2022年11月

「女性関係の縺れ?」

 

 

再びぴくり、と眉が動いた。しかし今回も首を振る。

 

 

「総司、今気付いたんだけれど…。それ、土方さんの体験から言っていない?」

 

藤堂は軽く吹き出し、にやにやとしながら沖田の方を見遣った。

沖田は悪戯がバレた子供のように笑みを浮かべ、藤堂を見返す。

 

それから視線を白岩へ移した。

 

 

「それじゃあ…人を斬り殺した…とか?」

 

 

「…ッ」Botox價錢

 

白岩は息を飲む。

何とか表情には出さずには済んだが、心臓は大きく高鳴り、嫌な汗が背に吹き出た。

「…嫌やなァ。そんな訳…ありまへん。俺は生まれてから、殺生と言えば家畜…。いや…、何でも無いです」

 

白岩は息苦しさを覚える。閉じ込めていた記憶の何処かで子どもの泣き声が響く。

 

それを誤魔化すかのように菓子を口に入れるが、全く味が分からなかった。

 

それどころか甘味を食べている筈なのに、苦味すら感じる。

 

 

「俺が…勘当されたんは、父上との確執です。…すんまへん、あまり思い出しとうないことなんで、これ以上は遠慮さして頂きます」

 

 

沖田は横目で白岩を見た。

その横顔は何かに怯えているようで、瞳には深い闇を灯している。

 

どのように呼吸をしていたのか分からなくなるほど、徐々に乱れていった。

 

「そうですか…。済みませんでした、不躾なことを尋ねてしまって」

 

 

この時沖田は軽々しく白岩の過去に踏み入ったことを後悔した。

 

「…いえ、大丈夫です。沖田先生は気になさらんで下さい」

 

「白岩君、大丈夫か」

 

 

藤堂は背を丸め、過呼吸気味の白岩の肩に手を当てる。

 

それを軽く制止し、白岩はいつものように笑みを浮かべるが、僅かに引き攣っていた。

 

胃を迫り上げるものを感じて口を片手で覆う。

 

記憶を押さえ付けようとする度に、それは鮮明に蘇ってきた。

 

 

「…すんまへん。用事を思い出したので、お先に戻らせて頂きます。先生方、誘って頂いて有難う御座いました」

 

白岩は懐の財布から適当に小銭を掴み、自分の座っていた場所に置くと、そのまま走り去る。

 

 

「あッ、白岩君!…やってしまいました」

 

沖田は深い溜め息を吐き、頭を抱えた。

 

 

「阿呆じゃないの…、総司。今のは何なのさ!ずけずけと踏み込む真似なんかして。君らしく無いよ。一体何故こんなことをしたのか、理由があるのなら俺が納得出来るように説明してくれる」

 

 

藤堂は沖田を睨み付ける。

 

その迫力に圧倒されて、沖田は彼が間者ではないかと疑っていたことを告げた。

 

 

「そっか…。間者かどうか調べていたんだね」

 

「全て、私の独断なんです。誠に浅はかでした…」

 

「まあ…、訳が訳だから何とも言えないけれど…。…良かった。総司まで土方さん達みたいに変わってしまったのかと思ったよ」

 

 

その言葉にハッとした。

ほんの先程、自分で土方の変化を憂いていたところではないか。

 

それなのに自分も同じように思われていたとは洒落にもならない。息を切らし、時々人にぶつかりながらも白岩は五条河原まで辿り着いた。

 

鴨川の畔の草原に入るなり膝を付き、口元を覆って息を整える。

 

幸い、人の往来は少なく此方に気を留める者は居なかった。

 

 

「…沖田総司。奴は何者じゃ…ッ」

 

白岩は肩で息をしながら絞り出すように呟く。

奥歯を強く噛み締め、秀麗な顔を歪ませた。

 

まるで自分の領域に土足で踏み込まれたような気分であった。

 

 

暮れ始める夕日が彼を照らす。

 

 

その時、からんころんと下駄の音が近付いてきた。

 

「そこのお兄はん」

 

酒や白粉の匂いが鼻孔をくすぐる。顔を上げてみると、高価そうな着物に身を包んだ女が此方を見下していた。

 

「えッ…、嫌やわァ。めっちゃ色男やないの」

 

白岩の容姿を見た女は急に甘ったるい声になる。

 

 

「…私のことは放っておいてくれんか」

 

「何でこないなところに居らはるの」

 

言葉の通じない様子に白岩は、目障りと言わんばかりに女を睨み付けた。

「…して、どういった方とお会いになられたんじゃ。 同郷の方か、それとも肥後、久留米か」 志真はただ淡々と口を開いた。 そこには好奇心の類いは一切無く、純粋に主人の身を案じたものである。 「いや、そういった者ではのうて普通……の男でね。僕の新しい友じゃ」 「そうですか…。吉田様の頬が緩まれちょったけぇ、私はてっきり女が出来たのかと」 志真はさらっとそう言ってのけ、それを聞いて吉田は笑った。 「まさか。女やらいる筈がない。僕は色恋にゃあ興味が無いけぇ」 「そうですか。そりゃとんだ御無礼を申しました」 志真は自分の勘が外れたことを内心残念に思いながら、深々と頭を下げる。 botox眉心 「それよりも与三郎…。近々君に重要な任務を頼むと思うが心しちょいてくれ」 「御意」 確実に急所を…ということは、今まで斬ったのは一人や二人じゃねえよな」 「まあ、そうでしょうね。ああ、故に勘当されてしまったのかも知れませんよ」 沖田は納得したといった風に手を叩く。 「もしも近江のお尋ね者だとしたら、人相書きが出回っているだろうしなァ。取り敢えず様子見と行こうや。今の新撰組には選り好み出来るほど人員に余裕が無え」 近藤は唸りながらそう言った。 「承知しました。…しかし副長は不服なようですねェ。そんなに心配ならば、白岩君は私が見ますよ」 沖田は目を細め、微笑む。土方は顎に手を当て、思考を巡らせると頷いた。 「そりゃあ、良いな。総司なら安心だ、頼んだぜ」 沖田は部屋から出ると空を仰いだ。 「私が見ます、だなんて言ってしまいましたが… さて、どうしましょうね…」 視線の先には白い雲が緩やかに流れている。 その脳裏には先程の土方が浮かんだ。 近頃土方はことある事に疑うようになっていた。立場上致し方ないとは思うが、別人になったようで寂しさを覚える。 自然と溜め息が漏れた。 沖田は縁側に座ると背を丸め、膝に両肘を付け、手に顎を乗せる。 其所へ背後から人影が現れた。 「あれ、総司。どうかしたの、溜め息だなんてサ。悩み事なら、この平ちゃんにお任せだよ~」 藤堂は歯を見せて笑うと沖田の横にをかいて座る。 「平助。いえね、悩み事なんていう大層な物では無いんですよ。有難う御座います」 そう返答すると、藤堂はつまらなさそうに唇を尖らせた。 「何だ、面白くないなァ。そうだ、総司って今日非番だよね。だったら甘味でも食べに行こうよ」 藤堂は満面の笑みを浮かべて沖田の顔を覗き込む。 沖田は驚いて反射的に背を反らすが、直ぐに体勢を戻すなり苦笑した。だが、何処か楽し気である。 何時でも変わらない藤堂のような存在は貴重で沖田の心を癒した。 沖田も立ち上がると、大きく背伸びをする。 「…本当に平助は子供ですねェ。良いですよ、付き合ってあげます。行きましょう」 悪戯をした子供のように笑いながら悪態を吐くと、沖田はさっさと歩き出した。 「ひっどい言われようだなァ!まあ、良いや。総司、俺ね。亀屋陸奥に行きたい!」 亀屋陸奥とは、本願寺御用達の和菓子屋であり、中でも松風なる菓子が有名である。 「はいはい。それでは其処に行きましょうか」

「それでは試合を始めたいと思いますが、宜しいですか」

 

沖田の呼び掛けにハッとし、位置に着いた。

違和感に内心首を傾げながらも、今はこの試合に集中することにする。

 

 

「相手の身体を打つ前に止めること。両者、前に。礼!始めッ!」

 

境内に沖田の声が響き渡った。その掛け声に合わせて礼をし、試合が開始される。

 

まずは両者とも様子見をしていたが、去皺紋 やがて動いたのは馬越だった。馬越は青眼に構えると力強く地を蹴り、攻撃を仕掛けてくる。

 

 

「くッ…!」

 

それを頭上で受け止めた。ギリギリと木刀同士が擦れ合う。

 

桜花は左足を引き、右膝を曲げた。

 

 

「ヤアアーッ!」

 

 

そして薙ぎ倒す勢いで力一杯押し返し、そのまま右に払う。

 

 

「な…ッ!!」

 

見掛けに似合わない程の力に、馬越は思わずよろけかけた。

 

その隙を逃すまいと桜花は上段から降り下ろす。

 

 

「嘘やろ、馬越が圧されとるで!」

 

「戦う姿も鬼気迫る美しさがある…」

 

 

松原と武田はそれぞれ異なる方向の言葉を呟いた。

 

 

馬越はそれを紙一重で躱すと態勢を立て直す間もなく、次の攻撃に備えて中段に構えた。

 

桜花の身体は考えるよりも早く動き、その攻撃は的確に馬越を追い詰めている。

 

その軽やかな動きはまるで剣舞のようであった。

 

馬越はいつの間にか桜花の手のひらで転がされるかのように、防戦一方である。

その美しい顔に焦りの色が濃くなった。

 

「凄い…!総司、どうしよう。俺も戦ってみたい」

 

「ええ…。これ程までとは思いませんでしたよ。流石だな、近藤先生の見立てに狂いは有りませんね」

 

 

藤堂は満面の笑みで、沖田は驚愕の表情でこの試合を見守っている。

桜花の攻めは基本上段からのものであったため、馬越は自然と同じ態勢で防御する形となっていた。

 

馬越は歯を食い縛り、何とかその攻撃に耐える。

木刀が降り下ろされる度、手が痺れて反撃出来なかった。

 

このままでは負けると思った馬越は、斬り終わりを狙って勝負に出ることに決める。

再び桜花が上段に構えた。それを見た馬越は足に力を入れる。

 

「ハアアッ!」

 

 

今だ、と馬越は大きく飛び退き桜花の木刀が降り下ろされた瞬間、上段から攻めた。

 

だが。その刹那、桜花は不敵に微笑む。まるで馬越の行動を待っていたかのような笑みだ。

 

そのまま降ろした木刀にグッと力を込め、馬越の木刀を担ぎ上げるようにして斬り上げる。

 

 

カァン、と音が境内に響き、馬越の持っていた木刀は弾き飛ばされた。辺りが静まり返る。

 

桜花と馬越の息遣いだけが鮮明に響いた。

 

 

馬越は一体何が起こったのかと自分の手を見詰める。その手は痺れ、小刻みに震えていた。

 

 

「そ、そこまでッ!勝者、鈴木桜花!」

 

 

沖田は慌ててそう告げる。そしてワアッと歓声が上がった。

 

 

「二人共、良い試合だったよ!見てよ、この鳥肌!」

 

藤堂は笑顔で駆け寄ってくる。

 

 

「惜しかったなァ、馬越。もう少しやったんやけどな」

 

松原の労りに馬越は首を振った。

 

「い、いえ。恐らく試合の中盤から私の負けは決まっていました。鈴木さんの思惑にいつの間にか乗せられてしまっていたようです」

 

 

そう、桜花はわざと上段攻めを頻繁に行い、馬越の思考を操っていたのである。

 

 

「桜花さん、どうぞ」

 

沖田は新しい手拭いを渡した。

 

「有難う御座います、沖田先生」

 

 

桜花はそれを受け取り、汗を拭き取る。

 

「貴方は状況判断に長けてますね。次どころか、次の次の一手を読んで動けている」

 

賞賛の言葉に照れつつも、桜花は身体の違和感が確信に変わった。

格段に速さも力も強くなっている

その時である。先程から何者かが付けていることに気付いた。

 

 

敢えて素知らぬふりをしながら、この違和感を確信に変えようと歩幅を変えずに進む。

 

一人、二人の足音が聞こえた。

桜花はこっそり袂から手鏡を取り出して背後を確認する。

 

坊主頭の男と目付きの鋭い 期指 策略 男がそこには映っていた。

 

しかも男達は一定の距離を保ちながら確実に距離を縮めてきている。随分と手慣れた様子だった。

 

桜花は急に早足で歩くと手前の辻を右に曲がり、そこで待ち伏せる。どうせ逃げられないのだから誘き寄せる作戦だ。

 

案の定男達も早足になり、桜花を追いかけるようにして辻を曲がる。

 

桜花はその瞬間を逃さずに男達の前に現れた。

 

 

「私に何か用ですか」

 

声を低くし、目を細めて言う。木刀は昨日投げてきてしまったため、刀に手をかけた。その手は僅かに震えているが、自分を強く保つために深呼吸を一つする

 

男達は驚いたように目を見開いていた。

 

まさか、尾行がばれているとは夢にも思わなかったのだろう。

 

 

「…なんや、後付けとったんの知ってたんかいな」

 

坊主頭の男はつまらなそうにそう言った。

長身かつがっしりとした体格はそこに居るだけで威圧感を放つ。

 

 

「ならば、話は早い。俺達は新撰組だ。昨日の件について屯所まで御同行願おう」

 

目付きの鋭い男は有無を言わさない口調でそう言うと桜花の腕を掴んだ。

 

「手が震えている。刀を抜くのはやめておけ。やたら命を散らす必要は無かろう」

 

そう言われ、素直に桜花は柄から手を離す。それを見た二人は頷いた。

 

「そうや、素直なのが一番やで」

 

桜花は逃げられる隙を探そうと様子を伺っていたが、坊主頭の男が桜花の顔を覗き込みニッと笑う。笑っているのに目の奥から殺気を感じた。

 

 

「兄ちゃん、兄ちゃん。逃げよォ思ても無駄やで。ワシら、こう見えても結構強いからな。背を向ければ斬り捨て御免、なんてあるかもわからんで」

 

坊主頭の男にそういわれ、歯噛みする。折角吉田さんが身を挺して逃がしてくれたのに、捕まってしまうなんて彼の好意を無にしてしまったと目を瞑った。

 

「分かりました。一緒に行きますから腕を掴まないで下さい」

 

 

「そうそう。ワシかてそうやたらに人様斬りたないからな。大人しゅうしててや」

 

坊主頭の男は不敵な笑みを浮かべると桜花の横に並んで歩き出した。

 

 

さして歩くこともなく、新撰組の拠点である壬生の屯所に着く。

【松平肥後守御預 新選組宿】という表札が堂々と長屋門の柱に打ち付けてあった。

 

中に誘導されるがまま入ってみると、あの浅黄色の羽織を着た隊士が数名居る。

 

 

「あれ、松原さんに斎藤さんだ。今日は非番でしたよね。どうかしたのですか。凄く怖い顔してますよ。特に斎藤さん」

 

その中から一人、この殺伐とした空気に似つかわしい若い隊士が話しかけてきた。人懐こい印象である。

 

 

「放っておけ。俺は元々こういう顔だ」

 

斎藤と呼ばれた目付きの鋭い男は拗ねたように横を向いた。

 

 

「非番やったんやけどな、昨日の逃げた男。偶然見付けてしもたから、急いで齋藤はん呼んで捕まえてきたんや」

 

松原と呼ばれた坊主頭の男は桜花の方を見た。

 

「へえ、この人が昨日の手練れなんですか。想像していた人と少し違うなァ。もう少し、厳めしい男かと」

 

くすくすと男は楽しそうに笑う。

 

「せやな、人は見掛けによらんちゅうことや。そういやあ沖田はん。副長は何処に居るん」

 

松原にそう聞かれ、沖田という男は前川邸と呼ばれる長屋の中を指差した。

 

「確か部屋に居ると思いますけれど。良かったですね、そこの君。副長は今機嫌が良いんですよ」

 

 

沖田はそう言うとにっこり笑う。

 

「そうか。すまんな、沖田はん。ワシはちと行ってくるわ。ほら入りィ」

 

松原に促されるままに、桜花は草履を脱いで長屋の中へと入っていく。

の灯し方といった基本的な生活用具の使い方などを教え込んだ。  自身の置かれた状況を今ひとつ把握しきれていない桜花は、まるで体験学習のようだと呑気に思いながら覚えていく。その甲斐あってか、大体の勝手は分かるようになっていた。  ある日、ふと床の間に飾られている太刀が目に入る。のそれは魅入られるような禍々しさを感じさせた。これは本物だろうか、と思いつつ好奇心に抗えず、惹き付けられるようにそれへ手を伸ばす。  柄に触れた途端、まるで全身を電流が駆け巡ったかのような鋭い感覚に目を見開いた。fue植髮 『死にたくない、まだやり残したことが……』  呻き声のようなものが頭に響く。この世のものとは思えないそれにぞくりと背筋は凍り、肌が粟立った。 「いやっ、」  思わず手にしたそれを畳の上へ落としてしまう。その音を聞き付けたのか、藤がやってきた。 「桜花、どうしたの。……刀に触れたのかい?」 「ご、ごめんなさ……、気になってしまって。触った途端に変な声が聞こえたんです」  藤は太刀を拾い上げると、震える桜花の前へ座る。 「変な声……?」  だが藤が触れても何も起こらなかった。悪い夢でも見たのかと思いつつ、手のひらを見詰める。 「夢、そうだ……。あの声は夢でも出てきたことがあった……。嫌、折角忘れていたのに」  まるで身体の芯から暴くようなその声には覚えがあった。幼い頃から繰り返し見てきた、両親から見捨てられる切っ掛けとなったあの夢の声である。  小さな声で恐怖に その夜、高杉は縁側に座りながら雪見酒をしていた。試合以来、何となく高杉への抵抗が消えた桜花はその横で言われるがまま酌をしている。  何か思うことがあるのだろうか、高杉は酒だけをひたすら煽り、無言で空を眺めていた。 「……もう疲れたのう。このまま何処かへ逃げてしまおうか。それともここで死ぬのもええかも知れんのう」  この明るさだけが取り柄のような男から、気弱な発言が聞かれたことに桜花は目を丸くする。 「何もかもままならん。このまま京へ向かったとて、何が変わるんじゃろうか。それならいっそのこと、」  一気に酒を飲み干すと、空になった盃を桜花へ向けた。早く次をつげと言いたいのだろう。だが、桜花は銚子を傾けずに、ただ高杉の横顔を見詰めた。 「……何があったか知りませんが、それで良いんですか」  高杉は赤ら顔ながらも、炯々とした鋭い眼光を桜花へ向ける。いつでもその腰の刀で人を斬り殺せるような酷薄さすら感じ、無意識のうちに桜花は身震いした。だが、毅然とした表情を崩さない。 「何……?君は 翌日。高杉の発言通りに小春日和となった。突然の出立に藤は驚いていたが、直ぐに了承する。  着物に慣れていない桜花は何度も裾を踏んでしまうため、歩きやすい男物の着物と袴で移動することになった。 「私の息子が着ていたものだから、少し大きいかね。丈は繕ったのだけれど」  所謂、形見の着物である。肩幅や丈が桜花には大きかったため、その場で藤が修正した。  元々着ていた物は風呂敷に包む。その時、ポケットからころんと何かが出て来た。それは朱地に金糸で"御守り"と書かれた古めかしい小さな袋であり、桜花は目を細めると懐へ入れる。 「ほう、よう似合うのう。男じゃと言われても違和感無いっちゃ」  柿渋色の着物、縦縞模様の袴に身を包み、髪は紐で後ろに一つに束ねられた。そして脇差という太刀より短い刀と、薄緑を左腰に差す。元々付けていたブラジャーは切られていたため、晒しを巻いた。  何処からどう見ても"武士"のような装いに、桜花は困惑した。このような格好をすれば逆に目立つのではないかと何度も言ったが、これが良いと藤も高杉も引かない。無論、折れたのは桜花だった。 「ああ、本当に……本当によく似ている」  藤は目尻に涙を浮かべながら桜花を見る。 「一度、一度だけでいい。母上、と呼んではくれないか」  そのように請われると、桜花は困惑しながら近くにいる高杉を見た。すると高杉は小さく頷く。 「あ、あの……。その、は、

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