2019年10月

"「伊香保、橋爪先生。もう俺、大丈夫です。出ます」

 奥でずっとストレッチをしていた犬走が、ベンチに入るなりそう告げた。言葉と裏腹に表情は険しい。

「本当かね。無理をして将来を棒に振ること 子宮內膜異位 あってはならんですぞ、若人よ」

 珍しく橋じいが心配そうに眉をひそめる。伊香保もそれに追随した。

「確かにこのままじゃまずいけど、あたしはとてもこんな短期間で走れるとは思わない」

 出場を反対された二人を尻目に、犬走は副島に直訴した。試合に出ないまま敗退は嫌だ。その想いだけだった。

「副島、俺は出られる。走れる。出してくれ」

 ベンチに入ってきた副島に犬走がそうねだると、副島は厳しい目つきで犬走を制した。

「犬走、俺は東雲に明後日までは絶対に駄目やと止められとる」

「けど……このまんまやったら……」

 滝音がそこに割って入った。

「この試合は知恵比べだ。あっちの戦い方と戦力は分かった。あとはこちらの知恵を見せる。おそらく、犬走を欠いてもこちらの方が強い。ベンチで見ておいてくれ」

 まるで軍師のようなその言い方に犬走はベンチにちょこりと腰を落とした。"

" 勝負のボール。
 川原は今までよりもずっと早いモーションでボールを投げた。ほんの僅か、月掛の反応が遅れる。それでも両手でしっかりとバットを押さえ、キレ味鋭い川原のボールの軌道を目でとらえる。
 fjallraven kanken singapore 三塁手の西川がもう目の前まで迫っている。一塁手も同じ位置まで前進している。
 落ち着け、どんなにすぐ捕球されようと、ワンバウンドさせれば、必ず犬走さんの足ならセーフになる。
 よく見ればボールは手元に近づくにつれ、伸びている。川原のボールには揚力を生むほどのスピンがかかっている。二球目にファウルになったのは、このスピンを見誤ったからだ。手元まで引き付け、確実にバットの下部に当てる。それが二番打者の最低限の役割だ。

 と、目を凝らす月掛の目は、回転が違うことに気付いた。……少し回転が遅い? 僅かコンマ数秒。だが、気付いた時には遅かった。手元で浮き上がるイメージを予測していた月掛は、直前ですっと曲がった軌道に対応できない。
 コツンと当てた打球は、転々と転がり、一塁手はその打球を捕球せずに見送っている。月掛の打球は虚しくフェアゾーンを越え、ファウルゾーンで止まった。

 スリーバント失敗。
 月掛がバットを叩きつけて悔しがる背中に、キャッチャーが言った。

「今のはツーシームだ。俺も川原も、遠江と当たるまで、とっておきのはずだった。でも、お前らには見せざるを得ないと判断した」

 そんな慰めともとれる言葉が月掛の背中に刺さった。"

"「ちょっと一味違う感じっすね」

 打席から戻ってきた犬走とすれ違いざまに月掛は声を掛けた。

「あぁ、今までのピッチャーとは桁違いだ。……ただ、あの理弁和歌山の大伴資定ほどではない。じっく 幼兒語言發展 ボール見て慣れるに徹した方がいいかも。そうしたら、いつか俺らにもチャンスはある」

「りょーかいす」

 月掛は頷いて、ヘルメットをこんこんとバットで打った。
 見て慣れる、か。そんなに大人しくしてられないたちなんでね……。

 月掛は打席でピョンピョンと跳ねながら、ボールを待った。確かに美しいフォームだ。向かってきたボールに対して、セーフティバントの構えを見せる。内野が隙なく前進してくる。パンっと小気味良いキャッチャーミットの音が響く。
 ストライィック!
 守備陣も完璧だが、それ以上にピッチャー川原のボールが素晴らしい。投げるのを待っていたら、いつの間にかボールが手前に来ている。そんな印象だ。ゆったりしたフォームなのにピュッと放られるという感覚。実際にセーフティバントをしても当てられないかもしれない。
 結局、月掛はセーフティバントの構えを2回見せ、追い込まれた後にスライダーに手を出し三振を喫した。

 月掛も滋賀学院を見事と認めたが、表情に焦りはない。
 確かに大伴資定ほどではない。そして、白烏さんが完成したら、おそらく白烏さんには遠く及ばない。"

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