ロキが電光石火で逐電してからおよそ二時間後、漸く人数が整ったらしく、ウージとメキーラが『キチン亭パランパ店』の近くまで戻って来ていた。まだ激しい雨は続いている。「言っとくが、ハンベエが現れそうになったら俺は身を隠すからな。後は集めた連中とあんたで勝手にやってくれ。」ウージは毒突くようにメキーラに言った。「分かった分かった。貴公、余程ハンベエが怖いと見えるな。」「怖いんじゃねえ。関わり合いになりたくねえだけだ。面倒な事に為りかねないから。」心底面倒事を恐れるようにウージは顔を歪める。そうして、「メキーラは知らないだろうが、ハンベエにはいざ・・・・・・・・。」と言いかけて、不意に口を噤んでしまった。あたかも、その後の言葉を発したら、吹き荒ぶ雷雨の中から稲妻が降っFUE植髮てくると直感する禁句でも有るかのように突然口を閉ざしたのである。いざ・・・・・・・・、何と言おうとしたものか?「えっ・・・・・・・・ええと・・・・・・・・逃げる。逃げると決めて逃げ出した以上はとことん逃げるよお。ハンベエだって、戦略方針をコロコロ変えるのは愚か者だと、言ってたような言ってなかったような・・・・・・・・とにかく、逃げる。」ぶるぶるっと身を震わせてロキが答えた。そのまま、二人は降りしきる雨の中を物も言わずに駆け続けて行った。「何だ突然。メキーラは訝しげにウージを見た。「いや、何でもねえ。」ウージは誤魔化すように顔を背ける。メキーラは、得心がいかない顔付きであったが、それに構っても居られないのであろう。手下の一人に『キチン亭パランパ店』の様子を見に行かせた。客を装って目立たないように調べてこい命じたのであるが、手下は飛ぶように駈け戻って来て報告した。「ロキは二時間以上も前に宿を引き払ってますよ。」「何だと メキーラは思わず驚いた表情になった。「勘づかれるようなヘマはしていない筈だが。」しきりに首を捻っていたが、更に手下に問い質した「ロキの他に連れは居なかったのか?」「連れと言えば、立ち去る前に黒いマントを来た女が訪ねて来てたようです。」「女?」メキーラは当てが外れたような、煮え切らない顔付きになった。一方、ウージは一瞬蒼褪め、次にメキーラが何を言い出すか、不安そうに覗き込んでいる。「女か。ハンベエではないんだな。空振りになったか。小僧を追っても仕方ないか。日を
改めてゲッソリナに赴くしかないな。」メキーラの口から諦めの言葉が漏れた。「おいおい、集めた奴らはどうするんだ。手ぶらじゃ帰せないぜ。メキーラが追跡しないと判明して、急に血色の良くなったウージがしたり顔で不手際を責める。「金は出そう。しかし、当初の三分の一だ。」「そいつは有難い。」解散の運びとなったようであるが、雨はまだ激しく降っていた。危難が去った事を知らぬロキはその後もイザベラと駆け続け、小さな森に空き家になっている木こり小屋を見付け、へとへとの濡れ鼠で崩れるように潜り込んだ。日は既に落ちていた。直ぐにイザベラが火を起こすロキはびしょ濡れの服を脱いで、下着姿になると雑巾よろしく固く絞った。木こり小屋の土間はあっという間に水浸しである。イザベラの起こした火がそこそこの焚き火になるとガチガチと震えながら当たった。下着姿に抵抗は有るが、レディの前だからと我慢できるような状況ではない。芯から冷え凍って、気を抜くと気絶してしまいそうだ。イザベラはゆるりとマントを脱いで壁に掛けた。どうした事か、イザベラのマントの下に着ている服はほとんど濡れていないのである。ロキと同じく激しい雷雨の中を駆けてきたというのにである。別にイザベラが服を脱ぐのを期待していたわけではないが、ロキは納得行かないという表情を隠せない。何でオイラがズブ濡れなのにイザベラはマントだけで済んでるんだよお、と喚きそうであった。尤も、寒さでそんな気力も尽きて居たのだが。側へおいで、暖めてあげるから。」イザベラがロキに身を寄せて言った。至って穏やかな口調である。強いて言えば、菩薩にも似ている。「いや、いいよお。」「何言ってるのさ。震えてるじゃないか。」