2023年10月

 野村あらためジョンが、ノリが悪いとばかりにあおってきた。

 

 って、なんで『受け』なんだよ?ってかそれってば、名前でも二つ名でもないし。

 

「So bad」

 

 気分がいいわけがない。

 

「ホワイ?」

「いいかげんにしてくれ。植髮香港 ふざけている場合じゃないんだ」

「だから、なぜ?なぁ、なぜだ?なぜなぜなぜ?」は、いつから保育園になったんだ?

 

 三歳児がおおすぎる。

 

「鉄におれの気持ちが伝わらないんだよ」

「な、なんだって?」

 

 野村あらためジョンのやつ、いくら外国人、ってか異国人かぶれしているからって、驚き方がおおげさすぎる。

 

「おまえ、大丈夫か?」

「なにが?まぁ、ある意味大丈夫じゃないけど」

「いくらなんでも、鉄はまだ餓鬼だぞ。その餓鬼に懸想するなどとは……。おまえはオールマイティーなんだな」

「はああああああ?おま……、なにトンチンカンなこといっているんだよ。そっち系なわけがないだろう?」

 

 やはり、話がややこしくなってきた。

 いや、すでになっている。

 

 ダメだ。話ができる以前にまったく通じないのである。

 

 相手にするだけ時間のムダだ。

 

 軍服の胸ポケットからマイ懐中時計を取りだした。

 

 称名寺をでてから、すでに三十分は経過している。

 

 相棒を、遠方のドッグランに連れていっているわけではない。

 もう間もなく、朝餉もはじまるだろう。

 

 タイムアウトだ。

 

「鉄、もういいよ。後ほど、あらためてぽちたま先生から話をしてもらうから。そろそろもどろう」

 

 なんの成果もなかった。

 

 がっくりしながら、かれらに背を向けた。

 

「主計さんっ!」

 

 市村にするどく呼ばれ、『まったくもう。なんだよ?』って思いながら体ごと向きなおろうとした。

 

 その瞬間、なにかがぶつかってきた。

 

「いやだよ。一人にしないで。どこにもいきたくない。において。いい子にするから。ちゃんと熱くて濃いお茶をいれるから、から放りださないで」

 

 市村である。

 

 かれは、おれの肩に顎をのせ、泣きじゃくっている。

 

 そうか。ちゃんと理解していたんだ。かれなりに動揺を隠し、明るく振るまおうとしていたんだ。

 

 ってかやっぱ背、抜かされているじゃないか?

 

 フツー、抱きついてきたら胸のなかで泣きじゃくるよな?

 

 それが、おれの肩に顎をのせてる?

 

 これが俊春だったら、頭の上に顎をのせて泣きじゃくるんだろうな。

 

 そんな個人的なショックは兎も角、とりあえずかれに腕をまわして抱きしめかけた。

 

 慎重にならなければ、野村あらためジョンの大馬鹿野郎に、おれが世紀の変態野郎ってな勢いで、あることないことデマを拡散されてしまう。

 

 そうなれば、BL的黒歴史だけでなく、性犯罪者的黒歴史まで刻まねばならなくなる。

 

 野村あらためジョンにを向けると、案の定ニヤニヤ笑いながらこちらをみている。

 

 田村はその隣でもらい泣きしているし、相棒はすました狼面でこちらをみている。 こういうシチュエーションでは、市村を抱きしめてやって『よしよし』するのが、正しい対処方法のはずだ。

 

 だが、それはセクハラにあたる場合がある。

 

 野村あらためジョンは、高確率でそれをセクハラ認定するだろう。

 

 いや、そんななまやさしいものではないかもしれない。

 

 少年性愛者認定する。

 それでなくとも、認定をしかけている。

 野村なら、千パーセントの確率でする。

 

 ならば、どうすればいい?

 

 なんらかのリアクションをおこさなければ、市村は自分が見捨てられると判断してしまうかもしれない。

 

 そんなことはさせてはならない。

 

 だったら、どうしろっていうのだ?

 

 たとえおれが性犯罪者呼ばわりされることになっても、市村をギュッと力いっぱい抱きしめ、「そんなことはないよ」といってささやくべきだ。

 

 そう。そうすべきだ。

 

 唾を吞み込んでしまった。緊張する。

 

 なにゆえ、ハグをするのにこんなに勇気が必要なのだ?覚悟をしなければならないのだ?

 

 しかも、宙ぶらりんになっている両腕がめっちゃつかれてきている。

 

 そして、ついに市村を抱きしめようと腕を動かしはじめた。

 

 が、その瞬間市村がすっと離れてしまった。唐突に、である。かれはそのまま両膝をおると、いつの間にかちかづいてきていた相棒をぎゅぎゅぎゅーっと抱きしめた。

 

「やっぱり、主計さんより兼定だよね」

 

 そして、かれは衝撃的な一言をのたまった。

 

「兼定と離れたくないよ。いっしょにいたいよ」

 

 相棒は市村にむぎゅーっと抱きしめられつつ、こちらを下から目線でみている。

 

 その勝ち誇った感満載の狼面を目の当たりにし、敗北感がぱねぇ。

 

 だが、クールな大人のおれは、そんなことをおくびにもださない。さらには、器のでかいおれは、笑顔で神対応しなければならない。

 

「鉄、気持ちはよくわかった。できるだけそうならないよう、ぽちたま先生と話をしてみるから。それと、このことは副長には内緒だぞ。もしも、副長がこのことでなにかいってきたら、はじめてきいたふりをするんだ。銀、おまえもだ」

 

 念をおしておかなければならない。

 

「うん。わかったよ、主計さん。鉄っちゃん、ぽちたま先生がいるんだ。きっといっしょにいられるよ」

 

 田村はシャツの袖で涙をぬぐうと、こちらに駆けてきつついった。

 

 はいはい。ぽちたま先生がうまくやってくれるさ。

 

 大人なおれは、そんなことはちーっとも思わない。

 

 そのかわり、さらに笑顔を満面に浮かべた。

 

「主計。おまえ、

BL関係ではありませんので」

 

 そのとき、伊庭が断言した。

 

『まだBL関係ではない』

 

『まだ』、という一語が、頭と心のなかで反響しながらリピートされまくっている。

 

「よかったな、主計。まだがあるではないか」

「さよう。もっと積極的にすべきだ」

 

 島田と蟻通が声をかけてくれた。

 

「主計、子宮環 そうだぞ。押しまくれ。押して押して押しまくって、さらには押し倒しまくってモノにしろ。おれみずから応援してやる。ありがたく思え」

 

 さらには、副長が謎応援をしてくれた。

 

 ってか、押しまくって押し倒しまくったら、ただのイタくてヤバいやつじゃないか。

 

 しかも、めっちゃ上から目線だ。

 

 いくら副長だからって、どれだけ上からなんだ?

 

 ってか、おれだって誤解だっていいたい。

 

 おれには、どうでもいいことだ。

 

 だって、おれはBLではないんだから。

 

 伊庭が人見と付き合うようになろうとBL関係になろうと、おれには関係のないことだ。

 

「またまた、強がりをいって」

「あきらめるな」

「落ち込むな」

「自分の気持ちに嘘をついたらダメだよ」

 

 俊冬、島田、蟻通、俊春が、順番にいってきた。

 

「なんなら、おれみずからが人見さんを始末してもいいぞ。主計、そうすりゃ八郎はおまえ一人のものだ」

 

 さらには、副長である。

 

 いや、まって……

 

 そんなこと、めっちゃ韓流ドラマ的展開じゃないか。

 

「あ、だったら、勝太さんがわたしの影武者になるっていうのはどうでしょう?」

 

 そのとき、伊庭がきらきら光る笑顔でそう提案してきた。

 

 なんだか遊撃隊の、ってか人見と伊庭の闇のように濃く深い関係を垣間見たような気がする。

 

 

 そんなおどろおどろしいやり取りを経て、ようやく打ち合わせをちゃんとおこない、それが終った。

 

 マイ懐中時計は、丑三つ時を示している。

 

 打ち合わせでは、俊冬と俊春が綿密に下調べし、手書きで記した地図をみつつ、マジでこの後の戦いについて話し合った。

 

 それにしても、俊冬と俊春はさすがすぎる。

 

 二股口だけにとどまらず、ちゃんと木古内方面までつぶさに見てきているのだ。

 

 その時点で、二人の頭のなかで新政府軍との攻防の様子を思い浮かべていたのだろう。

  木古内で戦うのは、遊撃隊だけではない。

 

 大鳥率いる伝習隊や彰義隊や額兵隊など、逃げてきたり吸収したりといろんな隊がより集まって激戦を繰り広げる。

 

 そこで散る兵の数はすくなくない。

 

 そのすべてを救うことは無理である。

 

 だが、一人でもおおくの兵を救いたい。

 

 結局は、俊冬と俊春に頼るしかない。

 

 おれには、たった一人すら護れないかもしれないからだ。それどころか、自分自身だって護れないかもしれない。

 

 実に情けない話である。

 

 つくづく思い知らされる。

 

 

 夜も遅い。ってか、深夜である。

 

 人見も伊庭も、今夜はお泊りである。

 

 ひと眠りしてから、遊撃隊に戻るらしい。

 

 というわけで、かれらと島田と蟻通は、副長の部屋で鼾をかいて眠っている。

 

 狭くて場所がなくなってしまったこともあるが、寝そびれてしまった。

 

 副長に話があるといわれた。

 

 俊冬と俊春も同様である。

 

 副長はどこかに去ろうとするかれらを呼びとめ、称名寺の境内にある井戸へと移動した。

 

 井戸端だと、話し声が屋内にまで届くことはない。

 

「鉄のことだ」

 

 おれたちを前にし、副長は開口一番そういった。

 四人というのは、相棒も含まれている。

 

 市村のことは、俊冬と俊春も了解済みである。

 

「おれから鉄に話しましょうか?」

 

 俊冬が控えめに申しでた。

 

「いや。やはり、おれ自身が命じるべきであろう?」

「どうしても脱出させないといけないのですか?」

 

 俊春のいまの問いで、かれもまた市村を遠くにやりたくないのだと察した。

によって遺品とやらを託した後、丹波にゆくよう命じるつもりだ」

「それは、おれたちもかんがえていました。なんでも、鉄は数年後に死ぬ可能性があるとか。文を添えて丹波にやれば、原田先生たちがうまくやってくれるでしょう。向こうにいるみなさんもおおよろこびされるはずです」

 

 俊冬も、おれとおなじことをかんがえていたんだ。

 

「ああ、そうだな」

「鉄がいなくなると、銀も寂しくなりますよ」

 

 俊春は、実は自分が寂しいくせして、つぎは田村のことをもちだしてきた。

 

 うん。気持ちはわかるけどね。

 

「ただ日野にやるだけなら、そこは省いてもいいだろう。だが、副長の所持品を託さなければならないんだ。省くわけにはいかないだろう」

 

 俊冬が俊春をたしなめると、俊春はシュンとした。

 

「わかっている。わかっているけど……

「じつは、日野にゆくのは鉄だけじゃありません。安富先生が手紙、いえ、文を

「主計の案だが、

 さらには、どう攻守すればいいかまでイメージできたはずだ。

じゃないからね」

「はああああ?じゃあ、雑菌がないっていうのか?いや、そこじゃないぞ。ぺろぺろっていう行為が問題なんだ」

「いいじゃない。鼻、なんだから。それとも、ぼくだからイヤなの?ああ、そうか。八郎君に、鼻以外のところをなめてもらいたいん……

「馬鹿っ!やめろっ」

 

 いまや俊春は、ささやき声ではなくフツーの声量でしゃべっている。しかも、いまこのとき、室内にいるだれもなにもしゃべっていない。

 

 つまり、全員が俊春の言葉をしっかりきいている。

 

 あいにく、避孕藥香港 ここで耳がきこえないのはしゃべっている当の俊春だけで、それ以外は難聴でも耳垢がつまりまくっていることもないだろう。

 

 そのことに気がつき、頭ごなしにけなしてしまった。しかも、立ち上がって怒鳴り散らしてしまった。

 

 めっちゃするどいが突き刺さった。

 

 いつの間にか、相棒が縁側に前脚をのせ、おれをめっちゃにらんでいる。

 

「ひどい」

 

 俊春は、を上向け、いまにも涙がこぼれ落ちそうになっている。

 

「い、いや、ごめん。だって、あらぬことをいいだすから……

「ぼくは、ぼくはただきみの鼻の傷のことを心配しているだけなのに……

 

 ついに、かれのをうるうるさせている。かっこかわいいから大粒の涙がこぼれ落ちた。

 

 くそっ!またもやはめられた。

 

『カチカチカチカチッ!』

 

 そのとき、縁側から音がきこえてきた。

 

 おそるおそるみると、相棒が爪で廊下をたたいている。

 

 いまにも飛びかかってきそうだ。

 

「あーあ、泣ーかした」

 

 蟻通がつぶやいた。

 

「気の毒なぽち」

 

 島田もまたつぶやく。

 

「この野郎っ、かわいいぽちをいじめやがって」

 

 副長は自分が原因なのにもかかわらず、まるでおれが副長の愛犬を棒でぶっ叩いたかのように非難してきた。

 

……

 

 さらには、俊冬などは無言のままおれをじーっとみている。

 

 ダメだ。

 

 鼻を刀で突かれたくらいではすまなくなってしまった。

 

「それで、あらためて今夜お招きしたのは……

 

 どうやら、振りだしに戻ったようだ。

 

 散々けなされ、無言の非難を受けてしまった。

 その傷心のおれの耳に、俊冬の説明の声と俊春が鼻をすすり上げる音がまじりあって入ってくる。

 

 おれのとしての尊厳は、だけ現代に戻ってしまったのかもしれない。

 

 踏みにじられたり、ぼろぼろバラバラにされるほどのものすら、もはや残っていない。

 

「たま、だれかさんのせいで夜が明けちまう。さっさと本題にはいれ」

 

 俊冬がいいかけたところに、副長が急かした。

 

 ってか、おれのせいじゃないよな?

 

 おれのせいじゃないじゃないか。

 

 心のなかで無実を叫んだ。

 

 どうせダダもれだ。

 

 とくときいてくれ。

 

「承知しています。くだらないことでときを費やすのも馬鹿馬鹿しいですからね」

 

 が、俊冬はそれを見事なまでにスルーしてしまった。

 

「人見先生、八郎君のことでお話があるのです」

 

 俊冬が、核心をきりだした。

 

「まさか、八郎だけ新撰組にほしいとか?」

 

 人見は、驚愕に目をみはった。

 

「それならば人見先生、あなたもお誘いいたしますよ」

「それをきいて安心したよ」

 

 はい?

 

 人見は、さっきのやりとりをみていなかったのか?

 

 それとも、かれのは節穴なのか?

 

 どうして、さっきのやりとりをみたにもかかわらず、に移りたい、入りたいって思うのか?

 

 気がしれない。

 

「だまりやがれ」

「だから、なんにもいってませんってば」

 

 副長にいまの心のつぶやきをダメだしをされてしまったから、思わずいい返してしまった。

 

「八郎君。きみのために人見先生におれたちのことを話し、協力を得ようということになったんだ」

 

 俊冬が断りを入れると、伊庭は無言でうなずいた。

 

 そのうなずきを確認し、俊冬はまずおれたちの正体を明かした。

 

 ってか正体を明かすって、なんだかカッコよくないか?

 

 まるで、創作にでてくる謎めいた人物みたいだ。

 

「実際はずいぶんとちがうけどね」

「シャラップ、ぽち」

 

 いつの間にか泣き止んだ俊春が、ぽつりとつぶやいたのでダメだしをしてやった。

 

「ひどいや。ぼくがちょっと年少だからって、いじめないでよ。そりゃあ、きみは年上好みだよ。だからといって、そんなに邪険にしなくっても……

「だからだまれって、ぽち」

「おまえがだまれ、主計っ!」

「ちょっ……。副長、ひどいですよ。ぽちがちょっかいをだしてくるんです。叱るなら、ぽちを叱ってください」

「あああああああ?かわいいぽちを叱れるかっ!」

「はああああああ?じゃぁ、おれはかわいくないんですか?」

「かわいくない」

 

 ソッコーで肯定されてしまった。

 

 なにゆえだ?

 

 おれのどこがかわいくないっていうんだ? 伊庭がキラキラしているだなんて、おれはこんなときになにをいっているんだ?

 

 自分で自分にダメだしをしている間に、伊庭はさきほどより激しく人見を揺さぶりはじめた。

 

「脳に、頭の中にある血の管にふくらみができて、それが突然破裂することです」

 

 俊冬が沈着冷静に解説してくれた。

 

 が、伊庭はきいちゃいない。さらにさらに激しく、人見を縦に横に揺さぶりまくっている。

 

 こりゃダメだ。

 

 助かるものも助からない。

 

 絶望的になった途端……

 

「フガガ、フガ?おや?」

 

 人見が頭を上げたのである。

 

「勝太さん。その癖、いいかげんにしてもらわないと」

「ああ、すまない。またやってしまったか。腹がいっぱいになって、ついやってしまった」

「やってしまったなんてものじゃありませんよ。まったくもう。不気味すぎますし、人騒がせすぎます。ほら、ごらんなさい。みなさん、驚きまくっていますよ」

 

 伊庭は、唖然としているおれたちを分厚くて剣ダコのできている掌で指し示した。

 

「これは、申し訳ありません」

 

 人見がテヘペロった。

 

「いったいなんだったんだ、いまのは?」

 

 副長が、おれたちの疑問をぶつけてくれた。

 

「人見さんは、

 島田はこの戦がおわったら、しばらくは謹慎生活を送ることになる。その後、京に赴いて剣術道場をひらいたり、レモネード屋や雑貨屋などをひらいたりする。

 

 まぁ、そのどれもが流行らなかったらしいけど。

 

 これらはウィキに記載されている情報ではあるが、なにゆえレモネード屋なのか?甘酒でも冷やし飴でもなく、なにゆえレモネード屋なのか、いつも不思議に思っていた。

 

 まるでアメリカの子どもたちが、お小遣い稼ぎに自宅のまえで売ったりするみたいだ。

 

 それは兎も角、かれはそういう経緯を経て、最終的には西本願寺の夜間警備員を勤めることになる。

 

 そして、そこで倒れて死んでしまう。

 

 西本願寺は、避孕丸 いっとき新撰組が屯所を構えていた。

 

 ゆえに、かれにとっては思い出の場所になるわけだ。

 

 そんな島田の将来は兎も角、かれの食にかける情熱と探求心には頭がさがる思いである。

 

 ちなみに、あとで俊冬に尋ねみた。

 

 人見と伊庭と蟻通のコーヒーには、砂糖とミルクをたっぷりいれて呑みやすいようにしたらしい。

 

 それだけでもコーヒーではなくなっている気がするが、島田のには砂糖とミルクを信じられないくらい大量に投入したとか。

 

 それこそ、砂糖を溶かすのにかなりの時間と労力を必要としたほどに。

 

 これもウィキに載っているが、島田は大の汁粉好きである。その好きさ度といったら、半端なかたらしい。自分で鍋いっぱいの汁粉をつくり、ぺろりと平らげたらしい。しかもその汁粉には、糸をひくほど大量に砂糖を入れていたとか。

 

 めっちゃ体に悪そうだ。

 

 そんな島田を横目に、おれもいただくことにした。

 

 まずはコーヒー。

 

 俊冬と俊春は、おれのにはなにも入れてくれていない。

 

 このまずさも、すっかり慣れてしまった。

 

 すくなくともいまこの時代で呑むにはなんら問題がないほど、このなんともいえぬ味わいに慣れてしまっている。の味覚って、えらいものだ。

 

 つくづく感心してしまう。

 

 つづいて、パウンドケーキを喰ってみた。

 

 ほどよい甘さだ。島田のように、卵のまったり感とやらはわからないが、甘さ控えめのこの洋菓子ならいくらでも喰えそうである。

 

 コーヒーにもよく合っている。

 

 ってか俊冬と俊春は、めっちゃ甘いパウンドケーキと甘さ控えめのパウンドケーキの二種類をつくったということか?

 

 さすがは俊冬と俊春である。

 

「うまいよ。どちらも最高だ」

 

 いつものごとく、自分たちは喰わない。ゆえに、いま二人は廊下に控えている。を向けていうと、二人は同時に笑顔になってうなずいた。

 

「ってか、また太りそうだ」

 

 それから、つぶやいてしまった。

 

 実際、太ったかどうかはわからない。心情的には太っていない。これだけ体を動かしているんだ。それに、さほど高カロリーなものを爆喰いしているわけでもない……

 

 たぶん、太っていないはずである。

 

 というよりかは、太りようがないというわけである。

 

「そういえば、副長はまた太ったんじゃないですかああああああああっ!」

 

 いいきらぬうちに、「兼定」の切っ先が鼻の頭を突いた。

 

 もちろん、いまの「兼定」は、相棒のことではない。

 

「てめぇっ、いまなんつった?」

「ひいいいいいいっ、な、な、なんにもいっていません」

 

 副長はおれの懐に入る手前で片膝をつき、「兼定」を神速で抜き放って突いてきたのである。

 

 ってか、シンプルにすごいじゃないか。副長に、これだけの技を発動させたおれも、すごくないか?

 

 しまった。いってから思いだした。

 

 副長に、「太った」発言は禁句だった。

 

 以前、近藤局長や永倉が「太ったんじゃないか」って指摘したことがあった。すると、副長はブチギレたのである。

 

 あのブチギレかたは、まるで近藤局長と永倉に一族郎党を皆殺しにでもされたかのようなキレかただった。

 

「ふ、副長。すみません。ちっとも思ってもいないことをいってしまいました」

 

 鼻先から、切先をどけていただきたい。

 

 それでなくっても、白人みたいにすらっと鼻筋の通っている高い鼻なのである。

 傷つきでもしようものなら、チャームポイントが一つ減ってしまう。

 

「この大噓つき野郎の鼻ぺちゃ野郎」

 

 刹那、切っ先が鼻をつんとついた。

 

「ぎやあああああっ!鼻が、鼻が、鼻が削がれたーーーーっ。ぽちたま、なにをやっているんだ?はやく、はやくおれを助けてくれ」

 

 おれが理不尽きわまりない暴力にさらされているというのに、俊冬と俊春は縁側から部屋に入ってきて、人見や伊庭にパウンドケーキの蘊蓄を語っている。

 

「大丈夫」

 

 俊冬がだけこちらに向け、謎断定した。

 

「だって、きみの鼻低いんだもの。削がれるほどのものじゃないよ」

 

 俊春もまたかっこかわいいをこちらに向け、世の無常きわまりないことをいいはなった。

 

 信じられん。

 

 きみらは、おれを護るはずではないのか?

には金塊があるのか?」  副長は、おれのシャツの襟首をつかんではげしく揺さぶりはじめた。「主計、きみは現実とコミックの話がごっちゃになっているよ」 「にゃんこの言う通りだね。じゃあ、その辺から白い狼がでてきたり、かわいらしい少女がでてきたりするんだ」  俊冬と俊春にツッコまれてしまった。  二人のいうとおりである。  蝦夷、というよりかは北海道、アイヌ、それから土方歳三とくれば、「ゴールデ〇カムイ」しかないでしょう? 「いやー、すみません。いまのは漫画の話です。金は戦国時代くらいにはあったかもしれませんが、いまは砂金程度かも。それも、みつけようとしてもなかなかむずかしいかもしれませんし」 「ちっ、ぬかよろこびさせるんじゃないよ」 「副長って、意外と俗っぽいんですね」 「ああああ?どういう意味だ?」 「だって金塊に喰いつくなんて……」 「そりゃぁそんなものがあれば、軍資金の足しになるだろうが。無理矢理関所を設けて人々から金子を巻き上げたり、豪商からなかば奪うようにして物資を援助してもらったり、異国人に頭をさげてなにかしらを提供してもらったり、などということをせずにすむ。自身らの軍資金は、ある程度自身らで賄う。それが一番いいだろうが」yaz避孕藥「ごもっともです。すみません」  素直に謝罪した。ついつい興奮してしまってぺらぺらといらぬことを囀ってしまった。 「それで、なにゆえアイヌの集落に?」 「ああ、敵に協力だけはしてもらいたくないからな。敵は、の地理に疎い。にいた松前藩の連中だって、くまなく知りつくしているわけではない。だとすれば、地元のを雇うのが一番だ。おれたちに協力してくれなくていい。せめて、敵にも協力してもらいたくない。それを頼みたかったんだ」  なるほど。この辺りを統治していた松前藩も、蝦夷の地を開拓していただろう。だが、知りつくしているわけではない。  まったくもって副長のいうとおりである。  こういう駆け引きっぽい面での洞察力、機転を利かせるところはさすがである。 「それならば副長。副長の名代として、おれとわんこがいってまいります」  俊冬が提案した。  それもそうだろう。  本土からおしよせてきた和人のリーダー格が突然のりこんでいっても、アイヌの人たちが歓迎してくれるとは到底思えない。  それどころか、かえって警戒させてしまう。 「それに副長。それならば、休日になりません」 「おっと、そうだったな。ならば、頼むとしよう。そうだな。これから称名寺にいってみるか」  俊冬の指摘ももっともである。  副長はそれを認め、結局、いつものパターンに落ち着いた。  現代のように娯楽がない。することがないのである。 「ならば、おれたちはさっそくいってまいります。敵がやってくるのも間もなくです。はやいほうがいいでしょうから」 「すまぬな。だが、伝えたらすぐに称名寺にきてくれ。いいな?」 「承知。クロスボウもあることですし、なにか獲ってからいきます。陸で獲れなければ、海で魚を獲ってもいいですし。夕餉、愉しみにしておいてください」  俊冬がいい、俊春とともにずぶ濡れ状態でアイヌの集落へと向かっていった。  そして、おれたちは称名寺へと向かった。  称名寺にゆくと、ほとんどの隊士がみまわりにでていた。  なにもすることがなくて暇だからと、市村と田村もみまわりにくっついていっているらしい。 「そういえば、鉄がどうのこうのっていっていたな?」  なにゆえか境内をウロウロ落ち着きなくあるいている副長が、思いだしたようにいいだした。  そうなのである。すこしまえに、市村の今後のことを伝えようとしたのだ。  が、途中でだれかがやってきて中断してしまい、話が宙ぶらりんになっている。  話すなら、いまがちょうどいいだろう。  だから、市村のこれからについて話しをしてきかせた。  史実では、市村はもう間もなくを脱出する。  おそらく、史実での副長は自分たちが負けることを予感していたのかもしれない。それから、自分が死ぬことも。  市村もムダに背が伸びて成長しているとはいえ、まだまだ子どもである。  最後まで側にいさせるのは、不憫とかんがえたのかもしれない。  市村は、副長の分身ともいえる佩刀の「兼定」と、例のムダにカッコつけている洋装の写真を託されて蝦夷を脱出し、日野の副長の実姉と義兄に届けるのである。  その後、市村自身は実兄で元新撰組隊士のと出身地で再会し、そこで病死したと伝えられている。が、西南戦争で薩摩側に加担し、戦死したという説もある。  病死の説であればニ十歳で、西南戦争説なら二十三歳でこの世を去ることになる。  どちらにしても、死ぬにははやすぎる。

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