2019年03月

その後もこんな感じでヨミは生徒を当て続け、自分は一切解説せずに授業を終わらせた。今はいい。今はいいとして、それでいいのか、教師ヨミ。戦闘術実践学については、戦略や連携、戦うための避孕藥迷思得等の授業なので、あんまり習うことなさそう、というのが本音。実践は2年になってからなので、1年間はこれでもかと言うほど理詰めだ。机上の空論を地で行くらしい。最後は魔法生物学。本日2度目のヨミの授業だ。つい1時間前の授業が記憶に新しいため、クラスのほぼ全員が指される準備に身構えた。さっきは簡単な魔法基礎学だったから良かったが、魔法生物学では知ってることばかりとは限らない。指されて「わかりません」なんて誰だって出来れば言いたくないので、皆必死だ。――――…が。大きな鉄製の鳥籠を持って教室に入ってきたヨミは、魔法基礎学とは別人だった。と言うよりも、もはや「あんた誰」と言ったほうが適切かもしれない。「魔生物学はそのまま、魔物の生態についての授業だ。教科書にはメジャーな魔物が載ってるから、後で読むといい。ああ、今は開かなくていい。ノートも要らない。その代わり、全員前に注目してくれ」この指示の仕方からして、もう普段のヨミとはどこか違う。教科書の通りやれば楽ではあるはずなのに、見向きもしない。怠そうな素振りは欠片もなく、目も輝いているし、座ってもいない。担当教師になるだけあって、ヨミはこの「魔生物学」が好きなんだろう。とても。思わず、軽く笑ってしまった。なんて素直な大人だ。面倒なものは面倒、好きなものは好きと、見事に態度に表れている。裏表がない、とでも言おうか。別に計算が出来ないわけではない。打算的な思考もあるにはあるだろう。それでも、基本的には自分を取り繕い偽る気がない。いい生き方だ、と思う。周りは些か大変かもしれないが。俺たちの注目を集めたヨミは、無言で鳥籠に掛かっていた覆いを取り去る。天井が緩いアーチを描く、目の荒い鉄格子の中に居たのは、鳥ではなく。「ヤーチャーだ」ヨミがソレの名前を告げる。わぁっ、と、言葉にならない声でクラス中が騒めいた。ソレは、体は小さな猿に似ていた。猿の割には耳が猫っぽく三角で、目も細い。そして手首から腕の付け根に掛けて、薄い膜のようなものが胴体と繋がっており、その膜にびっしりとトカゲのような鱗が生えていた。

姿から生態が上手く想像出来ず、少し気になった。屋台の親父によると、なんと大量飼育されてるらしい。……超見たい。全員で歌って踊ってくれたら言うことなし。や、そんな見た目なんだって。ホンFrederique 無針埋線好不好に。腹も満たされ頭上の太陽同士の距離も大分離れてきたところで、ルーヴィア楽団が簡易舞台を設置している場所へと向かう。そこは街の外れに近い広場で、いつもは団体スポーツの練習なんかによく使われている場所らしい。簡易舞台は、魔法陣を駆使して作られていた。魔方陣解読学とそれに合わせて独学した知識を用いて、見える範囲で魔方陣を解析してみる。「内複合魔方陣が1、2……8?外円は質量固定として、内円は……なんだ?隔離無視?」「隔離無視と言うよりは、虚区確定では?複合魔方陣の4つで現世継接しているようです」「虚区確定?まだそれ授業でやってないよな?」「……隔離無視もやってないぞ、カレナ」魔方陣構成は奥が深い。舞台に遮られ完全には魔方陣が見えないこともあって全部は紐解けなかったが、見えててもさっぱりわからない箇所が幾つかあった。まだまだ勉強の余地あり、だ。使い魔召喚の時に魔方陣を解析するのに、「わかりません」じゃ意味がない。「ハル、エート、カレナ。こっちよ」入り口近くで魔方陣構成を眺めていた俺たちに、少し離れた場所からツァイの声が掛かる。見ればアルスたち4人組はまだのようだった。「はい、チケット」「サンキュ。9人分、大変じゃなかったか?」「平気よ」代価を払い、チケットを受け取る。周りを見るだけでも混雑してるのはわかるので、9人分は言うほど楽じゃないと思うんだが――と、口を開こうとしたところで、「それ」に気付いた。1人、勝手に納得する。ああ、なるほど。ツァイは伝手が効いたわけか。それから幾らも待たずにアルスたちもやってきて、俺たちと合流する。校門で偶然会った9人が揃ったところで、幕で遮られた舞台の観客席へと足を踏み入れた。中は一見して、オペラ座に近かった。流石に壁代わりに幕を張ってるだけあって2階席こそなかったが、まるで「簡易」とは思えない立派な舞台だ。席はすぐにスミナが見つけた。前方で且つ中央寄りで、結構いい席だ。あとはもう開始を待つばかり、という辺りで、俄かに入り口が騒がしくなってくるのに気付く。

そしてエイジャは、それを当然と毛程も疑わず、声高に言い放った。「わたしはエイジャ・エトランセだ。このわたしと直接話す栄誉をやろう。よく、考えたまえ」エイジャの語り口に関しては、こ晚上 護膚步驟まで偉そうだと逆に凄い。この世界、この国として、ハルやアルスたちの態度とこいつやエルマの態度、どちらが標準なんだろうか。貴族の威光はどの程度浸透しているのか、少しは興味があった。「では問おうか。――この席は、誰の席かね?」エイジャの登場から名乗りの辺りで既に呑まれていた夫婦は、お互いを伺うように怯えた目線を交わす。あまり長くない逡巡ののち先に立ち上がったのは、妻の女性の方だった。固く握った右手に、今突然「無用となった」チケットの端が覗いていた。決断した妻にその先を言わせるのが忍びなかったのか、答えたのは妻に少し遅れて立ち上がった夫。「……お許し下さい、エトランセ家の御子息様。わたくし共が、席を間違えたようです」権力者の我儘は、災害に似てる。「向こう」で俺にそう言ったのは、誰だったか。何時起こるか予測も出来ず、一度起きれば避けようがない。理不尽な現実を無理矢理享受させられる、と。――そう確か、ヒトに滅ぼされたとある種族を、俺が気紛れに1人だけ助けた時に、たった1人だけ助かるなら、皆と逝きたかったと嘆いた際の言葉だった。その「権力者」に位置した俺は、そうかもなと笑って答えた記憶がある。そうしたら呪い殺されそうな目で睨まれた。今此処で、エイジャを止めるのは簡単だった。だが俺は、成り行きを黙って見ていた。もしあの夫婦が少しでも逆らう素振りを見せたなら、また違ったかもしれないが。彼らは従うことを選択した。なら俺が言うことは何もない。「ああ、わたしは寛大だからね。こんなことで怒りはしないよ」だが俺とは違い、黙っていられない人間も居た。それも複数。鷹揚と頷いたエイジャに、とうとう口を開く。「恥ずかしく、ないんですか。エイジャ様」口火を切ったのは、意外な人物だった。会場内は皆固唾を呑んで成り行きを見守っていたため、声は思いの外大きく響く。先を越されたツァイが立ち上がったククルを見上げて、目を瞠った後に微笑んだ。「どういう意味かな?」「そのままです。そんな真似して、恥ずかしくないんですか?位は違えど同じ貴族として、私は恥ずかしいです」

授業中なので何か言われるかとも思ったが、俺に気付いて目を向けたセンセイも、ネクタイの色だけですぐに視線を外した。どうやら昼のうちに決定された「測定終了者から解散」の報は、教師の隅々まで行き渡って母親節優惠2019るらしい。本棚の間を歩き、数ある机のうち、一番奥の机を選んで端に座る。使い込まれた木のテーブルは、手触りも良く勉強しやすそうだった。椅子に腰掛けて、直ぐ後ろにある本棚をしげしげと眺める。自慢じゃないが、俺の「向こう」の家にもかなりの蔵書はある。本当なら国家レベルの希少本から大衆娯楽本、眉唾じゃない呪いの書まで多種多様に揃ってるが、天井が高かったりするわけではないため、此処まで荘厳にはならない。量的には……うちだけじゃ流石に負けるかな?知り合いの家2件を足せば、勝てるかも。拠点を決めたのはいいとして、これだけ広いと目的の本を探すのも一苦労だ。街の図書館は案内図があったんだが、此処は特に見当たらない。仕方がないので司書にでも聞くかと、荷物を置いて入り口近くのカウンターへと取って返す。だが目的の司書に声を掛ける前に、入り口から入ってきたエートと出くわした。「ああ、来たのか」「ええ。ハルと、あとツァイも終わってから来るそうですよ」「へぇ、ツァイも?」「ククルさんを待ってる間の時間つぶし、だとか」静謐な図書館で大声を出す程空気が読めないわけではないので、控えめな声で言葉を交わす。それから一番奥の机に陣取ったことを告げて一度別れ、今度こそ目的の司書を捕まえた。「俺が読める魔導書って、何処にあります?」昨日の注意事項でヨミが、学年別に読める読めないが決まっている、とかなんとか言っていたことを覚えていたため、こんな聞き方をする。年配の司書は丁寧に入り口の一角を指し、「あの辺り一帯がそうですよ」と、大雑把な答えをくれた。ついでに学年の関係で読めない本は魔法で封じてあるので、開ける本は全て読める本だとも教えてもらった。そのためこの学園では毎年必ず、学年が上がる度にその都度違う解除呪文を教えるという。つまり、解除呪文さえわかれば、どれでも読めるわけだ。これはイイコトを聞いたと、教えられた一角へ向かいつつ脳内で思考を開始する。学年別に閲覧に制限を掛けている理由は、未熟者が難易度の高い魔法を使うと危険だからだ。

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