぐさま斎藤にそう命じた。    戦によるつかれで、とっくの昔に夢のなかである隊士もおおかったようである。ほとんどの者が眠いをこすりながら、あるいは寝とぼけてふらふらしつつ厩に集まってきたのは、副長が命じてから十五分も経っていないころであった。 伝習隊は、ほかの大部屋で眠っているそうだ。  副長LOVEの大鳥も、今宵ばかりはさすがにつかれて眠っているという。  集まってきた隊士たちか、厩のまえにならんでいる。そのなかには、当然のことながら市村と田村、沢と久吉もいる。  副長は、全員を見渡しながら事情を説明した。 「斎藤と三番組に残ってもらうつもりだ。しかし、これは強制じゃない。三番組のなかで、もしもついてきたいがいれば、ついてきてくれ。あるいは、三番組以外のがいれば、ついてきてくれ。あるいは、三番組以外のたちの反応はわかっていたのである。ゆえに、なにもいわずにそういった。  そして、残りたいという者はいない。  で、そうそうに解散となった。  朝は、寝坊してもいいということになった。動きつづけてきた、せめてものご褒美である。  俊冬と俊春が、会津侯を見送ってから再度物見にゆく。その結果次第では、半時(約一時間)でも一時(約二時間)でも、体を休めることができるかもしれない。  隊士たちは、それぞれの寝床へともどっていった。  とはいえ、布団はなく、一人当たりのスペースも狭すぎる。みな、体を丸めるようにして雑魚寝をするしかない。  それでも、地面の上に筵敷いたり、筵すらない状態で身を横たえるよりかはよほどマシであろう。  斎藤やおれとの話は、起きてからにするらしい。  おれたちも、とりあえずはひと眠りすることになった。  俊冬と俊春には申し訳ないが、もう立っているのも正直つらい。ってか、瞼をひらけているのも限界である。  それは、副長も同様のようである。    いつもだったら、書状を読んだり書いたりする副長なのに、このときばかりはめずらしくゴロンと横になると、ソッコーで鼾をかきはじめた。  イケメンでも鼾をかくのである。 。おまえにもどってきてもらいたいし、剣道でも活躍してもらいたいって思っている。その気持ちにかわりはないが、おまえ自身のことをかんがえると、やはりいまの環境のほうがいいのかもしれんな」  ある夜、 「なぁ、が相棒に沢庵をやりながら、そうつぶやいた。    おれをみることなく、相棒のまえで両膝を折り、相棒の頭をなでつづけているの小ぶりの背は、いつにもましてさみし気にみえる。 「兼定が護ってくれる。なぁそうだろう、兼定?おれでは、護りきれない」  つづけられた言葉に、すくなからず動揺した。 のせいではない。    おれがしくじったからである。  なにかいわねば、と口をひらきかけたとき、  おれが心臓のちかくを撃たれて死線をさまよったのは、なにもの仇は、あいつらがとってくれる。あいつらなら、ぜったいにやってくれる。そして、肇のことも護ってくれる」  そのささやき声は、おれにというよりかはが自分自身にいいきかせているようだ。 とは、おれの親父のことにちがいない。  混乱しているおれにはなにもいわず、は、訓練所のボロボロのアルミ製の扉をひらけ、でていってしまった。  なにかがのっている。お、重い。体の上で、なにかが足踏みをしている感覚……?  はっとした。覚醒したっていっていい。 「ギャーッ!」  ちいさなおれが、おれをみている。叫んでから、おれをみているおれが、

入口とは反対側が、厩との出入り口になっていて、いつでもいききできるようになっている。

 

 あいかわらず「できすぎる男」俊冬は、おれたちが厩にやってきてからすぐ、どこからか鉄瓶や湯呑みを調達してきた。

 

 いま、その七輪の上で鉄瓶が「シューッ」とちいさな音をたてている。

 

 俊春が鉄瓶から白湯をそそぎ、控え部屋の上座で胡坐をかいている会津侯のまえにその湯呑みをおいた。つづいてその会津侯の右斜めまえに正座している副長のまえにも、それをおく。

 

 おれたちは、テキトーに左右にわかれて正座する。

 

 俊春は、安全期 盆を土間にあるちいさな棚の上においてからおれの横に正座した。

 

「会津侯、かような時期にいかがなさいました?お呼びつけいただければ、すぐにでもまいりましたものを……

「土方、みなまで申すな。かようなことは、わたし自身が一番よく心得ておる。しかし、隠れ

 斎藤のでは、もはや自由がない。呼びつけるどころか、屁を一つこくこともかなわぬ。もう間もなく、にうつるであろう。が、それも今日あすのことではないのでな」

 

 会津侯の苦笑まじりのジョークに、副長はやさしい笑みを浮かべて応じる。

 

 白河城を落とされてから、会津侯や側近たちは秘密の隠れ家にうつっているらしい。

 味方にすら伝えていない場所で、一時的な滞在先である。

 

 おそらく、若松城に逃げ込んでいる将兵をある程度減るまでまっているのだろう。

 寝泊まりする場所もないのである。くわえて、いろんな連中が入りこんでいる。そこに会津侯があらわれたら、不届きなかんがえを抱く馬鹿もいるかもしれない。あるいは、から不届きなことをするつもりでいる馬鹿がいるかも。

 

 それは兎も角、会津侯が語った『自由がない』というのは、敵に追いつめられ、八方ふさがりの状況だからというだけではない。

 

 敵の間者や刺客がまぎれこむだけではなく、味方がを狙ったり、情報を得ようとするかもしれない。

 

 会津侯の自由というよりかは、会津侯自身の存在があらゆる意味で問題なのである。

 

 いまこのタイミングで、会津侯みずからが公式に新撰組の副長を、じゃなかった局長を呼びつけるのは不自然だし、非公式にしたって周囲の目をごまかすのはむずかしいだろう。

 

 それにしても、俊春はよく会津侯を連れだせたものだ。

 

「熱がでてしもうた」

 

 会津侯は、おれの疑問にこたえるかのように口をひらいた。

 

 燭台の一つもない。小皿の上に蝋燭を一本立てただけのうす暗い室内である。そんな灯りのなかであっても、編み笠をぬいだ会津侯のは憔悴しきっているのがわかる。

 

 いたいたしいまでのである。

 

 ってか、おれは会津侯にまでよまれているってか?

 

「せめて一夜、床に伏せさせてくれと泣きつかねばならなんだ。の口添えのおかげで、どうにか伏せることができたわけだ」

 

 会津侯は、そういってからつかれきったようなかわいた笑声をあげた。

 

 という将軍の侍医だった蘭方医である。近藤局長や副長と懇意にしていて、明治期には永倉の要請で二人の供養塔を建立する。

 かれ自身、腕の立つ蘭方医のため、いまは旧幕府軍に与しているが、明治期には明治政府に出仕して大日本帝国陸軍の初代軍医総監となるのである。

 

 そんな活躍だけではない。かれは、世のなかに牛乳の摂取をすすめたり、海水浴をひろめたりと、ちょっとかわってもいる。

 

 それを思えば、『牛乳命』の親父の信奉の対象でもあるわけだ。

 

 それは兎も角、松本が会津侯の願いをうけ、このおしのびに一役かってくれたってわけだ。

 

 しかも、護衛が俊春である。万の兵に護られているより、よほど頼りになるし確実である。

 

 副長はその会津侯の説明に、無言でおおきくうなずいただけである。

 

 そこまでしてわざわざ会いににきてくれた……

 

 感激しすぎて言葉がでず、そんなリアクションしかできなかったにちがいない。

 

 そして、それをみた会津侯も、ホッとした

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