2021年12月

心臓に悪い。
 
 冬乃は決意して来たものの。脱衣所で脱いでいる時から、内心はらはらしていた。
 江戸時代の風呂場の造りでは当たりまえなのか冬乃には謎だが、脱衣所と洗い場の仕切り戸がないのである。扉を開けられてしまえば、その時点で、奥まで見通せてしまうのだ。
 物音を聞いて洗い場から「入ってます」の声をかける時間すら持てないということ。
 
 
 部屋に筆記用の墨壺を用意していない冬乃は、いちいち墨をすって書いている時間など無いから、もちろん戸に張り紙すらできてなく。
 
 かといって、international school hong kong 扉に内側から箒か何かの棒を立てかけて開かないようにする、というのも、なんだか感じが悪い気がしてしまう。与えられた時間の、もっと早いうちに入っておかなかった冬乃がいけないのに。・・気遣い過ぎかもしれないものの。
 
 もっとも、彼らにとっては普通の力で勢いよく開けられれば、そんな棒も折れるだけだが。
 
 
 
 (どうか、早く帰ってきてしまいませんように・・)
 
 持ち込んだ手燭を脱衣所に置いたままに冬乃は、木の板が敷き詰められた、水はけのために傾斜のある洗い場を踏みしめる。
 
 淡い光のなか、風呂桶とは別にある掛湯用の桶から、湯を汲んで体にかけて。心を鎮めようにも無理な話なので、冬乃はひたすら急いだ。
 
 今日は体を洗うだけで済ませるしかない。湯に浸かっている時間は無く。
 もっとも沸かし直してすらないから、この掛湯同様、だいぶ冷めているかもしれないと。
 思いながら、あと少しで終えられる、という時。
 
 「原田さん、待った・・!」
 
 よりによって沖田の声が、不意に外で聞こえて。
 
 (え)
 
 刹那に。
 スパーンと。戸が開いた。  
 (きゃああぁぁぁ)
 
 「あ?・・嬢ちゃんか?」
 
 叫ぶ間もなく、咄嗟に両腕で前を覆ったものの。
 戸に対して、斜めに背を向けたような状態だった冬乃の脳裏には、
 (頭隠して尻隠さず)
 混乱しすぎて、ことわざが浮かぶ。
 いや、たしかこういう意味では無いのだが。
 
 「こんな時間までごめんなさ・・っ」
 
 戸に対してどういう向きになればいいのか今更わからず、冬乃は凍りついたままとにかく謝りながら。首だけ怖々と戸を向いた。
 
 (あれ)
 何故か戸口には原田だけで。沖田の姿が見えず、幾分ほっとしてしまったものの。
 (声がしたのに)
 
 「原田さん、」
 そこに、戸の向こうに居たらしく彼の声がした。
 
 「いつまでそっち向いてんです」
 続いた呆れ声に。
 原田が、はっとした様子で「お、悪い!」と回れ右をした。

 (いえ、悪いのは遅くに使ってる私ですし・・!) 冬乃の視線の先で戸が閉められると同時に、
 「冬乃さん、慌てなくていいからね」
 戸越しに沖田の声が響いてきた。
 
 (そんなわけにいきませんっ)
 
 冬乃は早々に立ち上がって、脱衣所へ急ごうとして。
 
 滑った。
 
 だあああん
 かぽーーーん
 
 自分の受け身の音とともに何故か、高音域の音が冬乃の耳を過ぎり、
 
 「・・いったぁ・・」
 
 自分でも訳が分からぬままに、なんとか受け身がとれた姿勢で目をまわしていると、
 「冬乃さん?大丈夫?」
 「おうい生きてるかー?」
 外から、心配する沖田たちの声が連なって届き。
 
 「だいじょうぶです生きてます・・!すみません!」
 外に届くように冬乃は叫んでから、
 よくよく見渡せば、どうも向こうに転がっている桶が、先程の音の正体だったようで。
 転んだ拍子に、手から飛んでった石鹸用のヌカ袋が、その辺に積んであった桶のひとつを直撃して落としたらしい。
 
 傍まで戻ってきていたヌカ袋を拾い上げて、よろよろと立ち上がる冬乃に、
 「嬢ちゃん、ほんとに無事なのかー!」
 原田が再度確認する声が響き渡り。
 
 「はいっ、無事です!」
 (あ、でもちょっとおしりイタ・・)

 もっとも山野ほどでなかろうと、言っての通り眼鏡が似合いそうなその面立ちは、千秋あたりに言わせれば十分すぎるほどのイケメンだろう。
 
 「・・・」
 
 (あ)
 
 じっと見つめてきた冬乃に驚いたのか、池田が再び目を見開いて。
 冬乃は慌てて逸らした。
 
 「仕事がありますので、失礼します」
 そのままくるりと池田に背を向け。
 
 
 誰が貴女と付き合えinternational school admissionるか競ってるみたい
 
 蟻通が教えてくれた事を思い出す。
 池田の、勝ち負けに重きを置くあの様子では、ああまで冬乃を呑みに誘うのも解る気がする、と。もはや苦笑しながら冬乃は、隊士部屋へと急いだ。   


【序章を・・・】

ものすごくいまさら、序章を用意してみたのですが、
どうもこちらのエディタは、さかのぼっての挿入ができないようすで

かといって、今の恋華繚乱の章に挿し込んだら情けない事態になるので、
サポータ特典のほうへ載せてみました・・・ 
こちら直アドレスです→ 
(☆1から設定できるので、1にしてます)

なんだか特典のほうにあるのも十分にマヌケですが、
よろしければ、あ、作者コレを冒頭に入れようとしたんだね、と嗤ってやってください・・・(涙 
 
 
 噂をすれば、山野が現れた。
 
 (てか私のなかで噂してただけだけど)
 
 対面するなり、何を思ったか、あいかわらずのその美麗な顔がいきなりニヤリと哂って。勿論、そんな表情すら美しく。
 
 「・・・何ですか」
 
 隊士部屋へ向かう広い廊下の角で。
 げんなりしつつも、どうせ無視して通り過ぎても呼び止められるのは想像できた冬乃は、立ち止まり、
 さっさと話があるなら終わらせてと眼に訴えて、山野を見据える。
 
 「おまえ最近、大変そうだな」
 
 冬乃の刺々しさには当然に慣れきっている山野が、意に介さぬふうで話を始めた。
 
 「俺とくっついたことにでもしときゃ、収まるのに」
 「絶対いやです」
 冬乃の即答に、山野が想定内とばかりに哂う。
 
 「だったら“世話役”の沖田さんに頼んじまえばいいんじゃないか」
 
 冬乃が瞠目するのを。
 
 「名案だろ」
 山野がその可愛い笑顔で受け止めた。
 
 「沖田さんの女だったら、誰も手ださなくなる」
 
 
 (そ・・そんなこと、)
 
 頼めるわけないから・・!!
 
 想像しただけで顔がかあっと紅くなるのを感じて冬乃は、胸内に絶叫する。
 
 「俺から頼んでやろうか」
 「余計なお世話です・・!ぜったいやめてください」
 
 またも即答した冬乃に、山野が肩を竦めた。
 「沖田さんだったら快諾してくれんだろ」
 
 「そんなの、御迷惑にきまってます!」
 「・・・」
 
 「なんです」
 何かひどく言いたげな山野に、冬乃はおもわず睨みをくれる。
 
 「おまえって・・やっぱ鈍感なんだな」
 
 「は?」
 
 「まあ、いいや。恋敵の応援するつもりは無えし」
 とりあえず、
 と山野が冬乃に手を伸ばし。
 
 後退ってそれを避ける冬乃に、
 「俺ならいつでも歓迎だから」
 言い置くと、避けられた手を冬乃へ深追いさせることはなく。山野は去っていった。
 
 
 ・・恋敵?応援?
 
 (意味不明だし。だいたい鈍感ってなんなの)
 
 何が言いたかったのか知らないが、結局呼び止められて時間を浪費しただけのような。
 (やっぱ止まるんじゃなかった)
 冬乃は再び、急ぎ足で隊士部屋へと向かい出した。 
 
【おしらせ】

前回の『斎藤さんの、ある日の観察小噺』につづきまして、
『土方さんの、ある日の観察小噺』を用意いたしました^^!

こちらも本編と連動しており、
こちらの設定時期も、本編の第二部『一点紅を手折るは』の頃です。

ついでに作者の趣味で、土方さん、いじられてます^^;

いつも本当にあたたかいスター応援をありがとうございます。
そして悠さま、あらためて素敵なリクエストをありがとうございました・・v

☆設定値は、予告どおり10で設定させていただきました。
達してくださってましたらぜひ覘いてらしてくださいませ。

今の、冬乃の台詞は。暗に沖田へ告白してきている、としか受け取りようがあるまい。    もう言われなくても貴女の気持ちなら分かっていると、返してやりたくなる。だが、  すでに先刻結論づけたように、冬乃と安易に想いを通じ合わせていいはずも無い。      大体、冬乃は今、酒に酔っているから口を滑らせただけに違いなく。    (聞き流すしか・・ないよな)      これからずっと、こうして冬乃の気持ちを知らないふりをしていくことになるのかと。沖田はげんなりしつつ、  強く訴える様子で己を見つめてくる無邪気に残酷な冬乃から、目を逸らした。    そう、  己に芽生えているこの恋情もろとも、頭髮變幼 直視せぬようにしていく他無いのだと。      本当に一体、彼女は何を考え、どこまで認識しているのか謎になる。    ひとつ解るのは。    好きになってはいけない相手に、    互いに恋をしたと、いうことだ。    沖田は膳に猪口を置いた。  「冬乃さん、」    いったん逸らしていた視線を冬乃へ据え直す。    「だいぶ酒が回ってるようだし、そろそろ帰ろうか」  沖田がそう言うなり冬乃の返答を待たず、あっという間に、帰り支度を始め、  冬乃はぽかんとそんな彼を見つめた。 何故また急に、沖田が話題を変えて帰ろうと言い出したのか、常以上に不思議な沖田の言動を冬乃が吟味する時間もなく、そのまま彼は立ち上がった。    見上げた冬乃を「立てる?」と、その優しいままの眼で見下ろしてきて。  只どこかその、優しいだけではない眼の奥の色に。冬乃は不安になって、    また、何か言ってしまったのではないかと、思い巡らせ。  そしてそれは、すぐに答えを出した。      呑みに来るなら貴方とだけ    そういう台詞を、冬乃が最後に口にしていた事で。    (ばか、なんてせりふ言ったの・・!)    沖田はどう受け取ったのだろう、彼のこの反応を見れば、良い結果ではなかったことは明らかで。  冬乃はもう泣きたくなって、見下ろしてくる沖田から慌てて俯き、顔を隠しながら立ち上がった。  勢いがよすぎた。瞬間、頭の上から一気に血が降りてゆく感がして、目の前が星だらけになり、    よろけたところを沖田の片腕に抱きとめられ。  まだ眩暈がしているなか、冬乃は沖田の太い腕につかまりながら、顔を上げられずに。  「ごめんなさい・・」  小さく呟けば、沖田の笑いが落ちてきた。    「立てるだけ、学んだってことだね」    立ち上がることすら出来なかった島原の時と対比しているのだろう。  偉い。とそのまま戯れに褒めてくれる沖田に、 もう冬乃は何も継ぎ返せないまま、会釈をしてそっと身を離した。    冬乃が一人で立っていられることを確認した沖田が、そして背を返し襖へ向かっていくのを、冬乃は見上げて。諦念の内に追った。        店先に呼んでもらった籠で二挺、連れ立って屯所へと帰ってきた後、  「ご馳走様でした」ともう一度深々と礼をして別れてから、冬乃は深い溜息をついた。      いつまでたっても。好きな男のまえでは、どう振舞えばいいのか全然わからないでいる。  惨めな気分にさえ、なって。    今一度、冬乃は盛大な溜息をつき、がっくりと肩を落とした。    それまで休みがちだった穴埋めに、連日それこそ朝から晩まで働き通し、  さすがに疲れが出てきた、ある日の夜に冬乃は、  巡察なのか隣に沖田がいない夕餉の席で、ぽつんと食事をしながら危うく泣きそうになった。    沖田とは、あれから食事時などに顔を合わせても、挨拶や少しの世間噺ばかりで、  どこか互いによそよそしい態度になっていることを感じないわけにいかなかった。  冬乃のほうは気まずいからなのだが、沖田のほうまで何故か同じ様子で、完全に表面的な浅いつきあいの態度でくることに、  静かながら確実に冬乃の胸内は蝕まれていて。      (やっぱりあの台詞を言ったせいなのかな・・)    冬乃の、沖田への気持ちがあの時、伝わってしまったのかもしれず。

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