2021年01月

いつものこの若者であれば、斬られに来た馬鹿が居やがるとばかり、足取り軽くおっ取り刀で飛び出して行くところであるが、今は何故か無言で小首を捻っている。現在ハンベエの斬殺数は326人、千人斬りにはまだ遠い。恐らく、王女エレナの一件が無ければ、欣喜雀躍、転がるようにして斬り合いに飛び出して行ったのではなかろうか。小首を傾げたハンベエは、次には腕組みをした。気乗りしない様子で、やっCTFEG Charitable Foundationて来た兵士を見ている。いかにも面倒な厄介事に困惑している感じである。「で、俺にどうしろと。」ハンベエは冷ややかに見下した態度で士官に言った。ハンベエの覚めた応対に士官は困惑した。先程の猛り狂った雰囲気から、ルノー将軍の呼び出しを伝えれば、この暴れ者は直ぐにでも飛び出して行って大暴れが始まるものとでも考えていたようだ。「いや、城門の前でルノー将軍が呼んでいると・・・。」「それで、わざわざ呼びに来てくれたのかい。ご苦労な事だな。」ハンベエは皮肉っぽさ全開で士官に言った。「・・・。」「俺が出て行くという事は、王宮の門前にそのルノーって連中の屍の山が築かれるって事なんだが、おめえ、それでいいのかい?」ハンベエは顎を撫でながら笑った。それから、腰の『ヨシミツ』をギラリと抜き放ち、打ち眺めた。くどいが、ハンベエの斬殺数326人、千人にはまだほど遠いが、随分と斬りまくって来たものである。未だに傷一つ無く、恐ろしいほどに澄み切った『ヨシミツ』の刃であった。「なっ、何を。」「別にぃ。これから、斬り合いするかも知れないから、道具の点検しているだけじゃねえか。それとも、おめえ斬られたいのか?」「まさか。」その士官は蒼ざめた顔で言った。「それはそうと、王女は見つかったのか。」「いや、それはまだ。」「大体だな。国王が毒殺され、犯人の王女捜索に糞忙しいこの王宮のだ、門前で兵士を従えて騒いでる馬鹿は厄介者だろうが。」

「・・・。」

「違うのか?」「いや、確かにルノー将軍閣下の行動は迷惑至極だ。」「今現時点で、王宮の秩序を守らなければならないのは誰だい?」「それは、ステルポイジャン閣下配下の我々だ。」「だったら何で、門前で騒いでる馬鹿を追っ払うなり、畳んじまうなりしねえんだ。」「いや、貴殿が出て行けばルノー将軍もホコを収めるかと。」「あ?さっきも言ったが、俺が出て行ったら直ぐに斬り合いだぜ。それでいいのかよ。」「いや、それは困る。斬り合いは王宮から離れた別の場所で・・・。」「随分、虫のいい話だな。それは、ステルポイジャンの考えなんだろうな?」「いや、大将軍閣下は王妃様と懇談中で、指示が仰げない。」「何だと。で、俺のところにお鉢を回して来たのかい?ふざけてるのか、おめえは。」「しかし、事は元々、貴殿とルノー将軍閣下の諍いによるもの。」「諍い?俺はルノーって馬鹿には会った事も無いんだぜ。勝手にあっちが因縁付けて来てるだけだぜ。」「しかし、ルノー将軍閣下が。」「ルノー、ルノーって。何かい、おめえ、この俺を連れて行ってルノーって奴の機嫌がどうしても取りたいわけかい?だったら、いっその事、このハンベエを二つにして、首だけ持って行った方がずっと喜ぶと思うぜ。どうだい、やってみるかい。」ハンベエはそう言うと、凄みのある笑いを浮かべて、その士官を睨み付けた。士官はたじろぎ、後退りした。「ルノー将軍は、今にも近衛兵士共と中へ押し込んできそうだ。」ハンベエに気圧され、後ろに下がる士官の後ろから別の兵士が駆け付けて言った。

あの時、ロキがドアを開けてその男を見た時、実は同じ部屋にボーンも居合わせたのだった。ボーンは瞬時に気配を消して、男の死角に潜んだ。さすがにサイレント・キッチンの腕利きとして鳴らしているボーンである。陰形の術はお手のものだった。そうとも知らないモルフィネスの手下は、ロキを気絶させ、さあ担いで行くかと腰を屈めたところをボーンに不意打ちされ、気絶させられてしまったのだった。こういう時は、当て身と言って、みぞおちに拳を叩き込んで気を失わせるのが、割と時代劇等で目にする場面なのだが、試管嬰兒過程それを忘れていたのか、それとも最初から知らなかったのか、背後から男のこめかみに回し蹴りを叩き込んでいた。一発蹴り込んで、もう一発と反対側の足を上げようとした時には、当たりどころが良かったと見えて、男は昏倒していた。それから、ロキに活を入れて、男の方は手足をふん縛って床に転がしておいたわけである。ボーンの蹴りが相当利いているものと見え、そのモルフィネスの手下は意識を取り戻す気振りさえ無い。ハンベエはボーンを見てちょっと首を傾げていたが、やがて、くっくっくっと、体をひきつらせるようにして笑った。「そう言えば、ボーンはそういう奴だったな。ふふっ・・・いやいや、良くぞ居てくれた。」そうなのである。ゲッソリナにいた頃も、ハンベエとロキが王宮に出かけていた間、ロキの借りていた部屋を我が物のように使っていたボーンは、今回もロキの部屋を根城にして探索を行っていたのだ。そして、モルフィネスは、そんな事とは予想だにせず、手下に、不用意にも一人でロキを攫いに来させてしまった、という事になるのである。神ならぬ身であれば、後になれば随分間抜けな行動、とはままある事ではある。「ボーンさんの活躍かっこ良かったんだよお。ハンベエにも見せたかったよお。そいつなんかまるっきり歯が立たなかったんだから。」とロキは、いかにも楽しそうに言った。「いや、ロキは気絶していて、見てないから。」ボーンは苦笑混じりに言った。「あはは、そうだったよお。」相変わらずの少年ロキであった。ハンベエは顔を緩めたが、ボーンの立ち回りを見られなかったのは、ちょっと残念な気がした。最初出会った時から、ボーンが相当腕の立つ奴だという事は肌で感じているハンベエであるが、ボーンが闘うところは見ていない。ついさっきまでは、ロキの身を案じて、慌てふためいていたハンベエであったが、ようやく、心が静まってきたようである。「アルハインド族との戦争やら、色々騒がしい事になっているようだな。良かったら、何がどうなっているのか聞かせてもらえるかい。」とボーンは、相変わらずニヤニヤしながら言った。「だな。座るか。」ハンベエはそう言うと、テーブルのところへ行って椅子に座った。他の二人も椅子を取って来て座り、三人は車座になって向き合った。それから、ハンベエはアルハインド襲来から、さっきのモルフィネスとの会見に至るまでを可能な限り正確に話した。ただし、イザベラに出会った一件だけは伏せておいた。さすがにロキに対してならともかく、ボーンにイザベラの話はまずかろうと思ったわけである。勿論、ボーンがサイレント・キッチンの人間だからであるが、その一方でイザベラの件を知らせない事で、ボーンの負担を減らしてやったつもりでもあった。全くもって身勝手な言い分であるが、ハンベエとしては、(これでも俺は、ボーンの身を気遣ってやってるんだぜ。)という具合に考えたのだった。「バンケルク将軍がそんな酷い指示をしたのお。・・・信じられないよお。・・・オイラ、将軍に騙されてたのかなあ。」ハンベエの話が終わると、ロキが元気のない顔で言った。最初、バンケルクにに目をかけられ、バンケルクを憂国の士、立派な人物であると信じ、王女エレナへの手紙を届ける役目を果たしたロキとしては、ハンベエの処遇の一件はともかく、今回の対アルハインド戦におけるバンケルクの第5連隊の扱いようは余程ショックなようであった。「王女に剣を教えてる頃は、清廉な人物として知られていたんだが・・・あの御仁、人が変わったみたいだな。」ボーンがボソリと言った。昔のバンケルクを知っているのか?」とハンベエがボーンの言葉を聞き咎めて言った。「直接知りはしないが、今回の調査に当たって、バンケルクの人となりの、そこそこの情報は仕入れて来ている。「バンケルクって奴は、王女の剣の師らしいが、一体王女とはどんな関係なんだ。

戦争で大被害を受けて戻って来た第5連隊を武力鎮圧したとなれば、どんなに上手く理由をつけて事態を糊塗しようと、タゴロローム守備軍本部の統率力不足は指弾されるであろうし、ゲッソリナの中央政府からの守備軍軍政への容喙は免れないであろう。殊に今は、サイレント・キッチンのシャベレーという高官が財務監査に来ている最中である。その上、連隊状況の報告にやって来たコーデリアスの側近の振舞いを見れば、第5連隊兵custom packaging manufacturers分も分かろうというもの。きっと連中はやけくそまみれの死に狂いになって抵抗するであろう。一方、その鎮圧に使うべき他の連隊の兵士といえば、第5連隊兵士に同情的で戦意に期待が持てない。たった百名の兵士と言えど、へたな手出しをすれば、とんでもない大火傷をしそうである。まずい、とモルフィネスは思わざるを得ない。いっそのこと、戦争の最中にコーデリアスを殺しておくべきだった、と後悔していた。当初、アルハインド勢に対抗すべく作戦を立てた時に、第5連隊の恨みを買うであろう事は、当然予測していた事であった。だが、元々クズの集まりと称せられていた連中である。それが敗残の尾羽打ち枯らした状態で戻ってくるのだ、いかに恨みを抱いて戻って来ようと、何ほどの事もあるまい、そうモルフィネスは高をくくっていた。しかるに、案に相違して、戻って来た第5連隊兵士は少数と言えど意気軒昂、守備軍本部への憤りで武装した、地獄帰りの死兵と化してしまった観がある。おまけにコーデリアスやその側近の痛烈な自決は、さらに第5連隊兵士の心の火に油を注いだであろう事は疑うべくもない。その第5連隊兵士の沸騰する戦意の中心にいるのは、間違いなく、あの男ハンベエである。どうあっても消えてもらわねばならぬ、とモルフィネスは思った。バンケルクの懐刀となっている、このモルフィネスという男は、直属の配下に20人程の腕利き戦士を集めていた。一騎当千とまでは言わないが、一種のエリート部隊で、一人一人が十人の通常兵士と当たり得ると言われていた。モルフィネスはこれを『群狼隊』と名付け、己の手足として使っていた。群狼隊の隊長はビルコカインという男で、モルフィネスの指示であれば、陰惨な悪事も辞さない人物という専らの噂であった。モルフィネスはハンベエに金貨500枚を支払って、タゴロロームを立ち去るよう説得し、もしハンベエが応じねば、ビルコカイン以下の群狼隊に始末させる事を決意した。ハンベエという男、相当腕が立つようであるが所詮は一人の人間、自分の配下の群狼隊を10人も投入すれば始末できないはずはないと考えたようだ。ハンベエ達第5連隊は既に駐屯地に戻っていた。そして、コーデリアスの亡骸を弔い、守備軍本部の動きを警戒しながら、休養を取っていた。休養と言っても、連隊兵士にはできるだけ固まって一人にならないよう注意をしていたので、兵士の息抜きの最大のものの一つである売春宿訪問は禁止されていた。いやはや、お気の毒な事である。一方、他の連隊兵士達も駐屯地に戻って来ていたが、こちらは交代でいそいそと良からぬところへ出かけたようだ。第5連隊兵士の中には、先に説明したボルミスのように、それが一番の楽しみの兵士もおり、我慢のあまり指をしゃぶらんばかりの者もいたが、ハンベエに逆らってまで出かけて行く者はいなかった。幸いな事にハンベエ、兵士達には強面のようである。

ハンベエは老婆の耳元に口を持って行き、「まだこんな所にいるのか、王女の命をまだ狙っているのか。」と言った。「ふふ、王女様が心配かい?」老婆が笑った。その皺くちゃの顔の中に、僅かに目だけにイザベラの面影が読み取れた。油断の無い目でハンベエを窺ってている。だが、特にハンベエと争う様子は無いようだ。ハンベエは老婆の捜し物を手伝うようなふりをして足元を見回した。二人は中腰で足元を見回しながら、english playgroupけた。「あたしの呪いが効かなかったなんて、驚いたね。もうとっくにくたばってると思ってたのに。」「いやいや、悪夢にうなされて、危うくあの世に行くところだった。あれは何かの術だったのかな。」「あらあら、それじゃ術は効いてたんだ。生きてるとは奇妙だね。まあ、折角だから、さわりだけ教えてやるよ。人間は誰しも自分の心の中に自分自身を滅ばす死神を眠らせているのさ。あたしはその死神の目を覚まさせてやっただけ。・・・ふふ、あたしにも教えておくれ。どうやって死神から逃げ延びたのさ?」「斬り捨てた。」「・・・。」「話を元に戻すが、王女の命をまだ狙っているのか?」「王女には何の恨みもないけれど、生憎と、仕事だからね。ねえ、ハンベエ、いっその事、あんたが手を貸してくれたら簡単に片付くんだけど。・・・そしたら、あたしが腕によりをかけて、この世のものとも思えない快楽の世界に招待してあげるんだけどねえ。こう見えても、一度このあたしの相手をして、夢中にならなかった男はいないんだよ。」「・・・」ハンベエは無言でイザベラを見つめた。どこまで本気なのか、見定めようと。「・・・なんてね。王女の暗殺はとりあえず中止。ついさっき、依頼に嘘があった事がはっきりしたから。とりあえず、手を引くから、安心おし。」「では何故、こんな所をウロウロしている?」「それは、ハンベエ、あんたを見かけたからかな。あたし、あんたに惚れちまったかもよ。なんせ、このあたしをぶちのめした男なんて、あんたが初めてだからね。」ハンベエも相当人を食った性格だが、このイザベラはそのハンベエの上を行くらしい。一度はハンベエに叩きのめされて、その強さは身に染みて解っているはずなのに、半ばからかうような事を言って楽しんでいるようだ。ハンベエはそんなイザベラになんと言っていいか分からず、黙ってしまった。イザベラは地面から、何か拾い上げて、ハンベエに示した。それは少し錆びかけた一枚の銅貨であった。ようやく捜し物が見つかったという表情だ。イザベラは銅貨を見つけて、やれやれといった風情に体を伸ばした。ハンベエもそれに合わせて真っすぐに立ち上がった。 イザベラの化けた老婆は、小腰を屈めてハンベエに一礼すると、そのまま、ひょこひょこと立ち去って行った。途中、一度、振り返った。「あんたとの約束は、今度会う事があったら、果たしてやるよ。まあ、あんたがその気だったらの話だけど。」ハンベエにだけ聞こえるイザベラの独特の声だった。 老婆はもう一度お辞儀をすると、そのまま立ち去った。 既に、王宮兵、ラシャレー配下のサイレント・キッチン、そして又、ステルポイジャンの王宮警備隊などの面々が血眼になって捜し回っているというのに、その中をイザベラは平然と渡り歩いている。己の変装に絶対の自信があるのであろうが、大胆不敵としか言いようが無い。(大した女だ。)ハンベエは改めてイザベラという女に不思議な魅力を感じ、止めを刺さないで良かったと思った。自分が悪夢にうなされて死にかけた事もすっかり忘れて、王宮の残りの周りを見て回りながら歩いて行った。 王宮内では、ちょっとした異変が起きていた。かつて王女エレナの乳母であった婦人が気を失って倒れていたのである。発見したのは、エレナの身の回りの世話をしている女官であった。婦人は王宮内で個別に部屋を与えられ、現在は女官達を指揮監督する役目を与えられていたが、自分の部屋の隅の方で気を失って倒れているのを、婦人に用事があって部屋を訪れた女官が発見したのだった。

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