2021年02月

イシキンは一歩入って気をつけの姿勢をとった。「了解。」ハンベエは一言答えると、執務室を足速に出て司令部の外に向かった。司令部正面に騎馬兵三百、辺りに威風を放って整列していた。羽根飾りの付いた兜を被っているのが、彼等の大将らしい。この風俗は・・・アルハインド族か。)ハンベエの頭をいやーな予感が掠めた。羽根飾りの男を見ると、何処かで見た事が有るような気がしてならない。「ハンベエー、注文通り三百騎だよお。」金融科技意気揚々とロキが走り寄って来た。ロキに続くように、ヘルデンもやって来る。「ご苦労だった。」ハンベエはヘルデンに労いの言葉を掛けた。ヘルデンはニヤッと笑って敬礼だ。「あれー、オイラには労いの言葉は無いのお。あの騎馬兵達を見つけたのはオイラなんだよお。」ロキが不満顔で頬を膨らませる。ハンベエはロキの肩を掴み、膝を落として、相手の顔の前まで己の顔を降ろし、「居ないんで、色々不便したぜ。相談したい事が有るから、執務室へ行っていてくれ。・・・いや、その前に王女を見舞ってやってくれ。」と柔らかな口調で言った。「王女様、具合が悪いの?」「いや、至って元気なはずだが、ロキが居ないと淋しいだろうと思ってな。」「言われなくても、ご機嫌伺いに飛んでくよお。」ロキは司令部の入口へと駆けて行った。ハンベエの正面方向から、騎馬傭兵の頭と思われる羽根飾りの人物がツカツカと歩み寄っていた。 羽根飾りの男は、真一文字にハンベエを目指して歩み寄って来る。そして、腰に帯びている両刃の長剣を抜き放つと、ハンベエ目掛けていきなり切り付けて来た。「死ねっ。」剣をかざした男の口から吐き出されたのは、憎悪のこもった短い一言であった。ハンベエは一歩下がって、剣を躱した。出し抜けの一撃にあわやと思われたが、少しも慌てた様子は無い。「ちっ」男は刃を翻して、逆方向に切り返した。ハンベエは更に一歩下がって躱した。「うおっ。」火のような息を吐いて、剣を旋回させ、男は今度は頭上から切り下げて来た。ハンベエは半身に躱して男の内懐に踏み込んだ。入り身という技らしい。そうして、羽根飾りの兜の下に隙間見える男の額に右手でデコピンを食らわした。ごっついハンベエの中指が相手の額に弾け、バッチィィィっと痛ましい音が発っせられた。その音の凄い事凄い事、少し離れた場所で見ていたヘルデンが、大将危うし!と剣の柄に掛けた手を離し、自分が喰らったかのように顔をしかめ、思わず両の握り拳で半開きの口を覆ってしまったほどだ。一瞬、目が眩んだようによろめいた羽根飾りの男であるが、横殴りに大きく剣を薙いだ。ハンベエは軽く後ろに跳んで間合いの外に躱す。以下、羽根飾りの男斬り付ける、ハンベエ躱して踏み込む、バッチィィィ、男切り払う、ハンベエ跳び下がる、という繰り返しが何十度となく続き、とうとう羽根飾りの男は疲れと苦痛から尻餅を突いてしまった。ハンベエは刀に手も掛けていない。ハンベエを守ろうと身構えていたヘルデンもハンベエがあまりにも余裕だったので手を出しかねて見守ってしまっていた。「殺せっ、殺せえ、馬鹿にしおってから。」ハンベエに一太刀浴びせるどころか、赤子扱いの上、斬られもせず、デコピン喰らう事数十発、痛みと口惜しさのあまり、涙まで流している。

南方にいた間は女性に接する機会など無かったが、今回王宮に入ってみると一騒動であった。色男金と力は無かりけりなどと云う言葉があるが、地位は国王である。権勢、財力並ぶ者無し、おまけに甘いマスクで年端もいかないと来た日には、女共の騒ぐ騒ぐ事。侍女に収まらず、貴族の娘共までその寵を受けんものと押し寄せて来たのであった。今まで、あまり女性と接する機会こそ無かったが、どうやらその道は嫌いで無かったらしい。取っ替え引っ替え若さに任せ、夜ごと日ごとの肉弾戦。漁色もいいところ・・・と言うのは、口さがない下々の見た印象であった。何割かのスケベ心ある民草にとっては、あやかりたいやら、蚊帳吊りたいやら、幼兒劍橋英語課程 腹立てたいやらで、尾ヒレハヒレも付きまくったのであろう。実際はそこまでの事は無かったらしい。が、少なからず、女出入りはあった。品行方正の聖人君子では無かったのである。ま、お若いのだ。ハシカのようなもの、その内飽きられるであろう、とステルポイジャンはモスカに対するほどの不快感は抱かず、好意的に見ていた。(いずれは国王の努めを思い興されるであろう。)一人になった執務室でステルポイジャンはそんな事を考えながら、テッフネールという男を待っていた。ステルポイジャンめ、あの態度は何じゃ。国母であるわらわを何と心得ておるのじゃ。」大将軍の執務室を辞し、廊下を少し歩くと、モスカは小声でガストランタに漏らした。不快げに顔を歪めている。ガストランタはモスカの少し後ろを寄り添うように歩いていたが、ハッと顔色を変え、「太后殿下、ここはまだ王宮、滅多な事を言ってはなりません。とは云え、大将軍の敬意一つ見せぬあの振る舞い、お気持ちはお察しいたします。」と窘(たしな)めた。「そうであったの。そうじゃ、今宵はわらわの臥所(ふしど)に参るが良い。今後の事をじっくり話そうぞ。」モスカは例のケバケバしい扇子で口元を隠しながら囁いた。 二人が王宮の出口に差し掛かった時、初老の男が入って来た。髪はザンバラに肩口を越し、陰欝な目をしている。衣服は洗いざらしの白い上下で、ややそぼろになっている。腰にはハンベエやガストランタと同じ種類の片刃の剣、つまり日本刀に似た剣を一振り帯びていた。男はモスカ達を見掛けると、脇に寄り、片膝ついて道を空けた。見掛けない顔だ、と思いながらガストランタはモスカを守るようにして外に出た。その男とすれ違って数歩、突然ガストランタは背中にゾワッと冷たい痛撃を一筋感じて、腰の刀に手を掛けて振り返った。振り返った先には、その男が薄ら笑いを浮かべて立っていた。ほう、少しはできるようじゃな、とでも言うように、その男は片頬を歪ませて歯を見せた後、無言のまま背を向けて歩み去って行った。(間違い有るまい。こいつがテッフネールだ。)ガストランタは全身びっしょりと冷たい汗を流しながら思った。背中に痛撃を感じたが、斬られたわけでは無かった。初老の男の放った殺気に感応してしまったのである。「いかが致した。」と訝るモスカに、「いえ、何も。」とガストランタは、辛うじて平静を取り戻して答えた。その男、真っ直ぐにステルポイジャンの部屋に向かい、軽く扉をノックするとそのまま中に入った。「ステルポイジャン将軍、お久しゅうござる。お招きにより参上致した。」「おおう、テッフネール。待っておったぞ。」ガストランタが直感した通り、この初老の男が、剣の腕なら右に出る者無しとステルポイジャンの言った、テッフネールであった。「まこと久しいのお、十年になるか。先ずは座れ。」

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