いつものこの若者であれば、斬られに来た馬鹿が居やがるとばかり、足取り軽くおっ取り刀で飛び出して行くところであるが、今は何故か無言で小首を捻っている。現在ハンベエの斬殺数は326人、千人斬りにはまだ遠い。恐らく、王女エレナの一件が無ければ、欣喜雀躍、転がるようにして斬り合いに飛び出して行ったのではなかろうか。小首を傾げたハンベエは、次には腕組みをした。気乗りしない様子で、やっCTFEG Charitable Foundationて来た兵士を見ている。いかにも面倒な厄介事に困惑している感じである。「で、俺にどうしろと。」ハンベエは冷ややかに見下した態度で士官に言った。ハンベエの覚めた応対に士官は困惑した。先程の猛り狂った雰囲気から、ルノー将軍の呼び出しを伝えれば、この暴れ者は直ぐにでも飛び出して行って大暴れが始まるものとでも考えていたようだ。「いや、城門の前でルノー将軍が呼んでいると・・・。」「それで、わざわざ呼びに来てくれたのかい。ご苦労な事だな。」ハンベエは皮肉っぽさ全開で士官に言った。「・・・。」「俺が出て行くという事は、王宮の門前にそのルノーって連中の屍の山が築かれるって事なんだが、おめえ、それでいいのかい?」ハンベエは顎を撫でながら笑った。それから、腰の『ヨシミツ』をギラリと抜き放ち、打ち眺めた。くどいが、ハンベエの斬殺数326人、千人にはまだほど遠いが、随分と斬りまくって来たものである。未だに傷一つ無く、恐ろしいほどに澄み切った『ヨシミツ』の刃であった。「なっ、何を。」「別にぃ。これから、斬り合いするかも知れないから、道具の点検しているだけじゃねえか。それとも、おめえ斬られたいのか?」「まさか。」その士官は蒼ざめた顔で言った。「それはそうと、王女は見つかったのか。」「いや、それはまだ。」「大体だな。国王が毒殺され、犯人の王女捜索に糞忙しいこの王宮のだ、門前で兵士を従えて騒いでる馬鹿は厄介者だろうが。」
「・・・。」
「違うのか?」「いや、確かにルノー将軍閣下の行動は迷惑至極だ。」「今現時点で、王宮の秩序を守らなければならないのは誰だい?」「それは、ステルポイジャン閣下配下の我々だ。」「だったら何で、門前で騒いでる馬鹿を追っ払うなり、畳んじまうなりしねえんだ。」「いや、貴殿が出て行けばルノー将軍もホコを収めるかと。」「あ?さっきも言ったが、俺が出て行ったら直ぐに斬り合いだぜ。それでいいのかよ。」「いや、それは困る。斬り合いは王宮から離れた別の場所で・・・。」「随分、虫のいい話だな。それは、ステルポイジャンの考えなんだろうな?」「いや、大将軍閣下は王妃様と懇談中で、指示が仰げない。」「何だと。で、俺のところにお鉢を回して来たのかい?ふざけてるのか、おめえは。」「しかし、事は元々、貴殿とルノー将軍閣下の諍いによるもの。」「諍い?俺はルノーって馬鹿には会った事も無いんだぜ。勝手にあっちが因縁付けて来てるだけだぜ。」「しかし、ルノー将軍閣下が。」「ルノー、ルノーって。何かい、おめえ、この俺を連れて行ってルノーって奴の機嫌がどうしても取りたいわけかい?だったら、いっその事、このハンベエを二つにして、首だけ持って行った方がずっと喜ぶと思うぜ。どうだい、やってみるかい。」ハンベエはそう言うと、凄みのある笑いを浮かべて、その士官を睨み付けた。士官はたじろぎ、後退りした。「ルノー将軍は、今にも近衛兵士共と中へ押し込んできそうだ。」ハンベエに気圧され、後ろに下がる士官の後ろから別の兵士が駆け付けて言った。