恋愛対象が女性なんて、おかしい。
最初はそう思っていたはずなのに、依織に会う度に、そんな気持ちが薄れていくのを感じていた。
真面目なのに、どこか抜けている性格。
争い事が嫌いで、実はかなりの小心者。
それなのに、いざというときは、周囲の反応など無視して必ず私の味方になってくれた。
二年生の秋。
私は、別の学科の女子に突然言いがかりをつけられた。
その子の彼氏が、期指 私のことを可愛いと褒め、付き合うなら私のような子が良かったと言っていたらしい。
その子はなぜか、怒りの矛先を私に向けた。
私はその子の彼氏とは挨拶程度しか交わしたことがないのに、人の彼氏を誘惑するなと責めてきたのだ。
そんなとき、真っ先に私を助けてくれたのは依織だった。
依織はその子に正論をぶつけ、私の前に立ちはだかってくれたのだ。
人見知りだけれど、親しくなった人にだけ心を開いてくれる。
『ありがとう』と『ごめんね』を、素直に言える人。
依織の笑顔を見る度に、私の胸はざわついていた。
二年生の冬、私は依織と二人で温泉旅行に行った。
その頃、依織は付き合っていた年上の男と別れたばかりで、傷心旅行と称して私が彼女を誘ったのだ。別れた原因は、性格の不一致だったらしい。
「食の好みも全然合わないし、一緒にバラエティーとか見てても笑うところが違うの。それに、マンガが好きだって言ったら、思いっきりバカにされたり。小説とかビジネスの本を読む人だったから、マンガは論外だったみたい」
「そんな男と別れて良かったじゃん。一緒にいたって、息が詰まるでしょ」
「……多分、向こうも私といて苦しかったと思う」
ニセコの温泉に浸かりながら、依織を慰めるフリをする。
本当は、慰めるために連れてきたわけではない。
ただ、依織を独り占めしたかっただけ。
そして、自分の本当の気持ちを確かめたかったのだ。
これは、錯覚の恋なのか、それとも本物の恋なのか。
でもそんなこと、当然依織に知られるわけにはいかなかった。
「そういえば、蘭ってずっと彼氏いないけど……いいなって思う人とかいないの?」
「……私、理想高いから」
「そっか。でも私、蘭みたいな人が理想かも」
「え……」
「一緒にいて凄く楽だし、話してて楽しいし。蘭が男だったら、彼氏にしたいって本気で思うもん」
何気なく放たれた依織の言葉は、私の胸を深くえぐった。
その瞬間、確信してしまったのだ。
私は依織に、本気の恋をしていると。元々、同性愛に対しての偏見はそこまでない方だと思う。
ただ、まさか自分が当事者になるとは思っていなかっただけだ。
依織に恋をしていると自覚した瞬間、私は意外にも自分の気持ちをすんなりと受け入れることが出来た。
「……ねぇ、依織。前にさ、私が高嶋さんの彼氏を誘惑したって責められたことあったじゃない?あのとき、どうして私の味方してくれたの?」
「え?」
「私はそんなことやってないって言ったけど、本当は私が嘘ついたかもしれないよ。私が、人の彼氏を奪おうとしてたかもって思わなかったの?」
そう聞くと、依織はアハハ……と笑い飛ばした。
「蘭がそんなことするわけないじゃない。それに蘭、あの子の彼氏に少しも興味なかったでしょ?」
「確かに、興味は全くなかったけど……」
「蘭は意外とわかりやすいから。蘭が誰かを好きになったら、私すぐにわかる自信あるもん」
「……」
私が想いを寄せているなんて、依織は全く気付いていない。
今こうして裸で一緒に温泉に入っていることに、私が胸を高鳴らせていることなんて、依織は知る由もないだろう。
それでいいと思ったけれど、どこか言いようのない虚しさも感じてしまった。私は依織に自分の気持ちを伝えるようなことはしないと決めた。
この気持ちを受け入れてもらえるはずがない。
それどころか、築いた友情さえ壊れてしまう可能性がある。
依織との関係が途切れてしまうことだけは、絶対に避けたかった。
その後、依織は専門学校の卒業を間近に控えた頃、二つ年下でプログラミング学科の桐生遥希に告白された。
依織は告白されるまで彼のことを全く知らなかったようだけれど、私は彼の存在を知っていた。
彼が入学してきたとき、私と同じクラスの女子が、カッコいい子が入学してきたと騒いでいたからだ。
でも私は、その意見に共感することは一切出来なかった。
一体どこにそんな魅力があるのか、わからなかったからだ。
だから、依織が彼の告白を受け入れ付き合い始めたときも、どうせすぐに別れるだろうと思っていた。
実際、二人が一緒にいるところに何度か遭遇したことがあったが、最初は依織に夢中だった彼の熱は少しずつ冷めていっているような気がしていた。
それでも、二人の関係は六年も続いた。
私はその間、何度も依織のことを諦めようと努力したけれど、結局気持ちが冷めてしまうことはなかった。
私の方が、絶対に依織を幸せに出来るのに。
そんな気持ちばかりが強くなっていって、苦しかった。そしてその間、私は自分と同じように依織に想いを寄せる存在に気付いた。
甲斐悠里。
理学療法士として同じ病院に勤務している、私や依織と同期の男だ。
誰にでもオープンな性格の甲斐とは、知り合ってすぐに親しくなった。
私にとって甲斐は、何人かいる男友達の中の1人で、それ以上でもそれ以下でもなかった。
依織にとっての甲斐は、男友達の中で1番心を許せる親友だった。
二人の気が合うことは、会話をしている様子を見ているだけでもすぐにわかるほどだった。
社会人になってからも、私は変わらず依織に想いを寄せ、依織のことだけを見つめていた。
だから、気付いてしまったのだと思う。
甲斐の依織を見つめる視線が、友達に向けるものとは違うということに。
出会って二年が過ぎた頃、私はたまたま昼休憩で甲斐と二人きりになったため、核心を突くことにした。
「ねぇ、甲斐。あんた、依織のこと好きなの?」
ストレートにそう聞くと、昼食でカレーを食べていた甲斐は、喉を詰まらせたのか急に咳き込みだした。
「動揺し過ぎ。好きなのか聞いただけなのに」
「お前、何言って……」
「気持ち、伝えるつもりはないの?」