2020年12月

「そうだね。僕のストレスの大半は、やっぱり仕事かな。特に多趣味なわけじゃないから、ストレスの解消法がいまいちよくわからなくて」「それ、わかる!何か夢中になれるような趣味があればいいんだけど、そう簡単には見つからないんだよね」そこからは、なぜか互いに無趣味だという話で盛り上がってしまった。前回ここで会ったときよりも、今回の方が話が弾む。それはきっと、自分でも気付かない内に私が彼に心を開き始めていたからなのだろう。custom packaging manufacturers、同僚とも違う。私と彼の関係は、きっと言葉ではうまく説明出来ない。「七瀬さんは、何か趣味とかあるのかな」「依織はインドアだから、マンガとかゲームかな。あとドラマ鑑賞」依織は昔から少女マンガを読むのが大好きで、マンガの話を振ったら永遠に話していられるくらいハマっている。好きなマンガのことを、ジェスチャーを交えて楽しそうに私に話してくれる。いつもそんな依織が可愛くて、愛しくて、たまらなかった。「へぇ、そうなんだ。もっと七瀬さんのこと、君に教えてもらおうかな」「私に聞くより、本人に直接聞いた方がいいと思うけど」「僕も本当はそうしたいんだけど、最近全く会えてないんだ。連絡しても、毎回忙しいって言われて会うのは断られるよ」依織は予定がびっしり入るのが嫌な子だから、毎回忙しいなんてことはないと思う。そもそも残業がほとんどない職種なのだから、夜は比較的空いているはずだ。それでも断るということは、ただ単に久我さんと二人で会いたくないのだろう。それか、意識してしまうから敢えて会わないようにしているか。何となく依織は、後者のような気がした。「君は毎日七瀬さんに職場で会えていいね」「羨ましいでしょ?好きな人に職場で会えるなんて、最高よ」依織に会えない毎日なんて、今の私には考えられない。依織を好きになったあの日から、私の隣にはいつも依織がいた。

社会人になってからは、ほぼ毎日顔を合わせている。ただ顔を見れるだけで、声を聞けるだけで、幸せだと思っていた。「ねぇ、久我さんって今まで何人の女と付き合ってきたの?」「唐突な質問だね」「だって、女慣れしてそうだから。依織も、多分その辺は気になってると思う」このルックスで人当たりの良い態度は、普通の女性にとっては魅力的に映るのだろう。もし彼がうちの職場にいたら、間違いなく職員からの人気ナンバー1に上り詰めているに違いない。なぜこの年齢まで独身なのか不思議なくらいだ。「じゃあ、僕が話したら君も話す?」「私はそんなに経験多くないから。男とヤっても、気持ち良いと思ったことないしね」「それは、案外男の方に問題があったのかもしれないよ」私はおでんを食べる手を止め、隣に立つ久我さんを見つめた。「何言って……」「君を満足させることが出来なかった男が悪いって、思ったことはないんだ?」「……」セックスしても、毎回感じるのは苦痛と虚無感ばかりだった。心が満たされたことなど、一度もない。相手を変えても、結局思うことは、『あぁ、やっぱりこんなもんか』何も感じない自分がおかしいのだと思っていた。相手を責めたことなんて、今まで一度でもあっただろうか。「問題があるのは……私の方だと思ってた。だって、今まで私、男の人にドキドキしたことないし……」「それは、今まで出会ってきた男に魅力がなかっただけかもしれない。……まぁ、推測だけどね」この人の言葉は、なぜか私の心を軽くしてくれる。前回ここで会ったときもそうだった。

誰にも言えなかった私の気持ちを、一切否定することなく肯定してくれた。この人だけが、理解してくれた。「……ちょっと、話はぐらかさないでくれる?いつの間にか、私の話になってるんだけど」「あぁ、バレたか」彼は悪びれることなくニヤリと不敵な笑みを見せた。

"  「甲斐、もし時間あるなら家に上がってよ。朝食作るから、一緒に食べよ」わざわざ実家まで送ってくれた甲斐に、何もお礼をせずに帰すわけにはいかない。「じゃあ、せっかくだし久し振りにお前の家族に会って行こうかな」「うん、甲斐が来たらすごく喜ぶと思う」社会人になりたての頃、甲斐や蘭が一人暮らしを始める際の引っ越しを手伝ってくれた。そのときに、甲斐は私の家族と親しくなったのだ。人見知りをしない性格の甲斐は、すぐに私の家族と打ち解けた。それからというもの、何度か甲斐と蘭を実家に連れて行き、香港最好Playgroupで食事をすることがあった。「ただいまー」玄関の鍵を開けると、家の中からすぐに飛び出してきたのは弟の翼だった。「姉ちゃん!うわ、甲斐くんもいる!こんな朝早くに帰ってくるなんて、どうしたんだよ」「おー翼、久し振りじゃん。また背伸びたんじゃない?」「まぁね。多分その内甲斐くんの背、抜くと思うよ」翼は現在高校二年生。私とは、十も年が離れている。だからか私は翼のことが可愛くて仕方ないのだ。「まだ母ちゃん上で寝てるよ。仕事で帰り遅かったから」「大丈夫、起こしたりしないから」母は家の近くのスーパーで長年パートとして勤めている。最近は夜勤の方が時給がいいため、夜勤のシフトに回ることも多いらしい。"
"  私がまだ学生だった頃は、母は昼間はスーパーで働いて、夜は母の知人が経営しているスナックで働いていた。私や翼を育てるために、母は昼夜関係なく必死に働いてくれた。今はもう、私が社会人になったからスナックの仕事はしていない。子供のために自分の時間を犠牲にして働いてくれた母を、私は心から尊敬している。「翼、おじいちゃんは?」「茶の間で新聞読んでる」リビングに進むと、祖父専用の座椅子に座りながら真剣に新聞を読む祖父がいた。祖父は母の父だ。この一軒家は母の実家で、母が二度目の離婚をした後から、私と弟と母は祖父と共にこの家で暮らすようになった。この家には、亡くなった祖母の仏壇がある。大好きだった祖母を感じられるこの家が、私はすごく好きだった。「おじいちゃん、ただいま」祖父に声をかけると、祖父は私の声に反応し顔を上げた。「なんだ依織、急に帰ってくるなんて驚くじゃねぇか」祖父は礼儀やマナーには厳しいけれど、どんなときでも私の味方をしてくれる。家を出た今でも、私にとって祖父は父親のような存在だ。"「いいね。でもじいちゃん、負けても機嫌悪くすんなよ」祖父は孫の私そっちのけで、甲斐と楽しそうに話し始めた。将棋が出てきたら、私の出る幕はない。私はもずくをゲージに入れ、朝食を作る支度を始めた。冷蔵庫を開け、どんな食材があるか確認していく。大したものはないから、卵焼きくらいしか作れなさそうだ。「ねぇ翼、卵使ってもいい?あとこのほうれん草使ってもいいかな」「いいんじゃね?あ、俺の分の朝飯もお願い」
「わかってるよ、ちゃんと人数分作るから」ほうれん草を茹でるためのお湯を沸かし卵をといていると、隣で皿を出している翼が不意に疑問を投げかけた。「で、姉ちゃんこんな朝っぱらに何しに帰ってきたの?もしかして彼氏とケンカした?」「じいちゃん、久し振り。相変わらず元気そうじゃん」「お前も相変わらずだな。どうだ?久し振りに将棋で勝負するか!」最初は寂しいと思うこともあったけれど、今は家を出て良かったと思っている。

"  「何、言ってるの……?」「俺はずっと不安だった。……いつか依織が俺のそばからいなくなるんじゃないかって、ずっと不安で……」「だから浮気したっていうの……?」「……プロポーズも断られたし、依織の人生に俺は必要ないんじゃないかって。そう思ったら、悔しくて……」眩暈がした。
たった何ヵ月の交際だったわけではない。六年だ。六年もの長い月日を、私たちは一緒に過ごしてきたのだ。私は、確かに遥希のことを愛していた。言葉にして伝えたことだって、何度もある。
当然それは、彼の胸に響いているものだとばかり思っていた。それでも一度も愛されていると思ったことがないなんて言われたら、私は愛が何なのかもうわからない。「私は……遥希のこと、ちゃんと愛してたよ」「だったらどうして結婚するって言ってくれなかったんだよ!」遥希は泣いていた。cegdex
思えば一緒にいた六年で、遥希の涙を見たのは今この瞬間が初めてかもしれない。彼が私に見せた最初で最後の涙を、私はきっとこの先忘れることはないだろう。「……私には、覚悟が足りなかったの」「覚悟……?」「何があっても、たった一人の人を愛し抜く覚悟」甲斐が私にかけてくれた言葉が、今の私を表現している。そう、感じた。""  「長い間……不安な思いをさせて、ごめんね。私にも、至らない部分は沢山あったと思う」付き合い始めた頃は、ただ純粋に互いのことを想い合っていた。
でも次第に一緒にいることが当たり前になってしまい、想い合うことを忘れてしまっていた。浮気をした遥希だけが悪いわけではない。そこまで追い詰めてしまった私も悪い。「依織……」「でも、もうやり直せないよ。遥希の顔を見る度に、私は昨日の夜のことを思い出す」それは月日が経っても、心のどこかに必ずしこりとなって残るだろう。「一緒にいても、お互い苦しくなるだけだよ。遥希がしたことは、それぐらい大きな裏切りなの。……これ以上言わなくても、わかるでしょ?」遥希はもう、私を引き止めることはしなかった。ただ、涙を流したまま私を真っ直ぐ見つめていた。私は遥希の前で、涙を流せなかった。「今日中に荷物まとめて、出て行ってね。鍵は郵便受けに入れておいて」次の言葉で、最後だ。「……今までありがとう。……さよなら」私はもずくを連れて、家を出た。マンションの階段を走って駆け降りると、外に停まっている甲斐の車が見えた。" "  エントランスから出てきた私に気付いた甲斐は、わざわざ車から降りて私のそばまで駆け寄ってくれた。「大丈夫か?」「……うん」「ちゃんと話せた?」「……うん。別れてきた」「……そっか、お疲れさん。とりあえず、車乗って」普段なら助手席に座るところだけれど、もずくがいるため、私は甲斐の車の後部座席に乗り込んだ。「じゃあ、このままお前の実家に向かうから」「ありがとう……お願いします」なぜだろう。遥希の前では泣けなかったのに、車に乗った瞬間、目の前が涙で滲んで何も見えなくなった。泣くのは今日で、最後にしよう。明日になれば、遥希のいない日常が始まる。明日になれば、きっと今よりこの悲しみを乗り越えられているはずだ。"
" スタートライン" 甲斐の車で実家に向かっている間、私は甲斐に遥希とのやり取りを大まかに話した。遥希が泣いていたことは、甲斐には言わなかった。「そっか。やっぱり、別れたくないって言われたんだ」「遥希も……きっと苦しんでたんだと思う」「だとしても、お前の留守中に家に女を連れ込むのはさすがにアウトだろ。もし逆の立場だったら、多分男の方は相当怒り狂うよ」「……だよね」母は、父の浮気を何度か許したと言っていた。でも、父が改心することはなかった。その結果、二人は離婚した。

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