2023年09月

で副長をみつめている。

 

「おそれながら、いりませぬ」

 

 そのとき、俊春がかっこかわいいにさわやかすぎるほどの笑みを浮かべて返答した。

 

 ソッコーで、しかもきっぱりした返答だったのが草すぎる。

 

 いまの副長のきき方だと、俊春が「いります」とでも答えようものなら、「だったら、このおれ様が胸を貸してやろう」っていう、神をも仏をも畏れぬことをいいだしたにきまっている。

 

 よむまでもない。

 

 ゆえに、gaapiacct.pixnet.net/ 俊春はそれをぴしゃりと封じたのである。

 

 さすがの副長も、一瞬、呆気にとられた。

 

 副長が自分自身で「かよわい」認定した俊春が、まさかこんな形で歯向かってくるとは想像もしていなかったにちがいない。

 

 さきほどの俊春の回答は、副長にとってまさしく想像の斜め上をいくであった。

 

「わたしの剣技など、副長のと比ぶべくもございません。ゆえに、剣技の披露じたいを遠慮させていただきます」

 

 俊春、めっちゃナイス!神対応すぎる。

 

 ってか、草すぎる。

 

 副長の苦虫を潰したようなをみるのは、最高の気分、いやいや、超絶気持ちがいい。

 

「遠慮するんじゃねぇよ。「狂い犬」と二つ名をもつおまえが、天然理心流の目録程度を怖れるっていうのか?」

「くくくっ、それもお情けの目録……

 

 思わず、口のなかでつぶやきつつ笑ってしまった。

 

「やかましいよ、主計っ!」

 

 刹那、宿中に響き渡るような大声で叱られてしまった。

 

「だって、そうでしょう?」

 

 口の外にこそださなかったものの、失礼なことを思ってしまったっていうことじたい失礼なのに、それを申し訳なく思うどころか「それがなにか?」的にひらきなおってしまった。

 

 だって、事実なんだから仕方がない。

 

 副長の目録は、近藤局長の養父であり、天然理心流三代目宗家の近藤周斎先生が、副長にヤル気を起こさせるために与えた、いわば餌だったのである。

 

 とはいえ、その思惑ははずれまくってしまったのであるが。

 

 周斎先生も、副長がここまでチートだとはさすがによめなかったようだ。

 

「まぁまぁ副長。なにも副長みずから剣を握る必要はありますまい」

 

 気配り上手の島田が副長をなだめはじめた。

 

 それをききながら、会津の人々に、副長のチートさ加減をみせつけるだけでなく、せっかく貸してくれる道場を汚しまくるのも、迷惑千万だよなってかんがえてしまう。

 

 どうせ、改良版の胡椒爆弾をつかうつもりであろう。あるいは、油をぶっかけるか。そこに火を放つってのも、副長ならあるあるだ。

 

 放火って、しかもを燃やすのって、古今東西重罪である。

 

 副長なら、「それがおれだ。おれがルールだ」っていって、躊躇うことなく生き物であろうとそうでなかろうとフツーに燃やし尽くすにちがいない。

 

「主計、おまえっ!おれをなんだと思ってやがる」

 

 って、また怒鳴り散らされた。

 

 副長の方が、よほどヒステリックだよ。

 

「副長、どうか落ち着いてください。島田先生のおっしゃるとおりでございます。もしも剣技をおみせすることになれば、相手はわたしみずから選ばさせていただきます。それでよろしいでしょうか?」

 

 俊春は、またしても神対応でかわす。

 

「お、おう。期待しているぞ、ぽち」

 

 存外、素直な副長。イケメンに満足げな笑みが浮かんでいる。

 

 高確率で、今夜はチートなを練りまくり、そのための準備に余念がないはず。

 

 

 そんなこんなで、会津にきて二日目の夜がふけていった。

 

 

 翌朝、はやく目が覚めた。とはいえ、夜は明けている。

 

 マイ懐中時計は、午前六時前を指している。 ひさしぶりにランニングがしたくなった。しかし、この時代、好き好んでランニングをする人はいない。 

 

 当然のことではあるが、健康のために運動をしようなんていう習慣がないからである。

 

 駆けまくるといえば、飛脚のような職業をしている者や、逃げるあるいは追いかける者くらいであろうか。

 

 軍服のシャツとズボン姿でランニングなどしていたら、それこそイタイやつ認定されてしまう。

 

「之定」をつかむと、そっと部屋からでた。

 

 同室の子どもらや野村は、まだ夢のなかである。

 

 廊下で宿から借りている着物から軍服に着替え、一階に降りてみた。

 

 宿のスタッフは、おれたちの朝食の準備におわれているようだ。

 

 おれたちが出陣するまで、おれたちだけのために食事や洗濯、掃除をしなければならないのである。

 

 そういえば、一泊一人当たりいくらなんだろう?

 

 宿泊費は、会津藩が払ってくれているのであろうか。

 藩の緊急事態である。もしかすると、無償ってことも充分あり得る話かもしれない。

 

 だとすれば、ボランティアである。

 

 だったら、めっちゃ申し訳ない。

 

 とはいえ、おれ個人ではなにもお礼ができない。

 

 そんなことをかんがえながら宿の裏庭にまわると、相棒がいない。

 

 どうせ俊春とオールでもしているんだろう。

 

 結局、かれは宿のなかにいなかった。もしかすると、気配を消して屋根裏にでも潜んでいたのかもしれない。しかし、この季節である。屋根裏なんかより、外ですごしたほうがよほどマシなはずである。

 

 そうだ。昨日いった丘にいってみよう。

 

 そこで素振りをするんだ。ほんの千回?うーん、百回?

を巡らせると、西郷は心静かに食している。半次郎ちゃんは、食事開始までは胡坐であったのを、食事がはじまると同時に正座し、姿勢を正して食している。一杯目もそうであったが、がつがつという感じではなく、しっかり噛んで呑み込んでいるって雰囲気である。

 食事時のマナーはちゃんとしているらしい。 

 ちょっと意外である。

 

 副長は胡坐だが、食事のときはそれなりにマナーはいい。ってか、イケメンは、食事のときであってもカッコよさをアピールしているのである。いまも、どの角度からみてもインスタ映えする食事風景になるよう、気を配っているにちがいない。

 

 野村と別府は、鋸棕櫚生髮 一杯目は無言で喰っていたが、いまは女の子の話題で盛り上がりつつ喰っている。

 どうやら、薩摩の女性は、きれいな人がおおいらしい。

 

 永倉と島田は、海江田の喰い方が異常にスピーディーで勢いが抜群でありことに気がついたらしい。それと同時に、対抗意識に火がついたようだ。

 一杯目のときとなんらかわりなく、ものすごい勢いでかっ込んでいる。

 

 昨夜の教訓は、まったくいかされていないようだ。ってか、覚えていないんだろう。

 

 永倉と島田、新撰組二番組の組長伍長の勢いに、海江田も気がついたらしい。

 

 もっとも、いまのフードバトルに、新撰組二番組はなんの関係もないし、組長伍長の肩書などなんの効力もない。

 

 ただいってみたかっただけである。 海江田の喰うスピードがさらにアップした。それに連動し、組長伍長のもさらにアップする。

 

 ぜったいに体に悪い喰い方である。それに、ただ流し込んでいるだけって、つくってくれた料理人にたいして失礼すぎる。

 

「おかわりっ!」

「三杯目、おかわり」

「もっとほしか」

 

 島田、永倉、海江田が、丼鉢を膳に置いて同時に叫んだ。

 しかも永倉は、どれだけ喰ったかっていう成果をムダに強調している。

 

 西郷と副長は、静かに食しつつスルーしている。

 

「承知いたしました」

 

 俊春はうなずくと立ち上がり、三人の膳の上から丼鉢を回収しはじめた。

 

「わっぜ美味か」

 

 俊春が海江田の膳の上から丼鉢を回収した瞬間、海江田がにっこり笑ってソプラノボイスでささやいた。

 

 おいおい、あんだけスピーディーに喉に流し込んでおいて『マジでうまかった』だなんて、(ほんまに味わかっとんのかい)って、心のなかでツッコみたくなる。

 

 おれも喰いおわったので、自分の分とほかにあいている丼鉢を回収し、厨にもってゆくことにした。

 

 野村と別府は、警備兵たちのところへゆくという。

 

「晋介が、マブダチを紹介してくれるっていうから」

 

 途中まで三人であるきつつ、現代っ子バイリンガル野村がいう。

 

「それはよかったな、利三郎。いつかトレードされてもいいように、薩摩藩にコネでもつくっておくといい」

「そうだな。コネは、さぁがいるからバッチグーだろう?あとは、コミュニティでもつくっておけば、キャリアアップしたときにいつでもスタートできる」

「はぁ?キャリアアップって、なにかんがえてんだ?」

 

 呆れてものもいえぬ、とはまさしくこのことである。

 

「主計どんもくればよかとに。よか仲間ばかりど」

 

 廊下で別れる際、別府が誘ってくれた。

 

「ありがとう。だけど、ぽちの手伝いをしなくては・・・・・・」

「スィー・ヤ!」

 

 おれがまだ答えおわらぬうちに、現代っ子バイリンガル野村が、右掌を振り振りいってきた。

 

 肩を組み、廊下を去ってゆく二人。

 その背に「Have fun!」と投げかけてから、厨へと急いだ。 

 

 厨にゆくと、俊春は三人分をつくりおえたところであった。

 

「ぽち、あとどのくらい残っているんです?」

 

 俊春は、喰うメンバーの摂取量を想定し、カツを揚げ、タレも作っている。香の物は無尽蔵っぽいし、汁物も明日の朝までいけそうなほど準備している。

 

「三人の腹がはちきれるほど残っている」

 

 俊春は、苦笑とともに答える。

 二人で手分けして盆にカツ丼をのせ、部屋へ戻ることにした。

 

「うまかったです。どうやったら、あんなにサクッと感が残るんですかね。ってか、毎度のことですが、料理初心者のおれの説明で、よくあれだけの料理がつくれますよね。しかも、どれも現代のプロ、もとい料理の名人よりうまいですよ」

「すべては愛、だ」

「はい?」

「おぬしも難聴とやらではないのか?わたしの声音はちいさすぎるか?恥ずかしきことを、幾度もいわせるな」

「すみません。あまりにも想像の斜め上をいってる答えでしたので、すぐには理解できなかったんです」

「いかなる料理でも、食してくれる人にたいして敬意を払い、愛情をこめるのだ」

 

 これではまるで、付き合いはじめたカップルで、彼氏のうちにはじめてお邪魔し、丹精込めて一生懸命手料理をつくる女の子ではないか。

 

「粗末な食材であろうとお粗末な料理の腕前であろうと、愛さえあれば美味く感じるものだ」

「愛とか愛情とか、ちょっと意外ですよね」

 

 俊春は、こちらへ

最強最高のカツ丼のできあがりである。

 

 できあがった順番に、みそ汁と香の物をお盆にのせ、警備兵たちに運ぶことにした。

 永倉と島田と三人で、とりあえずは三食分、準備を整え厨をでてゆこうとするタイミングで、その警備兵の数名が、厨の入り口でもじもじしているのがみえた。

 

「すみもはん」

 

 この警備兵たちの隊長であろう。ほかの警備兵たちとは軍服のデザインが若干ちがっている。

 

「晋介どんと野村大先生に、厨へ夕餉をとりにいっよう命令されたとじゃ」

「はぁ?」

 

 永倉と島田と三人で、思いっきり怒鳴ってしまった。

 

「野村大先生がおっしゃっには、なんでんすげ料理人が料理をしてくれちょっと」

 

 警備隊長らしきアラフィフの男は、生来内気なのかコミュニケーションをとるのが苦手なのか、おれたちのだれ一人としてせてかえらせたんだ。あの主人、豚をカタ代わりにおしつけられて

をあわせようとしない。

 もじもじしながら、やっとのことで台詞をいいおえた。

 

「野村大先生?」

 

 へたに言葉をだすことができない。別府がおれたちのことをどう説明しているかわからないが、同郷の者だと思わせたほうが無難であろう。

 

 そうとわかってはいるものの、ツッコまずにはおられない。「おやっとさぁじゃ。ちょうどできあがったところじゃ。順番に受け取ってもれ、はやめに食べたもんせ」

 

 俊春が、卵をまわし入れながらいってくれた。

 

「どうぞ」

 

 入口にゆき、警備兵の一人に盆をさしだした。

 

「よかにおいなあ。わっぜうまそうじゃ」

 

 永倉と島田とおれから盆を受け取った警備兵たちは、を輝かせ、うれしそうに笑みを浮かべている。

 

「そんたカツ丼じゃ」

 

 俊春は、つぎからつぎへとカツ丼をつくりながら、かれらに簡単に説明する。

 

 警備兵たちは、受け取った者から厨から消えてゆく。そして、最後の一人が去ってしまった。

 

 俊春は、すでにおれたちの分をつくりはじめている。

 

 俊春は、「それではあらためて」とたすきをかけなおし、気合を入れなおした。

 そしてふたたび、カツ丼をつくりはじめたのである。

 

「おいっ魁、飯は盛りすぎるなよ。カツや卵が飛びでちまう」

「おいっ主計、みそ汁の具はそんなにたくさん必要ない」

 

 永倉は、ずいぶんとはりきっている。いいや。はりきっているというよりかはいきいきとしていて、すっごく機嫌がいい。率先して、島田とおれに指示を飛ばしてゆく。その采配は、ずいぶんと適切でタイミングもばっちりである。

 さすがである。新撰組で組長をやっていただけのことはある。

 

 現代にいたは、試衛館派というだけで幹部になり、組長をやっていたのだとばかり思っていた。たしかに、新撰組となったばかりの

 

「は、そうせざるをえなかったにちがいない。当初、人数はすくなかった。なかには、得体のしれぬ者もいた。それどころか、くる者拒まず、過去は問わぬっていうおいしい採用条件である。だれだって喰いつくにきまっている。っていうか、かえってまともでない者のほうが、入りたがったにちがいない。

 

 そんななか、局長や副長はそれらをまとめるのに、信頼できる者に託すしかない。ということは、ずっといっしょにやってきた仲間に任せるのがてっとりばやい。

などもいたが、いずれも始末されている。その理由は、さまざまである。

 

 兎に角、当初のは別にしても、新撰組で有象無象の連中を束ねるには、局長や副長の仲間というだけではつとまらない、というわけである。

 

 とくに永倉は、剣の腕前だけではない。総合的にみて、リーダーにぴったりな逸材であろう。

 

 それは兎も角、かれはこういう場においても、リーダーシップ力をいかんなく発揮しているっていうわけである。

 とはいえ、どっかの超イケメンとはちがう。指図するだけではなく、自分も率先して動いている。

 

 やはりそこが、としてもちがうし差がでるのであろう。

 

「ほう・・・・・・。おれが新八に劣るってか?いつからえらそうにの比較や批評をできるようになったんだ、主計?」

「ひいいいいっ!」

 

 背後からささやかれ、頭皮濕疹 その場で数十センチ飛び上がってしまった。まさしく、漫画みたいに、である。

 

「いまのをみたか?」

「ええ、組長。すさまじい跳躍力でしたな」

 

 そのおれをみ、永倉も島田も作業の手をとめて笑っている。

 

「す、す、す、すみません、副長っ!

 

 おれは厨の一番奥にいて、壁を背に向けみそ汁をよそっていた。厨の入り口は、まるみえである。しかも、厨のおおきさは、五つ星巨大ホテルの厨房ほどひろくはない。気配云々以前に、おれの

先生がいらっしゃったら、西郷先生と同様のことをなさったでしょう」

 

 永倉の問いに、俊春が応じる。

 

 そこではじめて気がついた。

 

 西郷は、焼けだされた人々に炊き出しをすることで、薩摩の心証をよくしようとしているのだ。連合軍全体のではない。薩摩だけの、である。からの供給が間に合わなければ、接収したものを糧食としてつかえばいい。間に合えば、接収したものを江戸の民に支給すればいい。そうすれば、江戸の民の関心を得ることができるかもしれない。

 どちらに転んでも、接収したものであるがために損はしない。

 

 これは、大村では到底かんがえつかぬであろう。それこそ、俊春がいったとおりである。そういう機転は、あたりならききそうである。

 

 木戸もまた、この幕末の騒乱の立役者の一人である。という名の方が、あっと思う人がおおいかもしれない。

 

 

 そんなこんなで、米や味噌、干物や乾物をピックアップしてから厨にいった。

 

 篠原は、ガチに気配り上手さんなんだ。

 

 厨には、篠原が野菜や魚を貯蔵している。

 

 ってか、その篠原がいなければ、いったいだれが料理するんだろう。

「警備の兵が、適当に煮たり焼いたりするそうです。それがまた、いかがわしい味らしく、西郷先生も難儀されているとか。ついでです。数日分の煮物もつくっておきましょう」

 

 ちょっとまて、俊春。いつの間に、そんなに西郷としゃべっているんだ?

 テレパシーでやり取りでもしているのか?それとも、「スター〇レック」の「バル〇ン星人」みたいに、触れた相手と精神的にやりとりができるのか?

 

 もっとも、俊春なら触れなくてもそれができそうであるが。

 

「それはなんだ?」

 

 樽のまえでなかを物色している俊春に、永倉が問う。

 樽をまんなかにし、俊春同様永倉と島田とともになかをのぞきこんでみる。

 

 塩?ってか、岩塩?塩っていっても、現代のように製塩されてきれいなってわけではない。ビミョーというかヤバそうというか、色の悪い塩っぽい塊が樽にぶちこまれている。

 

「豚肉を漬け込んでいるのですよ」

「豚肉?そういや、法眼が豚肉を喰えつって、屯所で豚を飼っていたよな」

「ええ、組長。結局、食すのに抵抗があるのと調理をできる者がおらず、飼うだけでおわりました」

 

 永倉と島田がいうのは、脫髮改善 名医松本が屯所にやってきて隊士たちの健康診断をおこなった際に、あまりの不衛生かつ健康管理のずさんさから、豚を飼うよう副長に命じたのである。

 メインは豚を殺して喰うことであるが、のだす排泄物や食材のあまりなどを食べさせ、きれいにしようという目的もあったらしい。

 

 結局、情が移ってしまったのと肉を喰うという抵抗感から、松本の思惑どおりにはならなかったのである。

 

「それでは、この豚をつかわせていただこう」

「トンカツが喰いたいです。あ、いえ、それよりも材料があれば、カツ丼かカツカレーがいいです」

 

 塩漬けされている豚肉の塊をみた瞬間、おれの脳内ではカツの一択しかない。

 

「おっ、なんだそりゃ?主計のいた時代の料理は、どれも最高にうまいからな」

「さようさよう。はじめこそ、主計のはすごい料理をするもんだと驚いたものだが、真実をしってからは、ずっとさきの時代がうらやましくてならぬ」

 

 永倉も島田もノリノリである。二人とも、未来にゆくことができるのなら、なんの迷いもなくいってしまうだろう。

 もちろん、現代の食事食べたさだけのために、である。

 

 俊春に、トンカツとカツカレーとカツ丼の説明をした。

 

「でも、パン粉はもちろんのこと、パン粉に代用できそうなものがありませんよね。パンでもあれば、細かく刻んで代用できるんですけど」

「ようは、肉のまわりに小麦粉やパン粉をつけることによって、肉のうまみを逃さぬためと、外側はサクッとなかは肉汁でうまみを味わうというわけだな。それとともに、外となかの食感に差をつける、ということなのであろう?」

 

 さすがは、異世界転生の料理人俊春である。おれのすべてを表現しきれていない説明に、ソッコー理解をしてくれたようだ。

 

「ならば、これはどうだ?」

 

 俊春は、厨内にある納戸にちかづくと、そこからなにかをとりだしもどってきた。

 

 紙袋を胸元に抱えている。

 

「麩?」

 

 なかみは麩である。しかも、でっかい。鯉にやりたくなってくる。

 

「わたしの推測が正しければ、パン粉とやらより、肉汁をよりいっそう閉じ込め、外側はよりサクッとし、肉のうまみを十二分に味わうことができるであろう」

 

 麩の原料はグルテンである。たしかに、俊春の推察どおりかもしれない。

 

「先夜、物色したかぎりでは、あいにくカレーにつかえる香辛料がない。卵はあるので、カツ丼とやらにするか」

「イエーイ!」

 

 思わず、永倉とフィスト・バンプしてしまった。

 

 そして、おれたちはカツ丼づくりにすべての意識と情熱を傾けることになった。

 

 島田がでっかい塊の麩を、こなごなに砕いた上にすりこ木とすり鉢をつかい、ほぼ粉状にしてしまった。どっからどうみても、麩とはわからない。ってか、ここまで粉になるのかってくらい、粉々になっている。

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