寝支度を終え、川の字に敷かれた布団に横になった。寝付きの良い斎藤と藤堂はあっという間に寝息を立てる。

 

 それを横目で確認した土方は、そっと起き上がると桜司郎に目配せをした。それに応じるように、物音を立てずに土方に続いて部屋を出る。

 

 

 に続く廊下を歩けば、その横に古びた道場があった。立て付けの悪い戸を開け、中に入っていく。

 桜司郎を道場の真ん中に座らせ、土方は道場の隅に置いてあった行灯に火を灯した。すると魚油の臭いと煙が鼻腔を掠めた。だが、その悪臭すら気にならない程に、桜司郎は心をざわつかせている。

 

 忙しない鼓動を落ち着かせるように、腺肌症 胸元を掴み震える手を握り締めた。

 

 

 やがて土方が俯く桜司郎の前に胡座をかいて座り込む。ガチガチに固まった桜司郎を見て土方は苦笑いを浮かべた。

 

「別に取って食いやしねェんだから、そんなに緊張すんな」

 

 

 土方の声は に穏やかに落ち着いている。桜司郎は徐に手を付くと、深々と頭を下げた。その行動に土方は目を見張る。

 

「副長。本当に済みませんでした。性別を偽っていたことに関しては……弁明の仕様もありません」

 

 

 小さな溜め息が桜司郎の耳に響いた。帰り道に必死に弁解の言葉を考えていたが、全く思い付かなかったのである。

 

 

「頭を上げろ。アイツは……総司は、この事を知ってんのか」

 

 土方の声に、そっと頭を上げた。そして質問に対しては沖田を巻き込む訳にはいかないと、小さく首を横に振る。

 

「誰も知りません。どのような罰でもお受けします」

 

「罰を与えるかどうかは理由を聞いてからだ。何故、女の身で剣を取ろうと思った……?」

 

 

 見目こそは女子そのものだが、剣を取らせた時の桜司郎は修羅のようだ。力強く、美しく、まるで無駄が無い。そして誰よりも真剣に剣と向き合っていた。生半可な気持ちであのような真似は出来まいと、土方は考える。

 

 

「それは……。私には剣しか無かったからです」

 

 そう呟いた桜司郎の目には深淵を覗くような孤独の色が宿る。記憶を絶たれても尚、この剣術だけは忘れなかった。剣がこの縁を作り、導いたのである。

 

「何で俺や近藤さんにだけでも言わなかったんだ」

 

「女だからと、別枠で扱われたくなかったんです。それに、誰よりも武士の形に強い思いを持つ副長が、の入隊を認めますか……?」

 

 

 その言葉に土方は閉口した。確かに初っ端から女だと分かっていれば、入隊は認めなかっただろう。「それは……認めなかっただろうな。だからと言って黙ってりゃ良い話でもねえだろう。一人で隠し遂せるのは限度ってもんがある」

 

 

 土方はあくまでも冷静に言葉を紡いだ。

 

 そんな土方を桜司郎は盗み見る。いっその事、怒鳴りつけてくれれば良いのだ。そうすればこれが罪だと認めることが出来る。

まるで幼子を諭すかのようなそれは却って変な期待をしてしまう。赦されるのではないかと。

 

「……返す言葉もございません。隊規違反として裁かれるならば。せめて、京へ帰ってから死なせて下さい」

 

 絞り出すように紡がれた最後の言葉は掠れていた。お願いします、と再度頭を下げる。死ぬかも知れないというのに、不思議と恐怖は湧いてこなかった。むしろ、受け入れようとする自分がいる。

 

 頭上で小さな溜め息のようなものが聞こえた。土方は桜司郎の肩に手を置くと、グイと押し上げて顔を上げさせる。そして桜司郎の顎を土方の骨張った冷たい指が捉えた。

 

 戸板の隙間から乳白色の月明かりが差し込み、風が行灯の火を揺らす。

 

 

「お前は……生きたいのか、死にたいのかどっちだ」

 

 

 土方の全てを見抜くような鋭い眼光が桜司郎を射抜き、思わず息を呑んだ。それとその問いに桜司郎は瞳に動揺と迷いを浮かべる。